短編小説っぽいもの
エド・ウッド --
前編
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後編
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キャラクター紹介コメント
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後書きコメント
『エド・ウッド』
〜プロローグ〜 MU大陸にはPK魔と呼ばれる魔物がいる。 かつて冒険者であったモノであり、闇に身を堕とした心弱きモノであるとも言われる。 が、真偽は定かではない。 魔物は闇に潜む。 そして、影から影へ。 魔物はどこにでもいる・・・雪原で、砂漠で、街中で。 影に耳を澄ませてみると良い。 魔物の誘い声が、あなたにも聞こえるかも知れない。 曰く、 好きにすればいい・・・ 誰に、何に従っているのか・・・ 自分の好きな夢を見よう・・・他人の夢を見てどうする・・・ たかがゲームじゃない・・・ 楽しめばいい・・・ 嗚呼、鎖を解き放て・・・ 〜1〜 「アラン、暇?」 二次羽回避ナイトのアランがデビアスの小屋でくつろいでいた時、そう声をかけてきたのは彼が夢中になっている女性だった。 彼女の名はジャンヌ。 今でこそアランと同じく二次羽を付けるナイトだが、MUを始めた頃は目を離せないナイトだった。 攻撃されればパニックになり、赤と間違えて青を飲む。 酒をがぶ飲みしながら逃げ回る。 モンスに攻撃を始めてタゲった後も攻撃のたびにクリックし、細かい移動と攻撃を繰り返す挙動不審ナイト。 また、ダンジョンやLT、海に狩りに行くときなどは“彼女専用のお目付け役”が必須だったものだ。 迷う迷う。 とにかく座標数字に弱い。 はぐれた後、LTで壁一枚隔てた向こうから「やった、見つけた!合流♪」と聞こえることも日常茶飯事だった。 というか・・・それは合流できていない。 目を引いたのは操作だけではなかった。 彼女がワームの倒れ方がカワイイと評したときなど、PT全員が耳を疑ったものだ。 あの醜い生き物を・・・確かに、コテンと横に倒れる動きは少しだけ愛嬌があると思えないことも無いが。 ふと思い出す。 (そういえば、TCを憶えようと大嵐玉を地面に投げて消えるまで見つめてたこともあったっけ) 右クリックで習得を知らない初心者らしい、そんな微笑ましい思い出。 もっとも、その勘違いをアランが笑ったときのジャンヌの怒りようといったら無かったのだが。 (あの時は恐かったなぁ・・・PKされるかと思った) アランは苦笑する。 ゲーム音痴ともいえたジャンヌをずっと指導してきたのはアランだった。 指導といっても、アランのほうも決して操作が上手いわけではない。 むしろ、かなり下手な部類に入る。 彼もこの手のゲームはMUが初めてだったし、実のところリアルでは家庭用ゲーム機も持っていない。 単にMUを始めた時期が彼女より早かっただけとも言える。 いや、だからこそ尚更アランは彼女を放って置けなかったのだろう。 二人はある意味において双子だった。 飛び抜けて下手で・・・おそらくは、飛び抜けてMUが好きなだけの。 レベル差があってPT出来なかった二人も、今ではレベルも変わらない。 いや、実はもうジャンヌの方が少しレベルが高かったりする。 それは彼女の小さな秘密だ。 ・・・いや、小さな“ほうの”秘密というべきか・・・。 二人は今ではよくペアで狩りに行く。 EEもいない、決して効率的とは言い難い狩りだったが、彼女は大いに満足していた。 お互いにコンボでふっ飛ばしあってなかなか倒せないのも、武器スキルで同じモンスを奪い合うのも楽しかった。 彼女が補給して狩り場に戻ってくると、大抵アランは補給前と同じモンスを殴っている。 赤は使わないが、火力の無い回避ナイトのさだめだ。 そこへ戻ってきた力ナイトの彼女がコンボを叩き込む。 それであっけなく終了というのがいつものパターン。 彼はそれをどう思っていたのだろう? 不満だったと思うだろうか? 楽しくなかった? とんでもない。 アランのほうも、そんな二人の時間をを心から愛していた。 元々、彼はモンスを倒す爽快感や、経験値や宝石にさえも執着が無かった。 