短編小説っぽいもの
魔王の生態日記。 --
本編
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外伝
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キャラクター紹介コメント
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後書きコメント
『魔王の生態日記。』
〜プロローグ〜 ペンを走らせる微かな音だけが部屋に響いている。 銀髪の少女の手元にある紙切れに目を移すと・・・ 今日、おかんが死んだ。 我輩は猫だが、名前はついている。 散歩に行こうとドアをくぐると、そこは雪国だった。 ビバ、デビアス。 と、ここまで書いて彼女は筆を止めた。 「・・・レムリア賞は無理だな」 レムリア賞というのはロレンシア地方で権威ある文学賞である。 魔王クンドンを復活させる契機となった魔道士の名前を冠するという、何気に罰当たりな賞でもある。 「マヤ、いる?」 「うむ、入りたまえ」 ノックの音に即答する銀髪の少女。 彼女は名前を熊野御道・祭囃子(くまのみどう・まやこ)という。 珍しい名前なので、ギルメンからは“マヤ”と呼ばれることが多い。 両親は祭囃子(まつりばやし)のように明るく育って欲しいと名づけたのだが、何の因果か反発か、彼女は冷静沈着を絵に描いたような人間に育ち今に至っている。 齢19にして、二年前にロレンシア魔術学院を主席で卒業した頭脳の持ち主でもある。 元老院からも誘いの手あまただったというが、本人はあっさりと在野に埋もれる道を決めてしまった。 以来、今に至るまで弱小ギルド“生涯道楽”に在籍している。 ・・・ささやかな魔法実験で、幾度となくギルドの宿舎を破壊しながら。 「あ。日記でも書いてたの?」 顔を出したのは同じギルメンの慧・天衛(ホェイ・ティエンウェイ)。 彼女も珍しい名前ということで、ギルメンからは慧(けい)と勝手に呼ばれているが、本人は気にしていない。 「いや、日記ではない。気分転換に小説を書いてみようかと」 そう言いながら、紙切れを慧に見せる。 「えぇっと・・・」 受け取ったものの、どうコメントしたものか慧は迷った。 どこかで見た覚えのある内容。 「アルベール・カミュ、夏目漱石、川端康成・・・これらの英雄の作品冒頭をパクってみたのだが」 文豪に英雄という響きは似合わない。 ちなみに、作品名はそれぞれ『異邦人』『我輩は猫である』『雪国』である。 「パクってみた、って・・・マヤ、せめてオマージュとかいう言い方をしたほうがいいんじゃないかな?」 遠慮がちに慧。 「言葉で言い繕っても真実は変わらない。パクりはパクりだ」 そこまで潔いならパクるなよ。 みたいなことは気弱な慧は頭に浮かばない。 「う、うん。そうだね」 「読者は“ビバ、デビアス”の辺りに、わたしの愛を感じてくれると嬉しい」 どんな愛だ。 とは、慧はやはり思わない。 愛は感じなかったが。 「ところで」 祭囃子が慧を見つめて言う。 「え? あ、何?」 慧が少し警戒がちなのは、純粋にこれまでの実体験からだ。 目の前の秀才の研究はときとして多大な代償を必要とする。 たとえばギルドの宿舎の壁だとか、たまたま通りがかった不運なギルメンだとか。 「常々思っていたのだが、力エルフというのは非常に興味深い」 「・・・ど、どうも」 嫌な予感は確かにしたのだが、それに従って逃げ出すには彼女は善良過ぎた。 「身体能力を鍛えているにもかかわらず、エナエルフと外見がまったく変わらない」 確かに、慧は背こそ高いが細身である。 ぱっと見にはEX水晶剣を苦もなく振り回すとは想像もつかないだろう。 だが、厳密にいえば慧は力エルフではない。 明らかにバラエルである。 敢えてより正確にいうならば、接近戦エルフといったところだろうか。 