短編小説っぽいもの
エド・ウッド --
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後編
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キャラクター紹介コメント
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後書きコメント
『エド・ウッド』
彼女の機嫌は最悪だった。 元凶は目の前にいる同じPTのハイオン・ナイトである。 ジャンヌとアランは今、BC待ちをしていた。 PTは五人で、ジャンヌたち二人に加え、ハイオン・ナイトにフェニ・ナイトにエナエルが一人と・・・実に、五人中四人がナイトという偏った構成。 もっとも、今日ではBCの難易度はそう高くはないものになっている。 むしろ、セット装備が増えた影響もあり、2PT時の勝ち負けがメインといった印象も強い。 2PT時でも勝てるように、今やハイオン・ナイトをいかに揃えるかでPT募集は熾烈だ。 それに従って、火力方面に特化していない回避ナイトのアランなどはPTを見つけるのに毎回苦労している。 実際、誘われない募集を叫ぶくらいなら最初から通常狩りをしていたほうが効率が良い、などということも少なくない。 それを思えば、このPTに入れただけでアランに不満は無い・・・ということなのだろう。 だが、ジャンヌは違った。 彼女もPT構成には不満は無い。 2PT時に負けても気にしない性質だから、そんなことはどうでもよかった。 問題は相手の人格である。 彼女は敵を選ばない。が、一緒に遊ぶ相手は選ぶタイプだ。 その点で、今回のハイオン・ナイトは最悪だった。 口が悪いのはまだ構わない。 だが、同じPTにアランがいるのに平然と「回避ナイトなんてネタじゃんwww」などと言う。 真横にいるアランが彼女の腕を押さえなかったら、ジャンヌは髑髏メイジの前にハイオン・ナイトを一人血祭りに上げなければいけなかっただろう。 アランの手前、ぐっと堪えたが、ヘラヘラ笑っているように見えるアランにも腹が立った。 囁きで 「まぁまぁ。実際BCのPTには向いていないんだし、私は自分が気に入ってるんだから平気だよ」 と伝えてくる彼に、「アラン! あなたって怒るってことを知らないのっ?」と憤慨する。 ジャンヌは彼のことが嫌いではなかったが、時々どうにも我慢ならないことがあるのだ。 それは多くの場合、彼の美点ではあったが、そのために返って彼女は苛立つことになった。 結局、「ここで喧嘩なんてしたらPT参加を受け入れてくれたエルフさんにも悪いよ」と宥められ、ジャンヌは黙り込むことになった。 この上なく不機嫌そうではあったが。 「あぁ、もうそろそろ入れますね」 アランが朗らかに言った。 デビアス教会のあちこちで気合を入れる声があがり、次々と大天使の伝令によってBCへと出発していく。 「んじゃ俺らも行くか」 同じPTのフェニ・ナイトがそう言い、ハイオン・ナイトが意味ありげにアランを見ながら 「今日はタイムが落ちそうだけどなw」 などと言いながら大天使の伝令の方へと歩いていった。 このとき、アランが横にいるジャンヌのほうを見ていたら・・・餌をねだる猫のように彼を見上げる彼女に気づいただろう。 殺していい? 殺していい? ね、殺していいよね? 彼女の目はそう言っていた。 (ほんと、今日は最悪ね・・・) 彼女が心の中でそう呟くのはもう六度目だった。 だが、今のところ一向に底は見えず、最悪を更新し続けている。 まず、BC開始直後に最初にドロップしたのは帰還文書だった。 