回避ナイトになったのも、単にゲーム下手な自分でも死なずに遊べると思ったからでしかない。 死にさえしなければ、遊びさえ出来れば楽しめる。 彼にとってレベルアップは数字の変化だったし、宝石は電子記号だった。 ダメが大きくなって数字が変わるよりも、数字の色が変わるという意味でEXDは楽しい。 宝石はあるに越したことはないが、無いと遊べないわけでもない。 ゲームに慣れていなかったおかげで、彼はある意味でのMMOの楽しみを最大限満喫できたのかも知れない。 彼にとっては、双子ともいえる同類ジャンヌとの時間は何よりも価値あるものだった。 ゲーム下手な二人が同じモンスにコンボする・・・たださえミスる操作が、タイミングのズレでなおのことコンボ成立しない。 当然、経験値的にもドロップ的にも美味しくはない。 だが、彼にとってはそんなことはどうでもいいことだった。 補給から戻り、AG切れでアランが通常攻撃し続けていたモンスをコンボで叩き落すジャンヌ。 アランが手加減して調節していたのではないかと思うほど、いつだってモンスはそのコンボで倒れるのだった。 その後、火力の違いを見せつけるように得意げに笑うジャンヌ。 苦笑しながらも、そんな彼女を見るのが彼は好きだった。 楽しいという以外、何の意味も無い狩り。 アランはそんな全てに満足していた。 「アランってば! ROM?」 ジャンヌの不満そうな声。 壁にもたれたまま、返事が一向に無いアランに苛立っているらしい。 離席放置を表すのは正確にはAFKだが、MUでは何故かROMの方が浸透している。 正確な意味を考えると、正反対とも言える間違った使い方のことも多いのだが・・・。 「やぁ、ジャンヌ。おはよう」 AFKでないことを示すべく、壁から身を起こして席につく。 「返事くらいしてよね、もう・・・」 文句を言いたげな顔でジャンヌも隣りに腰を下ろす。 「おや?」 「ん? なになに、どうしたの?」 首を傾げるアランに、何かを期待するようにジャンヌ。 気づいた? 「ジャンヌ・・・」 「ん?」 気づいたよね? そりゃあ・・・気づかないはずがないもの。 いくら色々ズレてるアランでも。 「太ったのかい?」 「・・・」 無言で光るダクブレの峰打ち。 戦闘区域だったら武器スキルだっただろう・・・スーパーひとし君を賭けてもいい。 「ちっがうわよ! GD! この新しい鎧が重いの!」 怒鳴る彼女に、「おぉぉ・・・あ、頭が・・・おおぅ」とうめくアラン。 回避ナイトは痛みに慣れていない。 そんなアランを見て、一応は怒りが収まったのか席に戻るジャンヌ。 ・・・今度は音を立てないように少しだけ気にしてみたりする。 と、「あぁ・・・装備を新しく買ったんだね」とアランが顔を上げた。 「おめでとう」 まるで自分の装備を新調したときのように嬉しそうな笑顔でアラン。 ジャンヌは彼のそういうところは嫌いではない。 「このグレートドラゴン装備、ロボみたいでしょ♪」 何が楽しいのか、「ウィーン、ガチャ♪ ウィーン、ガチャ♪」と謎のメカ擬音をチャットするジャンヌ。 こういうとき、ひょっとしたら彼女はバカかも知れないと思うときがあるが、賢明なアランはそれを口に出さない。 それを口にする方がバカなことは明白だからだ。 「じゃあ・・・試しにイカロスでも行こうか?」 アランはそう提案した。 彼はほぼソロ専門の回避ナイトだったが、彼女とのペアPTはいつだって大歓迎なのだから。 〜2〜 「アラン、あなたからもジャンヌに言ってあげてよ」 アランとジャンヌは同じギルドに所属している。 ギルド名を“ちびドラ”といい、ギルド会議では全員がPドラ変化の指輪を使用してロレンシアの焚き火を囲むのが習慣のギルドだ。 最初はごく仲間内で作った適当なギルド名だったのだが、いつのまにかギルメンが増え、改名の時機を逸してしまって今に至っているのが真相だったりする。 また、“ちびドラ”でも現在のMU大陸のギルドの主流と同じく、PTスキルを新人ギルメンに教えることが慣例となっている。 もちろん強制ではないが、野良PTなどを考えるとPTスキルの無い人間はPTで疎まれるため、ほぼ全員が定期的にPTスキルを学び実践する“実体験PT”が行われているのだ。 だが、ここでのジャンヌは問題児だった。 