CCではセット装備の風に、防御無視のホリ羽を装備して・・・素手で殴りかかる。 高速で打ち込まれる拳はA+の効果を乗せて相手を撲殺する。 ギルメンからは“クリティカルヒット”と呼ばれる彼女の防御無視攻撃は、想像以上の確率で強打を発生させる。 もっとも、普段の狩りではEXオデン盾にEXレイピアという力エルフとさして変わらない装備なのだが。 祭囃子は彼女をつま先から顔まで眺め、冷静そのものの医者か研究者の口調で申し出る。 「きみさえよければ、是非イロイロと測定させて欲しい」 「い、色々と・・・?」 「うむ。あんなことや、こんなことを」 真顔のままで祭囃子。 「え、えぇっと・・・」 「安心したまえ。わたしが興味があるのはきみのカラダだけだ」 「う!」 まったく安心できない。 それでどう安心しろというのだろう? 「か、考えておくね・・・あ! そ、そうだ。息抜きって言ってたけど、また新しい研究を?」 なんとか話題を変えようとする慧。 「うむ。今度はモンスターの生態研究だ」 例の紙切れを受け取り、小声で「残念だが今日は諦めよう」と呟く銀髪の秀才。 その表情を見る限り、本当に残念がっているのか怪しかったが。 「生態研究? モンスターの?」 慧は繰り返しながら、思った。 良かった。 とりあえずは危険はなさそうな研究で。 魔法サドゥンアイスのときは宿舎内が吹雪で覆われてギルメンが凍死しかけたし、ヘルバーストのときにもデビアスの過酷な吹雪をベニヤ板で防いで越冬する羽目になった。 それに比べれば・・・ (ああ。でも、モルモットとか言って毒ミノとかを飼いだしたらどうしよう) 毒を撒き散らす牛と一つ屋根の下は寿命を確実に縮めそうな気がする。 慧は気弱な上に心配性だった。 付け加えるなら、貧乏くじを引きやすい苦労性でもある。 もっとも、それは運が悪いというよりは・・・単に他人の悪いカードを手元にねじ込まれてるだけのことも多いのだが。 「その通り。とくにカルリマは興味深い」 淡々と祭囃子。 「複数の階層に分かれているが、同種のモンスターが生息している。そして、明らかに能力の差が著しい」 「・・・うん、そうだね」 カルリマは六階層に分かれており、それぞれに同種でありながら明らかに強さの異なるモンスターが生息している。 より深い階層に下るほど手強い。 噂では、“失われたカルリマ”と呼ばれる最下層の遺跡が発見されたとも言われているが・・・。 「特筆すべきは魔王だろう」 「魔王って・・・クンドン?」 慧はモンスターの生態学などは全く分からないが、さすがに魔王の名前は知っている。 カルリマの最下層には魔王クンドンが棲むといわれているが、それまでの階層のカルリマにも魔王の分身が存在する。 クンドンの幻影と呼ばれる存在で、魔王の名を冠するだけあってかなり手強い。 「一般的には魔王クンドンの圧倒的な力による投射と考えられているが、わたしはクンドンの幻影が独立した個体ではないかという視点から研究している」 銀髪の秀才は重々しく告げた。 「ケイ、きみはどう思う?」 「えっ、わ、私?」 突然の質問に慌てる慧。 正直言ってまったく考えたこともなかったことだ。 というか、ぶっちゃけて言えば普通はどうでもいいことだろう。 だが、それを正直に指摘するのは彼女の能力を超えていた。 「ごめん。よく分からないや、あはは」 戸惑った笑いで誤魔化す。 祭囃子は「ふむ」と頷き、 「まだ仮説だが・・・」 「だが?」 お人よしで付き合いの良い善良な友人の疑問に、銀髪の秀才は静かに語り出した。 「たとえば。わたしときみが“潜入”したとしたら、こうなるかもしれない・・・」 〜1〜 「マ、マヤ・・・これって絶対にしなきゃダメなのかな?」 慧は巨大な骸骨の頭部を振り振り、困惑したように言った。 「うむ。襲われたくはないだろう?」 