彼女は占いを信じるほどではなかったが、毎朝TVの運勢占いをチェックする程度には気にしている。 複数の番組でやっているので、もちろんよりマシな結果が出るまでチャンネルを変えるのが常だったが。 ともかく、ドロップの出だしが帰還文書という時点でため息が出た。 そして、移動の際に間違えてその帰還文書を拾ってしまい、毒づいた。 門の前まで一気に突進するのは問題無くスムーズだった。 だが、アランだけが門を攻撃せずに後ろでTCのタゲ取りを割り振られていることを思い出して、また不機嫌になった。 もっとも、回避ナイトの彼がこの役をするのは一般的に言って正解だろう。 そのことは彼女も頭で分かっているが、困ったことに感情がついてこなかった。 今ならどれほど魅力的に話しかけられても、「うっさい」の一言で返す自信があった。 ハイオン、フェニ、そしてGD装備のジャンヌの一斉GBを叩きこまれ、あっという間に門が崩壊する。 「アラン、祭壇へ!」 ジャンヌが囁きで告げる。 おそらくアランも知っていることだとは思ったが、開始前にBCをPTで挑むのは初体験と彼が言っていたからだ。 祭壇奥にエナエルが陣取り、アランがTCで壁を作る。 残り三人のナイトは各自で適度に散開し、それぞれの髑髏メイジにコンボを繰り出していった。 と、髑髏メイジのノルマの半分ほどを片付けたところで、ハイオン・ナイトが祭壇の奥に引っ込んだ。 そしてAGゲージを溜めるべく、観戦モードに入る。 「ちょっと! 今はわたしたちだけよっ?」 ジャンヌの声に、 「1PTでもタイムが早いほうがいいだろ」 とハイオン・ナイトが返す。 このとき何をしても構わないと言われたら、ジャンヌは躊躇いなく彼の顔面に鉄拳を叩き込んでいただろう。 A+つきの鉄拳を。 1PTでもタイムが早いほうが良いのは確かだ。 だが、石造を破壊するのが早くても、髑髏メイジを倒すのに時間がかかったら同じことではないか。 まだ半分ほど残った髑髏メイジにコンボを叩きこみながら、ジャンヌは思った。 (こいつ、自分が破壊したいだけじゃないっ) いや、確信した。決めつけた。 そして、ハイオン・ナイトがジャンヌとフェニ・ナイトに残り一体になったら下がって、代わりにアランに任せろよと言ったとき我慢の限界に来た。 その指示自体は戦略的に悪いものではなかった。 石造破壊に火力組が専念できるし、一人で敵陣の中にいる髑髏メイジに突貫しても回避ナイトなら危険は無い。 だが、このときジャンヌの中では感情が理性に圧勝を収めていた。 こんなとき、いつもならカッとなって何も考えずに手が出る。 だがBC内では対人攻撃が出来ないからだろうか、彼女の頭には一つの考えが閃いた。 それはまさに天恵だった。 残り一体になったとき、彼女はフェニ・ナイトに下がるように言い、アランと髑髏メイジを一匹ずつ受け持った。 当然、同じ髑髏メイジを攻撃しようとするアランに囁きで別の髑髏メイジを攻撃するように言う。 アランはやや戸惑ったようだったが、大人しく従うことにしたようだった。 彼女はコンボの三段目のGBをずらし、時間を稼ぐ。 「残り一匹でいいんだから戻れよ」 ハイオンナイトがそう言ったが、言われるまでもなかった。 ジャンヌはわざと回り込むように祭壇の奥へと移動を始める。 当然、多くのモンスのタゲを取ることになり、まるでそれらを背負うようにして祭壇に辿り着く。 「ごめん、ラグで重くてさ。ベガ、悪いんだけど石造の反対側に立ってもらえる? この子たちの攻撃が行かないように」 エナエルにそう頼んだ。 ハイオン・ナイトが何やら茶化すように文句を言っていたが、ジャンヌは気にしなかった。 と、アランが髑髏メイジを倒し、残りノルマが0になった。 