チャットでの講義は受けるのだが、“実体験PT”を頑なに拒否し続けているのだ。 彼女曰く、「アランとしかPTしないから要らない」という。 彼女がアランの“掌中の珠”なのは明白だった。 だが、そのため最初は肩をすくめるだけで何も言わなかった他ギルメンも、彼女が二次羽レベルになってからは頭を悩ませるようになった。 ギルドとはいえ、示しというものがある。 新人ギルメンがPTスキルを学ぼうとする教育を受けるに当たって、同じギルドのTOPである二次羽ナイトにPTスキル実体験PTボイコット者がいるのは問題ではないか。 中には、PTスキルなんて学ばずに好きにやればいいと思う者も出てくるかもしれない。 武器スキル連発しかしないナイトや、AGを切らしても乱れ打ちし続けるエルフなどは野良PTでは敬遠される。 PTもなかなか組めなくなるだろう。 そのツケは、彼ら自身に跳ね返ってくるのだ。 「いいじゃない。わたしは講義は受けてるもの」 それで最低限の義務は果たしているというのがジャンヌの主張だった。 だが、それを聞いても他の古株ギルメンはあまり良い顔をしない。 自然、彼女の説得をアランに求めるようになるのは当然だった。 ジャンヌにとってアランの発言が一番影響力があるのは明らかだったし、“ちびドラ”の創設メンバーでもあるアランは客観的にいっても発言力が強い。 単に彼がそれを行使するのに乗り気でないだけだ。 チャットする分には人当たり良く、回避ナイトである彼が高い狩り場でソロで拾ってくる装備品をギルメンに気安く譲ったりするともなれば尚更だった。 たまに彼が口を開いて提案すれば、“ちびドラ”でそれに異議を唱えるギルメンはほとんどいない。 だが、ジャンヌの説得を望む声に対してアランの歯切れは悪かった。 「う〜ん・・・みんなの言うことも分かるけれど」 そもそも、彼自身PTスキルをほとんど知らない。 それが暗黙の了解で完全に許されているのは彼の影響力と、ひとえにソロ専門を公言する回避ナイトという特殊性の故だった。 現実問題、回避ナイトはそれだけでPTでは歓迎されない。 そのせいもあって、誰もアランにPTスキルを学べと言う者はいなかった。 「ほら、私自身がPTスキル0なわけだから・・・」 「そりゃあアラン、君はいいだろうさ。だがジャンヌは回避ナイトじゃない。君はこれからもソロでやれるが・・・」 そこで一度言葉を区切ったギルメンが「君はこれからも引退しないと誓えるかい? 休眠すらしないと、そう誓えるか?」と問うた時、アランははっとした。 「そ、それは・・・」 「いいかい、アラン。君とジャンヌの仲の良さはみんな知ってる。最高のペアPTだと思うよ」 最適ではないかも知れないが、最高だということに誰も異存は無い。 「だが、君がいなくなることも起こり得るだろう? リアルの都合とか。そうなったら彼女はどうなる?」 正直、アランはそんなことを考えたことが無かった。 確かに、“今”は永遠ではない。 「彼女にこう言うつもりかい? 一緒に引退しよう・・・」 アランが顔を伏せる。 これ以上聞きたくなかった。 「分かった。・・・私から説得してみるよ」 「嫌よ」 ジャンヌの返事は短かった。 短いだけに頑なで、一切の妥協を許さない返事でもあった。 「ジャンヌ・・・」 アランが困ったように名を呼ぶ。 「いいじゃない! わたしは講義を受けてる。PTスキルの知識は知ってるわ」 そして続ける。「それに・・・わたしはアランとしかPTしないもの」 その言葉は、昨日までのアランなら喜びと共に聞いたかも知れない。 「それじゃ駄目だよ。いいかい・・・私がこれからいつまでもMUを続ける保証なんて無いんだ」 それまで顔をそむけていたジャンヌが向き直る。 「アラン・・・あなた、引退するの?」 ショックを受けた、信じられないような口調。 「いや、そんなつもりはないよ。今はまだ」 それを聞いて少しだけ安心したようなジャンヌ。 「もしアランが引退したら、わたしも引た・・・」 「駄目だ!」 滅多に出さない大声でジャンヌの言葉を遮る。 「いいかい、ジャンヌ。自分以外は他人だ。もちろん赤の他人だけじゃなくて、大切な他人もいる。けれど・・・誰も“自分”にはなれない。そうだろう?」 「ええ。