そう答える祭囃子は緑の牛にしか見えない。 ただし、直立した。 「大丈夫だ、ケイ。きみが思うよりも似合っている」 それは褒め言葉ではない。 「・・・ありがとう」 それでも律儀にお礼を言ってしまう慧である。 二人は今、カルリマの入り口にいた。 あらかじめ用意してきた変化指輪を身につけている。 慧はダークホーン、祭囃子は毒ミノである。 「毒を撒き散らすあたりが実にわたしらしい」 何が嬉しいのか、「ふっふっふ」と薄く笑う銀髪の秀才の心は計り知れない。 慧は賢明にコメントを控え、聞こえなかったふりをした。 「! マヤっ」 牛骨(慧)が近づいてくる気配に気づき、友人に警告する。 「・・・ここはわたしに任せたまえ。会話してみよう」 「え、会話っ?」 戸惑う友人を残し、毒ミノ(祭囃子)が前に出る。 (アエギス!) 岩の向こうから現れたのは半魚人のようなモンスターだった。 物怖じせず、毒ミノが近づいていく。 少し迷ったが、いつでも飛び出せるように身構えて様子を見守る牛骨。 そして、半魚人の目の前まで近づいた毒ミノが口を開いた。 「( ゚Д゚)ノイヨォ」 (か、顔文字っ!?) このときの慧の心境を顔文字で表わせば、 Σ(゚Д゚;≡;゚д゚) といったところだろうか。 終わった。 間違いなく終わった。 明らかにモンスター言語(そんなものがあるのか慧は知らないが)ではない。 通じるはずがない。 いや、通じるはずが“なかった”。 「(゚∀゚≡゚∀゚)ナカマ?」 「( ´∀`)」 「(ノ∀`)」 「ヽ(´ー`)ノ」 「(≧∀≦*)」 「(・∀・)b」 「(≧∇≦)b」 「☆-(ノ゜Д゜)八(゜Д゜ )ノイェーイ」 「ヽ(゜∀゜)メ(゜∀゜)メ(゜∀゜)ノ」 「(。´・ω・)(・ω・`。)」 「(*´ -`)(´- `*)」 ・・・通じているらしかった。 (な、何を話してるんだろう・・・) 目の前に繰り広げられる意思の疎通を理解するには、慧は常識人すぎた。 やがて、毒ミノ(祭囃子)が戻ってきて言った。 「話がついた」 「・・・」 牛骨(慧)の言葉が出なかったのも無理はない。 「行こう」 「え? ちょ、ちょっと・・・行くってどこへっ?」 毒ミノが振り向き、何を今更と言わんばかりの口調で答える。 「決まっている。魔王のところへだ」 何をしに来たかを考えれば、当然のことだった。 ・・・銀髪の秀才にとっては。 「魔王って・・・ク、クンドン?」 お人よしで苦労性の慧は、ひょっとしたら自分は大変なことに巻き込まれているんじゃないだろうかと・・・このとき、初めて思ったのだ。 気づくのが遅すぎたが。 〜2〜 「よぉ、お前らが新入りか。まぁよろしくな!」 そう言って豪快に笑ったのはロードセンチュリオンだった。 (わ、私・・・夢見てる?) 現実逃避に走ろうとするのは常識人の慧である。 今は牛骨だが。 いつのまにかモンスターの群れに囲まれていた。 (い、一斉にかかってこられたら・・・) 考えたくもない。 「心配することはない、ケイ。彼らは見ての通り友好的だ」 毒ミノになった銀髪の友人が請け負う。「それも非常に」 「そ、そうだね・・・」 だからこそ気味が悪くもあったのだが。 「わたしは少し彼らと話してくるが、ケイはどうする?」 「え」 ・・・こんなところで一人で取り残されるのは御免だった。 「わ、わたしもついていっていいかな?」 「ふむ。・・・まぁ、はぐれるよりいいのではないだろうか」 「よかった」 心底安心する慧・・・っていうか、牛骨。 「ところで、そこのあなた。そう、あなたです」 今は毒ミノになった友人は物怖じせず、ロードセンチュリオンに話しかけている。 「なんだ、俺に用か?」 「ええ。お暇なら、わたしの質問に付き合ってもらいたいのですが」 銀髪の秀才にとっては、街頭のアンケートと同じようなものらしかった。 「おう。今は並んで待ってるとこだからな。