石造が出現する前に、囁きでアランに祭壇まで戻るように言う。 「いい? アラン。石造が出たらあなたも攻撃して。いいわね」 そして、自分はハイオン・ナイトのほうに移動する。 嫌ほどモンスのタゲを背負って。 それに気づいたハイオン・ナイトは一瞬怯んだようだったが、彼女が何をしようとしているのかまでは分からなかった。 「全員、石造を攻撃っ!!」 そう叫んだのは誰だったか。 アランが石造に到達するのを横目に確認して、ハイオン・ナイトの隣りに立ったジャンヌは“E”のショートカットを押した。 そこには、拾った帰還文書が登録されていた。 彼女の姿が掻き消え、目標を失ったモンスの一群は最も近い敵へと一斉に攻撃を始めた。 すなわち、ハイオン・ナイトに向かって。 「ふぅ・・・あー、すっきりした♪」 そう言って伸びをするのは、言わずと知れたジャンヌである。 デビアスに帰還し、アランたちが戻るまで倉庫の整理でもしようかと考えた。 その口元はニヤニヤしている。 あのモンスの大群が一斉に攻撃しても、あのハイオン・ナイトは死なないだろう。 残念ながら。 ベガのG+はそれだけの効果がある。 だが、髑髏メイジの炎による特殊効果には無力だ。 高レベルのBCでの破壊は極めて短時間で終わる。 GBの時間当たりのヒット数が多いせいだ。 ハイオンのセット効果も必ずWダメを発揮するわけでは無い。 ましてや、髑髏メイジの炎に引き摺られれば、その間に攻撃速度の高いアランは倍以上のGBを繰り出せるはずだ。 GB一回で複数ヒットするので、A+の恩恵を受けた状態ではこの差が極めて大きい。 もしかしたらフェニ・ナイトが破壊するかもしれないが、それはそれで仕方が無いと思った。 要は、あのハイオン・ナイトが悔しがればそれでいい。 元々、彼女はハイオン・ナイトというものが好きではなかった。 性能に対しての嫉妬ではない。 彼女も望めば揃えられる財力はあった。 ジャンヌが嫌う理由は、ほとんどのハイオン・ナイトが皆ハイオン+アプルナスだからだ。 あの格好は出来損ないのトカゲ人間にしか見えない。 彼女自身、美的センスから装備を組み合わせるのは好きだったし、彼女とセンスが違う場合も嫌いだとまでは思わなかった。 だが、あのトカゲ人間スタイルの集団にはウンザリしていた。 性能を気にするのは構わないが、あの個性の無い集団を見ているとブランド品に埋もれた中年女性を見ているような気分になるのだ。 言うまでもなくブランドの価値は品物にある。 だが、その値段をもって自分の価値と錯覚している人間は多い。 読書で言えば、古典作品の名を挙げることで文学を嗜んだと思っている人間のようなものだろうか。 もはや芸術鑑賞であって、読書と言えないものが多いことに本人たちは気づいていない。 ファッションセンス、ブランド、読書・・・いずれももっと気軽でいいはずだ、とジャンヌは思っていた。 呼吸するように、ご飯を食べるように、気取らずに楽しめるもののはずだと。 そして、それは個人の領域のはずだと思う。 人は、もっと自由に楽しんで生きれるはずなのだ。 ともあれ。 小さな満足感をかみ締めながら、ジャンヌは倉庫へと向かった。 倉庫から戻ったとき、ジャンヌが見たのはPTメンバーに謝るアランの姿だった。 まさか、と思った。 自分が欠けただけで石造破壊と帰還が困難になるはずがない。 エナエルのベガが死亡すれば別だが、彼女は帰還する前にベガを石造の反対側に移動させた。 普通に考えて、PTが全滅するはずがないのだ。 そう結論に達して、嫌な予感を振り払いながら、ジャンヌは一行の元に合流した。 「あ、ジャンヌ・・・」 ベガが彼女に気づいて声をかける。 