自分で選ぶべきだって言うんでしょう? わたしが自分で選んだのよ、あなたが引退するときはわたし・・・」 アランの言いたいことを先取りして、それをやりこめようとし・・・彼の表情を見て、ジャンヌは言葉をとぎらせた。 彼女は必死で考えを巡らせる。 どうすれば“隠し続けられるだろう”か・・・。 ため息をついて、ジャンヌが口を開いた。 「アランも知ってるでしょう? わたしは下手なの。他のみんなみたいに上手く操作なんて出来ない。PTスキルなんて無理よ」 そして微笑う。「あなたとおんなじで」 「・・・」 アランは言葉を返せなかった。 だが、そのとき彼の中に小さな疑問が芽生えた。 確かに、今までそう思ってきた。 疑ったことなど無かった。 いつだって彼女は目を離せないナイトで、迷子で、MUが下手だった。 だが。 本当にそうなのだろうか? 〜3〜 「今日はタルカンに行かないか?」 あれから、二人は何度もペアPTをした。 それは今までと何も変わらぬ日常。 だが、今日アランはある決意を固めていた。 ここ数日ずっと抱き続けていた疑問を確かめようと。 「タルカンっていうと、デスビ部屋? それとも犬で生命探し?」 ジャンヌは彼の思惑になど気づいていない。「ふふ、わたしはどこでもいいけど♪」 実際、二人の狩り場所は何処でも良かった。 タルカン、イカロス、カルリマ・・・いや、LTやダンジョンでも何も問題は無い。 二人にとって、重要なのは場所ではないのだから。 だが、今日は場所こそがアランにとって重要だった。 「異形なんてどうかな? いやかい?」 彼女は笑う。 「さっき言ったでしょ。どこでもいいって」 それから砂漠に着くまでは今までと同じだった。 準備は、ジャンヌは赤と青を同じくらい。 アランは赤を少なく、青がほとんど。 二人ともコンボの操作が難しくなると言って酒は持っていかない。 タルカンに着いた後、入り口に程近い浅瀬で相談する。 「じゃ、わたしは右から集めてくるね?」 この時間帯は人が少ない。 ある程度なら左右に分かれて釣っても問題は少なかった。 「いや、ちょっと待って」 「え?」 返事も聞かずに移動しようとしていたジャンヌが戸惑ったように立ち止まる。 「どうしたの? 忘れ物?」 「ジャンヌ。いいかい、よく聞いて」 真面目な顔のアランに、「なによ、告白でもする気?」と茶化すジャンヌ。 「実は、今私が装備してるEXは防御成功じゃない。ただの生命増加なんだ」 「は? コスを間違って装備して来ちゃったの?」 呆れたように、「いっそ、そのまま狩りする?」と彼女が笑う。 「ああ、そのつもりだよ」 ジャンヌは眉をひそめた。 そのままで? アランは機神兵も回避する回避率だ。 だが、盾と指輪だけでも異形くらいは回避出来るのだっただろうか・・・? 「ついでに言っておくと、回避リングは倉庫に置いてきた」 「は?」 思わず聞き返す。 アランは何を考えているんだろう? ジャンヌは胸が騒いだ。 何か分からないが、少しだけ・・・少しだけ嫌な予感がする。 「あぁ、もうすぐ異形もこちらを見つけて寄ってきそうだね・・・どう思う?」 「そ、そうね」 アランの考えが分からない。 ふつふつと湧き上がる不安。 彼は何を言いたいのだろう? 周囲に異形の姿が複数見え出した。 もうすぐ、こちらに一斉に襲い掛かってくるだろう。 「ジャンヌ。私はこれから盾を捨てる」 アランが何を言ったのか、それを理解するのにしばらくかかった。 盾を・・・捨てる? 回避ナイトが、狩り場の真っ只中で? と、我に返る。 「アラン! あなたそんなことしたら異形にだって殺されちゃうわよ!?」 何を考えているのか。 「いや、死なないさ・・・きみが守ってくれる」 「え?」 アランは盾を外した。 もはや、彼が異形を回避出来るという可能性は無くなった。 「私はこのまま動かない。実は・・・赤も持ってこなかったんだ」 そう言って笑う。 ジャンヌは怒りを抑えきれなくなる。 なんで彼は笑っていられるのか・・・死はすぐ目の前まで来ているのと同じなのに! 「いいかい、ジャンヌ。きみが私を守るんだ」 「・・・無理よ」 「いや、無理じゃない。きみは本当はもっと上手く操作できるはずだよ」 少し寂しげに付け加える。「おそらく・・・私よりも上手なくらいに、ね」 「無理よ、出来ない。お願い、止めてアラン」 ジャンヌは泣き出しそうになった。 