何でも聞いてくれ」 そして豪快に笑うロードセンチュリオン氏。 「ありがとう。では早速ですが・・・ここはカルリマの第三階層のはずですが、あなたはここの常勤なのですか?」 (じょ、常勤って・・・) まだ慣れずに動揺しているのは牛骨(慧)である。 まるで警備員の勤務態度を聞くような質問だった。 「おう、当然よ。カルリマじゃ、俺たちのすみわけは絶対だからな」 「なるほど」 毒ミノのひづめで器用に何かをメモをしている。 「つまり、全員それぞれの階層の担当は決まっているわけですね?」 「もちろんだ。・・・お前、そんなことも知らないのか?」 「新入りですから」 彼女はまったく動じなかった。 「なるほどな」 あまりに堂々とした態度に納得してしまう、意外に一般人なロードセンチュリオン氏。 「次の質問ですが、あなたは魔王と面識があるのですか?」 「ここの階層の魔王様となら勿論だな」 「ほう」 言いかえると、ここの階層以外の魔王とは面識がないということである。 それはつまり、それぞれの階層の魔王の幻影が独立した個体であるということに他ならない。 今は毒ミノの銀髪の秀才は興奮を覚えた。 表情は全く変わらなかったが。 「そうか・・・お前は新入りだったな。今日からか?」 バイトの配属先を聞くようなロードセンチュリオン氏。 「ええ。ですから面識がないのです」 この瞬間、牛骨(慧)は直感的に危機を悟った。 (マヤ! まさか・・・) そのまさかだった。 「出来れば紹介してもらえると嬉しいのですが」 ( (; ゚ Д゚ )ナン! (; Д゚)゚ デス!! (; Д)゚ ゚トー!!! ) 動揺のあまり、顔文字になっていることも慧は自覚できなかった。 (しょ、紹介って・・・クンドンに会いに行くのっ? 私たちだけで!?) <(゜ロ゜;)>ノォオオォォォゥ!! 終わった。 今度こそ確実に終わった・・・。 拝啓。 父上、母上。 突然ですが、一身上の都合により魔王と面談することになりました。 先立つ不幸をお許し下さい。 家業は姉上が継いでくれるはずです。 いつか生まれ変わっても、また父上と母上の子供に生まれてきたいと思います。 今まで本当にありがとうございました。 くれぐれもお身体をお大事に。 決して魔王に会おうなんて思わないで長生きして下さい。 あと、タマは最近お腹の調子が悪いようなので、パージバハムートでなく小魚を与えてあげて下さい。 走馬灯のようにこれまでの人生と、そんな遺書が脳裏をよぎった。 呆然と涙を滂沱する牛骨をよそに、毒ミノとロードセンチュリオン氏との会話は続いていた。 「あぁ、それなら心配することはないぜ。ここに並んでればすぐに会えるさ」 「ほぅ。では、これは魔王謁見の行列だったのですね?」 この問いに少し間を置いて、ロードセンチュリオン氏が言った。 「いや、昼食の行列だ」 「・・・ほう?」 メモする手が止まる毒ミノ。 少し考えた後、 「すぐに会えるとのことでしたが・・・すると、魔王も昼食を一緒にということですか?」 ますます社員食堂のようなイメージになってくる。 「いや、違う」 ロードセンチュリオン氏は首を横に振った後、こう言った。 「魔王様がお作りになってるんだ」 「・・・は?」 おぉ、すごい。 祭囃子は思った。 自分が動揺するなんて何年ぶりだろうか? 〜3〜 「失礼。何度も確認するようで申し訳ないのですが・・・この階層の魔王が昼食を作り、あなたがたがそれを食べる?」 「昼食だけじゃない。朝食も夕食もだ」 「ふむ」 少し考えた後、毒ミノ(祭囃子)は聞いた。 「夜食も?」 「いや、それは各自だな」 「・・・それは残念」 何やら神速でメモする毒ミノ。 「はっはっは。まぁ驚くのも無理はない。この階層の魔王様が特別なのさ」 やはり豪快に笑うロードセンチュリオン氏。勤務先、カルリマ第三階層。 