ジャンヌは間違えて帰還文書を押してしまったのだと言い、謝り、事情を聞いた。 その内容は、彼女にとってショックなものだった。 結論から言えば、PTはアラン以外は全滅した。 アランは時間さえ気にしなければソロクリア出来るので、彼が生き残ったこと自体に不思議はなかった。 問題は、他の三人が何故ということ。 聞いたところによると、次のようになる。 石造破壊は問題なく速やかに成功した。 破壊したのはアランだったが、ジャンヌは既にそれを素直に喜べる心境ではなかった。 石造を破壊した後、一行は一目散に橋をひき返し始めた。 きっかけは、そのれが各自バラバラで行われたことだったのだろう。 EEのベガが門のところで引っかかり、モンスの群れに囲まれてしまったのだ。 ハイオン・ナイトとフェニ・ナイトはそれに気づかなかった。 気づいたのはGが切れてからのことだった。 そして、アランだけがベガが囲まれて動けないことに気づいた。 彼は迷わずにひき返すことを選んだ・・・AAを持ったままで。 PTでのBC初体験の彼は、AAを大天使に返上すればクエストが終わるということが思い浮かばなかったのだ。 シンプルに、仲間が危険だから駆けつけるという行動を選択した。 もし彼が回避ナイトでなかったなら、結果は変わったかもしれない。 だが、アランの非力な火力ではモンスの厚い囲いを崩せなかった。 ベガのほうも自分にG+とヒールを連射するのに手一杯で、アランにA+をかけ直す余裕はなかった。 アランの目の前でベガは力尽き、G+が切れたときにひき返さずに立ち止まって待っていた二人のナイトも力尽きた。 「せめて赤を持ってたら、どうにでもなったんだが・・・」 そうフェニ・ナイトは言ったが、余裕に溺れて持ち合わせなかった不覚を後悔しても遅かった。 かくして、無残な結果に終わったのである。 事情を聞き、ジャンヌは激しく自己嫌悪に陥った。 自分が馬鹿なことをしなければ。 ハイオン・ナイトらにエナエルに注意を払わずに帰ろうとしたことを責めようとは思わなかった。 自分がいればベガを一人にすることはなかったはずだ。 力系ナイトの自分なら、モンスの囲いを崩すことも出来た。 ただ皆に謝り続けるアランを見て、彼女は思った。 わたしのせいなのだ。 悪気はなかった。 こんなことになるとは思わなかった。 ただ・・・彼をほんの少しだけ喜ばせたかった。 あの鼻持ちならないハイオン・ナイトに、彼の勇姿を見せつけたかった。 それが逆にアランをこんな目に遭わせてしまった。 罵られるかもしれないが、ジャンヌはPTが全滅しかけたことより、彼が心底申し訳なさげに謝り続ける姿を見て苦しかった。 「ごめん・・・わたしのせいだわ」 ジャンヌの呟きに、その意味を誤解したベガが首を振った。 今回は運が悪かったけど、また次は頑張ればいいと言った。 アランに文句を言い続けるハイオン・ナイトに「彼もこんなに反省してるし。慣れてなくて知らなかったんだもの、仕方が無いわよ」と言いさえした。 ジャンヌは、自分は彼女に泣いて詫びるべきだと思った。 自分の行動を、身勝手な動機を告白するべきだ、と。 だが、そうするには彼女は少しだけ高慢すぎ、少しだけ臆病すぎた。 「ま、しょーがない。解散するか」 そうフェニ・ナイトが言ったとき、アランが思い出したように、あるいは思いついたように言った。 「あ。帰り道で祝を拾ったので分配しましょう」 フェニ・ナイトのイルカ頭が器用に口笛を吹き、ベガが歓声を上げる。 わずかでも収入があるのは喜ばしいことだ。 「倉庫に行って、混沌に両替してきますね」 そう言ってアランが倉庫に向かった。 その背中を見送り、ジャンヌは違和感を感じていた。 