嫌な予感はこれだった。 いやいやと首を振る。 「きみなら出来る」 「出来ないわよっ、アラン“あなたが出来ないのに”・・・」 彼女は激昂しかけて、失言しかけたことに気づき口を噤む。 今、言ってしまった? 彼は・・・気づいただろうか? 「ジャンヌ・・・それが理由だったのかい?」 少し動揺を隠し切れないアランが問う。 「私が・・・私が出来ないから、きみは」 「・・・」 ジャンヌはうつむき、答えない。 「ジャンヌ。私はきみが上手くなるように指導してきたんだ。認めるよ、いつものようなミスしてばかりのきみとのPTは楽しい。でも、きみが上手くなってくれるのが私の望みなんだ」 「違うわ、アラン。あなたは分かってない。分かったつもりになってるだけよ」 顔を上げ、いつも勝気な瞳に涙を溜めて彼女が言う。「本当は何も分かっていないのよ」 「そんなことはない! なんで分かってくれないんだ、ジャンヌ。私がいくら下手だからって、きみを妬んだりするとでも?」 お互いに相手の方が分かっていないと言う。 正しいのはどちらなのだろう。 「お願い、アラン。今すぐに帰還して」 最後の懇願。 既に異形たちは完全にこちらをタゲっていた。 もうすぐにでも襲いかかって来るだろう、この数瞬後にでも。 静かに息を吸い、アランは短く答えた。 「いやだ」 そして、ジャンヌが動いた。 (やれやれ、この数の異形・・・5〜6回は喰らうのを覚悟しないとな) アランはそうひとりごちる。 だが、自分は死なずに済むだろう。 何故か確信があった。 思えば、ジャンヌが自分より上手いかも知れないと気づくべきだった点はいくらでもあったのだ。 例えば補給後、戻ってくるジャンヌはコンボをミスしたことはなかったではないか? いつだって、一度でモンスを沈めた。 例えば、何度となく生還してきたカオスキャッスル。 最後に残ったのがCPUだけだったと・・・そう彼女が言う幸運が多すぎやしなかったろうか? PTスキルの講義だけは聞いていると言った彼女。 何故、実体験PTだけは拒んだのか? 答えは明白ではないだろうか? 謎と、そして答えはいつだって、すぐそばにあったのだ。 おそらく彼女はアランが思っていたほどに下手ではないのだ。 もちろん、最初は本当に下手だったろう。 だが上達した。 きっと、今では多くの冒険者と同じくらいの技術をもっているのだろう・・・そして、彼女はそれを隠していた。 自分という、下手なままで上達しなかったゲーム音痴のためだけに。 二人の関係を変えないために。 そして・・・おそらくは、彼をあらゆる意味で傷つけないために。 自分はなんと愚かだったのだろう。 それを思えば、異形にここで数発喰らって半死になるくらいは当然の代償じゃないか? だが、アランの予想は外れていた。 少なくとも・・・彼が想像していた予想そのままでは決してなかったのだ。 彼は自分で動かないと言ったが、そんな必要など無かった。 呆然とする彼の前で、ジャンヌは別人のような動きを見せた。 アランに近い順に武器スキルを細かく当てていき修正、ときに二段目のTCに繋ぐ。 だが、まだ三段目のコンボにまでは繋げない。 そうやって周囲の異形を巧みに一定の範囲にまとまめ、初めて三段目のOIへ。 コンボと呼ばれる連撃・・・真空斬りから大嵐に繋がれた一連の破壊力は収縮し、震破に繋がれた瞬間に縮爆する。 だが、その爆風がやむ前に彼女は位置を移動、アランに近づいていた他の異形に武器スキル。 それによって短い距離を飛躍した後、後ろに残した異形の方に引き戻すように・・・ (・・・すごい・・・) あれは、誰だ? アランは、目の前の女騎士が誰なのか判らないような錯覚に包まれていた。 目の前の一連の流れ、それは凶暴な破壊を纏った舞のようだった。 彼に一度として触れることなく、地に還っていく異形たち。 やがて、完全に異形たちはいなくなった。 全て、彼女がたった一人で倒してしまったのだ・・・それもアランに傷一つ負わせることなく。 うつむいたまま自分の方に近づいてくる彼女を、アランはただ呆然として見詰めた。 何と声をかけてよいか分からない。 いや、声をかけるということすら思い浮かばず。 そんな彼の目の前に立ち止まり、ジャンヌは一言だけ「ごめんなさい」と、告げた。 