「魔王様がそれぞれのやりかたでカルリマを統治していらっしゃるのは知っているな?」 「・・・ふむ。つまり、クンドンの幻影と呼ばれる存在は個別の素質で各階層を支配している?」 「幻影? あぁ、人間どもはそんな風に呼んでいるらしいな」 「ええ。人間どもに聞きました」 銀髪の秀才はまったく動じずに言った。 後ろにいる牛骨(慧)のほうは胃に穴があきそうだったが。 今は骨しかないが、心臓は早鐘の如く胃はきりきりと痛んだ。 彼女は思った。 武術一筋に生きてきて十八年。 色恋に興味はないが・・・死ぬ前に一度は逢い引きというものをしてみたかった。 さようなら、私の人生。灰色の青春。 「たとえばだ、第一階層の魔王様は武力派だ。力と恐怖で支配しておられる」 「なるほど」 確かに、カルリマ第一階層のクンドンの幻影は手強い。 最近はセット装備の普及でそうでもなくなってきたが、カルリマ発見の当初は無敵と思われていたほどだ。 「対して、ここの魔王様は最も情に厚く、お優しいのだ」 「ほう」 「俺たちが傷ついて生き延びたら、こっそりとローテーションで休ませてくださるしな」 ローテーション・・・やはり、バイト的な響きがする。 「それは部下が死んだら手薄になって困るからでは?」 (マヤァァっ!?) 半泣きで、心の中で絶叫したのは牛骨(慧)である。 今は毒ミノの友人は遠慮などとは無縁の性格だった。 「い〜や、そんなことはない! その証拠に魔王様は自ら俺たちの手当てだってして下さるんだからな!」 どうやら気分を害したらしいロードセンチュリオン氏。尊敬する上司、クンドンの幻影3。 「ふむ。それは失礼しました。そこまでなさるとは本当に優しいのでしょう」 「・・・よし、わかればいい!」 恐る恐る、牛骨が毒ミノに声をかける。 「ね、ねぇ。そろそろ私たちは失礼したらどうかな・・・」 「何を言う。こんなチャンスを逃す手はない」 さも当然のように銀髪の秀才。 慧のほうは小声で、 「で、でもさ。ほら、やっぱり危険かもしれないし・・・ね?」 心境としては命乞いに近い。 「ロードセンチュリオン氏が言うには優しいそうだが」 同じく小声で毒ミノ(祭囃子)。 「・・・ほ、本当だと思ってるの?」 「ふむ。微妙なところだな」 重々しく毒ミノが言う。 腕組みをする緑の牛はそう見られるものではないだろう。 「思うに、この第三階層の幻影は人徳の魔王なのだろう」 「魔王で人徳って・・・」 「いわば人心掌握のテクニックだ、ケイ。魔王の手料理はいわゆるデレと見た」 「・・・でれ?」 「うむ。ロレンシアのダウンタウンで最近広まっている学説なのだが、人間の一面を“つん”と“デレ”という二つの局面で測るというものらしい」 よく分からない。 「つんけんする、などという表現があるだろう? あれが“つん”だ。対して、そういった堅いイメージが崩れ去ることを擬音にたとえて“デレ”と呼ぶのではなかろうか」 「わ、分かるような・・・分からないような」 「たとえるなら弓矢のようなものだ、ケイ」 毒ミノながら、大真面目な顔で説明する。 「弦を引き絞るのが“つん”、その時間が長いほど飛距離が伸びる。すなわち、解き放たれた“デレ”の威力が一撃必殺に近づくわけだ」 どう答えよう。 せっかく説明してもらったわけで、善良な慧は少し悩んだ後、 「・・・よく分からないけど、なんだか凄そうだね」 「うむ。実はわたしもよく分からない」 白状する毒ミノ(中身は銀髪の秀才)。 「あ、マヤも分かってなかったんだ?」 「わたしは感動や情動といったものに昔から弱い。理解はできるが、実感ができない」 本気で言っているらしい。 (な、なんとなく分かる気がするかも・・・) 普段の冷静沈着、無表情を崩さない銀髪の秀才を思い浮かべ、密かに思い当たる慧。 もちろん、口には出せなかったが。 「時々、わたしは自分に魂が無いのではないだろうかと思うことがある」 「マヤ・・・!」 