違和感が何かに思い当たったとき、彼女はアランを追って倉庫に駆け出していた。 「わたしもちょっと倉庫っ」 そして、フェニ・ナイトが独り言のように呟いた。 「あ・・・そういや俺、混沌が結構余ってたんだよな」 「俺たちはどうせすぐに誘われるんだから、状やマント作るのに使えばいいだろ」 「ま、そういやそうだなw」 「アランっ」 倉庫につく前に追いついた。 「あ、ジャンヌ・・・どうしたんだい?」 怪訝そうにアランが聞く。 軽く息を切らせながら、「わたし、混沌が余ってるから両替まかせて欲しいなって」とジャンヌが答える。 「あぁ、なるほど。もちろんいいよ」 アランは安心したように明るく言い、「ちょっと待って」と倉庫番バズに話しかけようとする。 「待って!」 「え?」 振り返る彼に、ジャンヌが言う。 「祝拾ったんでしょ? わたしに渡して・・・倉庫に行く前に」 「あ、いや・・・」 困ったようにアランが表情を曇らせた。 (やっぱり・・・) おかしいと思ったのだ。 いつもの彼なら、誰が両替するかを聞くはずだった。 なのに、一言もそのことに触れずに倉庫に向かった。 「アラン。あなた、祝なんて拾ってないのね?」 答えは無かった。 だが、聞く必要も無かった。 その答えは明白だったし、ジャンヌはもう一つ明白だと気づいた問いをしなければならないと思っていたから。 「わたし、表示されるPTのアイテム取得報告を見てたのよ。アラン」 そう。 彼がも祝福の宝石を拾っていれば、当然それが表示されるはずだった。 「・・・ごめん」 「いいわ、アラン。黙っててあげる・・・でも、一つだけ罰」 アランが戸惑ったように顔を上げる。 「罰?」 「そう、罰よ。アラン、生還したあなたの混をちょうだい」 彼が答えないことは分かっていた。 「もちろん、倉庫に行く前によ?」 ジャンヌは表示を見ていた。 そして、宝石を拾った表示は一つも無かった。 そう、一つも。 「アラン。拾わなかったのね・・・クリアの宝石」 BCをクリアしたとき、生存者には混沌の宝石が一つずつ返還される。 稀にバグがあるが、基本的に例外は無いはずだった。 けれど表示は無かった。 しばらくの沈黙の後、アランは口を開いた。 「・・・拾えるわけないだろう? みんなを殺してしまったのに」 顔を伏せ、「私だけ、拾えるわけないじゃないか・・・?」と呟いた。 「馬鹿じゃないのっ」 平手打ちが一閃した。 思いっきり力を込めたその一撃の後、ジャンヌは彼の頭を胸に抱え込むように抱きしめた。 やはり思いきり力を込めて。 (ばかなひと・・・) 違う、馬鹿なのは自分だ。 彼がそのままの状態で何か呟いた。 それが何と繰り返しているかを気づいたとき、彼女の心の中には一つの決意が生まれていた。 「すまない・・・こんな、こんなでごめん・・・」 こんな私でごめん、と。 彼はそう繰り返していた。 その表情は見れなかった。 ただ彼の頭を抱きかかえながら、彼女は決心したのだ。 前々から頭の片隅にあったことを。 〜5〜 「入りたまえ、ジャンヌ卿」 この場にふさわしい、荘厳な声が告げた。 巨大な扉が開き、ジャンヌは中へと足を踏み出す。 彼女は今、元老院を訪れていた。 元老院はかつて冒険者であった者たちによって構成されている。 世界を司る、一文字の御使いたちとは独立した機関である。 主に、この大陸に生きる冒険者たちに関する問題を取り上げるために存在する。 現在の最大の関心は生まれる命の減少と、世界の衰退だったが。 いわば、冒険者達による冒険者の問題解決の最高機関なのだ。 構成されるメンバーはいずれもこの大陸の最高クラスの元冒険者であり、暗黒卿の名を持つことが最低限の資格とされている。 