顔を伏せたままで・・・彼の顔を見るの勇気は無かった。 だが、彼女には彼の今の表情がはっきりと脳裏に浮かび上がっていた。 だから・・・ごめんなさい、そう言う以外に何も出来なかった。 この日、アランは知った。 ジャンヌは彼の“掌中の珠”ではなかった。 彼が守ってきたつもりだった彼女。 だが、実際にはそうではなかった。 実際は逆だった。 ジャンヌがアランを守っていたのだ。 アランとの関係を、アランの心を・・・。 ごめんなさい、と。 そう謝る彼女に対して、いったいどう答えればよいのだろう。 何が、言えるのだろう。 さっき、彼女は言った。 「違うわ、アラン。あなたは分かってない。分かったつもりになってるだけよ」 こうも言った。 「本当は何も分かっていないのよ」 嗚呼・・・自分の方こそが、守られてきた“掌中の珠”だったのだ。 〜4〜 「・・・1サバ?」 ギルド・ウィンドゥを開いて、ジャンヌは眉をひそめた。 表示によるとアランは1サバになっているが、彼がギルドのメインサバ以外にInしているのは初めて見る。 彼女にとっては数日振りのMUだった。 あの日からなかなか勇気が出ず、ようやく思い切ってInしたのだ。 「あ! ジャンヌ、久しぶりぃ」 ギルチャで話し掛けてきたのは同時期にギルドに入ったエルフのエティエンヌ。 「ねぇ、エティ。アランは露店放置?」 そう聞くジャンヌに「ん? ギルチャで返事が無かった?」と彼女。 「べ、別に用があるわけじゃないから・・・ただ、アランが1サバって珍しかったから、何でかなって」 「ジャンヌさ、ひょっとして・・・アランと喧嘩でもした?」 心臓が止まりかける。 「ま、まさか! そんなはずないじゃない」 「あはは。だよねー。二人仲良いもん、ちょっと異常なくらい♪」そう言って笑うエティ。 そして続ける。 「1サバに行ってくれば? アランもPT募集しなくて済むでしょうし」 「え?」 「あぁ、あなたが最近いなかったからじゃないかな。アランってば1サバでPT募集してくるって」 PT募集? あのアランが? 「・・・ごめん、またね!」 手早くギルチャを打ち切り、ジャンヌは1サバに移動を始めた。 「おや? ジャンヌ、おはよう。久しぶりだね」 1サバの人ごみを掻き分けた挙句、やっと見つけた彼はいつものようにそう声をかけてきた。 脱力して思わず座り込みそうになるほど、それはいつものアランだった。 「お、おはよう・・・」 笑っているのか怪しい、なんとも言い難い表情で挨拶を返す。 彼はいつものように無邪気に笑って、「うんうん、元気そうでなにより」などと言っている。 「あ、あはは・・・」 色々と悩んでいたのが急に馬鹿らしくなった。 と、ふと思い出す。 「ごめんね、アラン」 「ん?」 「私がいなかったからPT募集なんかして・・・」 そんな彼女に「あぁ、いやいや。別にきみがいなかったからっていうわけじゃないんだよ」とアラン。 彼女は「あ」と思った。 言われてみれば、彼女がいなくてもアランはソロで普通に狩りが出来るのだ。 アランがいないときは彼女もソロするが、回避ナイトの彼の方がソロにはよっぽど向いているだろう。 じゃあ何故? 「でも、アランって野良PTとか嫌いだったじゃない? なんで・・・」 「嫌いっていうか、まぁ苦手なのは確かだけどね」と苦笑するアラン。 ジャンヌが物問いたげに彼を見つめる。 それに彼は「私もちょっとはPTスキルとか頑張ってみようかなって、ね」と答え、 「ま、きみほど上手くはなれないだろうけど」と明るく笑った。 その笑いは屈託が無くて、嫌味なんかは微塵も感じられない。 ジャンヌは呆然としたように彼を見つめる。 「でも回避ナイトのPT募集はやっぱり厳しいねぇ」 頭を掻いて苦笑しながら、アランは少し困ったように言った。 「二時間ほど叫んでるんだけど、今日もササは来そうにないなぁ」などと大げさに嘆息してみせる。 今日“も”? 「ねぇ、アラン。PTってナイトが二人いてもいいよね?」 「ん? そりゃあ、まぁ・・・いても困るわけじゃないと思うけど」 「ちょっと待ってて。すぐ戻ってくるから!」 そう言い残して、彼女はPT募集の叫びの渦の中に駆け込んでいった。 力づくでも、PTメンバーを見つけてくるつもりで。 それから数日、二人は野良PTを繰り返して過ごした。