思いがけない告白のシリアスな響きに息を呑む。 が、それに答えたのは彼女ではなかった。 「おいおい、そんなことを言うもんじゃねぇよ」 ロードセンチュリオン氏、どうやら途中から立ち聞きしていたらしい。 「いいか、自分のことをそんな風に言うもんじゃない。お前はこうやって息をして、俺と話してるだろうが!」 カルリマのモンスターに慰められる熊野御道・祭囃子さん。職業ウィザード。 「それにな、魂が無いっていうのは人間どもみたいなのを言うんだ」 見た目、毒ミノ&牛骨の冒険者二人に熱く語るロードセンチュリオン氏。 「あいつらときたら、同じ種族同士でさえ殺し合うんだからな! もし魂があったら出来ることじゃない」 確かに、ライオンはライオンを殺さない。 虎も虎を殺さない。 お互いを殺し合うのは人間と一部の蟻くらいのものだ。 ロードセンチュリオン氏の主張によると、神は試しに人間を作り、その反省を活かしてモンスターを作ったのだという。 (ふむ、興味深い説だ) と銀髪の秀才は思った。 その隣りで神妙に良心の疼きを感じている慧は、やはりどこまでいっても良い人だった。 「おいっ、先進めよ!」 声がかかる。 うっかり列に並んでいるのを忘れていたらしい。 「ね、ねぇ・・・マヤ、本当に食べに行くの?」 魔王の料理を。 慧は味にはこだわらなかったが、料理人が人間以外ということには抵抗があった。 無理もない。 いつのまにか隣りに来ていたブラッドソルジャーが待ちきれないように、 「今日はカレーらしいなぁ・・・♪」 また激しくイメージを粉砕するようなことを言う。 もっとも、じゅるりと舌なめずりする様子は凶悪と言わざるを得なかったが。 「ふむ。カレーですか」 感動のない口調で「それは楽しみだ」と毒ミノ(祭囃子)。 料理上手な魔王、クンドンの幻影3の意外な一面を発見。 「おうよ。特に魔王様お手製のバハムート入りシーフードカレーは絶品だからな!」 材料はシュールだが。 ちなみに、発言したのは見た目は蟹にしか見えないブラッドソルジャー氏である。 (彼は自分の発言に疑問かジレンマを感じていないのだろうか?) 密かに気になる毒ミノ、中身は銀髪の秀才。 「あぁ。あれを味わえないなんて人生を半分損してるようなものだぜ」 (モンスの人生・・・) と思いつつも、口には出せない慧。 「おっ、そろそろだな!」 (嗚呼、来てしまった・・・) そんな牛骨の気持ちなど知るはずもなく、 「よぉし、今日も一日頑張るぞ!」 「おー!!」 カルリマ3・・・そこはナイトがGBやコンボが使えるようになるため、より一層の団結が必要になるモンスの職場。 魔王のカレーは、美味しかった。 〜エピローグ〜 「・・・というようなことになる可能性も0ではない」 表情を一度として変えることなく語り終えた、目の前の銀髪の秀才を見ながら 「そ、そうだね・・・うん、0じゃないかも」 と慧は控えめに同意する。 果てしなく0に近いとは思ったが。 「さて。そろそろ時間だな」 立ちあがる無表情ウィザード。 「あ、どこか行くの?」 「バイトだ」 説明が足りないと思ったのか、「わたしの学歴を聞いたらしく、ロレンシアで塾の講師を頼まれた」と祭囃子。 「あぁ、マヤって魔術学院の主席だったもんね」 銀髪の秀才は本当のことなので肯定も否定もしない。 「では、行ってくる」 身支度も終わったらしく、「じゃ」と片手を上げて出かけてゆく。 それを見送りながら、 (マヤをカルリマに誘うのはやめよう) と、慧は決心していた。 教室の前で立ち止まり、祭囃子は軽く深呼吸をした。 今日は初日。 臨時教師とはいえ、初日が肝心。 授業内容は数学だった。 ドアを開け、教壇に立ち、彼女はクールに宣言した。 「今日は弾道計算をやります」
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