また、PK行為などの前歴がある者は元老議員になれず、元老院に足を踏み入れることさえ許されない。 ジャンヌは軽く息を吸い込み、口を開いた。 彼女の問題提起は、元老院をここしばらくなかった怒号のるつぼに変えた。 数人の議員は怒りのあまり立ちあがり、数人の議員は呆れたように彼女を見ていた。 その反応はさまざまだったが、共通していたのは彼女に対する敵意だった。 「娘っ、自分が何を口走っているのか、分かっておるのだろうな!」 憤りを爆発させたのは、元老議員でも古株のコモドゥス・メレディアスである。 その顔は紅潮していた。 「分かっているつもりです」 短く、だが力を込めてジャンヌは答える。 「落ち着きたまえ、コモド議員」 そう宥めたのは議長席にいる老人だった。 「雛鳥は誤った思いに駆り立てられることがあるものだ。そんな雛の羽根を整えてやるのも我ら老鳥の役目というもの」 その声には慈愛が感じられたが、同時にジャンヌの発言への拒絶も込められていた。 「ジャンヌ卿、美しい雛よ。そなたはこう言うのだな? すなわち“PTスキルを廃止せよ”と」 再び、元老院の空気が険悪なものに満たされた。 だが、彼女は退かなかった。 「ある意味では、そうです」 コモド議員が台を激しく叩いた。 それに同調する怒りの声があちこちにあがる。 「ジャンヌ卿、そなたはPTスキルをどういうものだと考える?」 そして、老人は続けて言った。「稀にいるのだ。自由に楽しめば、それでいいと主張する者が」 その後をコモド議員が続ける。 「そして、仲間に迷惑をかける」 吐き捨てるように。 再び老人が問うた。 「憶えているかね? 自分が未熟であった頃のことを。力無く、技によって仲間と勝利を切磋琢磨した日のことを」 「憶えています」 ジャンヌは短く答え、そして続けた。 「KFが強敵だった。ナイトがタゲを取り、エルフがBFの注意をひきつけ、みんなが一生懸命だった」 「なら、分かるはずであろう。技術の向上こそが、皆の命を救い、高みへの扉を開いたのだと」 その全てを否定する気は彼女にも無かった。 「ええ。あの頃はみんなが仲間を気にし、自分に出来ることを探したわ」 老人は満足げに頷いた。 「それがPTスキルだ」 「いいえ、あの頃の努力は生きるためだった。あなたがた偉大な先駆者に智恵を授けられ、多くの恵みを得た」 議員の何人かが深く頷いたが、彼女はそこで話を止めなかった。 「けれど、それはいつしか変わってしまった。より死なないように、より最高に近づくように・・・そして、“最高”を求め続けた結果、“最高”が普通になってしまった」 静かな空気に、彼女の声が響く。 「今では誰もが最高を求めるわ。盲目的に、唯一の正解として。最高は最低限となり、上手は必須となった」 彼女は議員達を見回した。 「こんな世界に誰が生まれたがるでしょう? 衰退するのも当然だわ。遊びは遊びでなくなり、楽しみは義務となる。そんな世界に生れ落ちることを願う魂なんているものですかっ」 今や、彼女に全ての議員が注目していた。 「今では誰もが同じ夢を見る。“最高”という、あなたがたが遺した夢を。誰もかれもが、自分の夢を見ることを忘れてしまった」 彼女は深く息を吸い込み、心を落ち着けようとした。 そして、懇願した。 「お願いです、わたしたちの夢を返してください。最高という名の、誰か他人の夢じゃない。自分が見るはずだった夢を見る権利を」 元老議員たちによって議題にふさわしいかが論議される間、ジャンヌは扉の外で待っていた。 果てしなく長く感じられたが、彼女は永遠にでも待つつもりだった。 やがて、扉が開かれた。 元老議員の長が声をかけた。 「ようこそ、ジャンヌ・アルテス議員。元老院を代表して、新たな議員の誕生を歓迎する」 そして、宣言した。 新たな議題は、“私たちの夢を返して”だった。 ジャンヌの毎日は多忙になった。 元老議員の立場は彼女の議題が論議される間のみのものだったし、元老議員自体の職務はさほど多くはない。 だが、周囲の反響は大きかった。 FLメールは絶えず一杯になった。 大半は怒りであったり、抗議であったり、嫌がらせだった。 その全てが悪意によるものではなく、自分たちの努力と思いやりを悪と呼ぶのかという非難もあった。 彼女はその中から会話が成立しそうなものに限定し、返事を出していった。 それだけで、日々は飛ぶように過ぎ去っていった。 だが、終わりは唐突に訪れた。 知らせは、ギルメンのエティエンヌからもたらされた。 「あら、エティ。いらっしゃい」 ジャンヌはギルドで孤立しかけていたが、彼女は数少ない理解者だった。 しかし、慌ててやってきた彼女の表情は冴えなかった。 蒼白とまではいかないが、明らかに普通ではない。 そして告げた。 「ジャンヌ。・・・アランが死んだわ」 「あなたたちだったのね」 そう呟いたジャンヌの前には、いつぞやのハイオン・ナイトがいた。 彼女たちは今、デビアスの小屋の中にいた。 その視線の先には、見覚えのあるハイオン・ナイトにフェニ・ナイト、そしてもう一人知らないウィザード。 三人は同じギルドのメンバーのようだった。 「これはこれは議員様ww」 ハイオン・ナイトが楽しげに言い、何がおかしいのか「www」が部屋に満ちる。 「なに?彼氏の復讐?wリアルでもてないと大変だねw」 ジャンヌは相手の問いを無視した。 「アランが最期にPTしたのはあなたたちね?」 口調は静かだったが、その瞳は怒りに燃えていた。 「おいおい、殺したのはモンスで俺たちじゃないってw」 「彼が死んだのが事故なら、わたしも納得するわ。仕方がないって」 「いや事故っつーかwモンスにやられたのは仕方が無いでしょ」 ジャンヌは「そうね」と言い、続けた。 「でも、彼は回避ナイトよ」 男たちを見まわす。 「彼は回避ナイトだった。彼は死ぬ危険のあるような狩り場に自分から行くような人じゃなかったわ」 そう、強さへの挑戦という面での向上心があまり無かったアランは、回避できない狩り場へ行くのは避けていた。 彼が回避できない狩り場になるとジャンヌもG+無しでは厳しすぎるため、普段はまったく支障が無かったのだが。 「いやいや。あいつが自分で連れてってくれって言ったんだって」 「嘘ね」 微塵も躊躇せず、ジャンヌは切り捨てた。 「信用ねーwww」 爆笑するハイオン・ナイト一行。 「でもマジだって。ま、ちょっと口説いたけどさw」 「・・・何て言ったの?」 ハイオン・ナイトは笑うのを止め、彼女のほうを向いて言った。 「危険なとこ逃げてばっかじゃ上手くなんねえって」 「! ・・・そう。それで分かったわ」 だが、ウィザードが口を挟んだ。 「他にも言ってたろ。そんなじゃまた同じことを繰り返・・・」 ジャンヌは最後まで聞かなかった。 どうでも良かった。 既に分かったから。 アランはあの日のBCのことを気にしていた。 彼のコンプレックスになっていた。 だからアランは、あの人は死んだのだ。 「あなたたちに謝っておくわ。先に」 ジャンヌは静かに告げた。 その声には感情が全くこもっていなかった。 「ごめんなさい。・・・今からあなたたちを殺すわ、わたし」 そして静かに踏み出す。 彼女が本気だと本能で悟ったのだろう、ハイオン・ナイトが叫ぶ。 「まてまてまて!お前元老院をクビになるぞっ!!」 あと一瞬遅ければ、間に合わなかっただろう。 ジャンヌのダークブレーカーは、闇の河で作られたという闇を砕く剣は男の目の前で静止した。 「へ、へへ・・・焦ったあ」 そう呟くハイオン・ナイトには一瞥もくれず、彼女はきびすを返した。 「そうだよなあ。彼氏のために頑張ったのがムダになるもんな」 気を取りなおしたのだろう、揶揄するように言う。 そうだ。この女は決して俺たちを斬れない。 声の響きだけで、その薄ら笑いが浮かぶねっとりとした口調だった。 だから、ジャンヌは振り返らない。 あとほんのわずかでこの場にいたら、自分を押さえ切る自信が無かった。 アランは死んだ。 だが、彼のためにやりとげなければいけないことがあるとジャンヌは思った。 それは彼女なりの、彼への墓標だ。 「・・・」 小屋の外まであと数歩というところで、ジャンヌは歩みを止めた。 「今、なんて言ったの・・・?」 自然と問いが口に出た。 聞き捨てられず、口にしてしまった。 ハイオン・ナイトが今言ったばかりの内容を繰り返す。 「ヒィヒィ泣きながら死んだってんだよ、あの回避ナイトは!」 途端に小屋に溢れかえる「www」の爆笑。 キレた。 「いやあ俺たちも驚いたぜ?回避できない回避ナイトがあんなに弱・・・」 男は最後まで言えなかった。 壁に叩き付けられ、それでも状況を把握出来ていなかった。 自分の身体を見下ろしたが、自分の腹が大きく裂けていたことを理解できなかった。 あるいは、自分の片腕がもげかけていることを。 仲間の引きつるような悲鳴で彼がようやく状況を理解したとき、既に手遅れだった。 突風と、耳を劈く轟音が小屋の中を荒れ狂っていた。 押さえ付けていたを自分を開放した女騎士の大嵐。 円心状に回転する彼女のつるぎは小屋の床板を引き剥がし、破壊しながら唸りを上げる。 男は息をすることも忘れ、突風で壁に押し付けられながら、目の前の爆風の嵐を凝視する。 彼女が伏せるように低い態勢から、震波を放つためにつるぎを振り上げたとき・・・目が合った。 男は悲鳴を上げた。 次の瞬間、真空斬りから大嵐、震波へと繋げられた破壊力は凝縮し、縮爆。 三人の男の命と、デビアスのささやかな小屋を吹き飛ばした。 「ヒィヒィ言ってるのは、お前じゃないかっっ!!!」 その日、デビアスの住人は突如として吹き飛んだ小屋から飛び立つ影を目撃した。 巨大なつるぎは返り血に濡れて紅に染まり、その身体は罪に濡れて漆黒だった。 そして、悪魔のような羽。 かつて人であった魔物は一声哭き、東の空へと飛び去っていった。 〜エピローグ〜 ジャンヌ・アルテスは二度と元老院に足を踏み入れることはなかった。 だが、彼女は人々に囁き続けた。 それは目覚めを促す問いかけだった。 それは一人の男に捧げる鎮魂歌だった。 魔物と成り果て、影から影へと旅しながら、囁き続ける。 これからも、永遠に。 天国の賛美歌を思い出そうと荒野を放浪する、正気を失くした天使のように。 MU大陸にはPK魔と呼ばれる魔物がいる。 かつて冒険者であったモノであり、闇に身を堕とした心弱きモノであるとも言われる。 が、真偽は定かではない。 魔物は闇に潜む。 そして、影から影へ。 魔物はどこにでもいる・・・雪原で、砂漠で、街中で。 影に耳を澄ませてみると良い。 魔物の誘い声が、あなたにも聞こえるかも知れない。 曰く、 好きにすればいい・・・ 誰に、何に従っているのか・・・ 自分の好きな夢を見よう・・・他人の夢を見てどうする・・・ たかがゲームじゃない・・・ 楽しめばいい・・・ 嗚呼、鎖を解き放て・・・
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