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短編小説っぽいもの

世界のどこかにきみはいる。 --  本編後日談キャラクター紹介後書きコメント
 『世界のどこかにきみはいる。』


〜0〜


「あたしたち、別れよう」
それは何の前置きも無しだったから、僕は思わず「うん」と頷いてしまった。
頷いた後、「え?」と思い、横に座っている有紀の顔をまじまじと見たら、「やだもう。なに、殴られた月うさぎみたいな顔をして」と言われた。
公式イベントのMU昔話でPOPした月うさぎは、そう言えば今の僕みたいな気分を味わっていたかもしれないと思う。
故郷に帰してくれると安心してたら、なぜか思いっきり殴られた感じ。
で、月うさぎも昇天しながら、なんで自分がこうなってるのか判らなかったに違いない。
「え、なんで?」、そう思いながら夜空に送られていく月うさぎたちに共感する僕は、青山忍という。
今、僕たちは攻城戦の見学に来ていて、眼下には(人によっては)血沸き肉踊る戦闘が繰り広げられている。
もちろん興奮するかどうかは人それぞれの好みであって、省エネをモットーとする僕などはそうではない。
けれど、結婚式イベントを経て伴侶であるところの有紀は血沸き肉踊るタイプだったようで。
いや、そんなことは人それぞれの好みで構わないのだけれど、どう贔屓目に見ても別れ話に相応しい舞台ではないと僕は思う。
「ねぇ、有紀」
「ん?」
「・・・本気で言ってるんだ、よね?」
こう確認してしまったのは未練からじゃない。
あまりにもいつもとまったく変わらない様子の彼女に、そう確認せずにはいられなかったからだ。
普通はもっとこう・・・怒ったりとか、逆に冷めた目で見たりとか、なにか「あぁ、終わりなんだな」と思わせる気色をまとっているものじゃないだろうか。
別れ話っていうのは。
なのに、彼女はむしろご機嫌で、あまつさえ僕と手を繋いだままで言う。
あたしたち、別れよう。
え? 何の宣言?
と戸惑う僕はノーマルですよね?
「ねぇ、忍」
「うん」
「あたしが今まで冗談なんて言ったことあった?」
どうだろう。
僕は考える。
冗談、冗談・・・浮気したら生爪はがして拷問するとか言ってたなと思い出し、あぁそれは冗談じゃなくて脅しかと思い直した。
他の女に手を出したら、あなたの目を見ながら腕の骨を折るから。
でも骨折って治るのよ、人道的よね。
・・・あぁ、これも冗談じゃなくて脅しか。
あたし、スプラッタな映画が好きなのよ。
ほら、スウィートホームってあったじゃない?
あんな家に住みたいわね。
甘い家。
それを聞いて僕は目をむいたけれど、あれも冗談じゃなかったね。
結論、
「うん、きみは冗談は言わない」
有紀はそれを聞き、当然だと言わんばかりに大きく頷いて、
「あたしはね、いつだって本気なの」
いつだって本気の有紀。
ということは、やっぱりさっきの別れ宣言も本気だったんだ。
そう思うと、すとんと腑に落ちた気になって、なんとなく納得してしまう自分。
僕はお世辞にも才気あふれるエリートではないし、モットーの省エネは自堕落な怠け者と思われ勝ちだ。
有紀のことは好きだけれど、愛想を尽かされたらそれも無理はないなぁとも思う。
ただ、最後なら少しくらい格好悪い姿をさらしてもいいだろうと思い、
「僕の何が悪かったのかな」
と聞いてみた。
聞いてみて、あぁ少しくらいじゃなくて凄く格好悪いなと気づく。
でも、まぁいいか。
僕は有紀が好きだったのだし、彼女に欠点が無かったとは言えないけれど、それでも失いたくないと思ってるのだから。
「え? 忍の悪いところ?」
驚いたように言う有紀。
少し考えてから、「たくさんあるよ」と言う。
「・・・有紀、きみは知らないかもしれないけれど、ひとを傷つけるのは良くないことなんだ」
だからせめて手加減を。
でも、いつもまっすぐの有紀は、やっぱりまっすぐに僕の顔を見ながら、
「忍の良くないことは突き詰めれば結局一つ、頑張らないことだと思う」
あぁ、やっぱりそこか。
自他共に認める僕のスタイル。
自称・省エネ、他称・怠惰。
「忍はさ、何も頑張らないよね」
「何もっていうことはないと思うけど・・・まぁね」
少なくとも、拉致監禁されて拷問されそうになったときは頑張って逃げようとしたよ。
そう言ってやろうと思ったけれど、やめた。
それを言っても彼女は気にしないのは分かってる。
「あたしはずっと頑張ってる。たくさん頑張ってるよ」
「うん」
その通り。
「MUはレベル上げだって頑張ってるし、装備の強化も頑張ってる。野良PTも頑張ってるし、イベントも頑張ってる」
「うん」
「リアルでもし忍と暮らしても、きっとあたしのほうが頑張ってる」
「・・・うん。きっとそうだね」
「家事も頑張って、仕事も頑張って。きっと趣味だってあたしのほうが頑張ってるし、ベッドでもあたしのほうが頑張ってる。近所付き合いも、TVを見るのだってあたしのほうが頑張ってると思う」
「うん、有紀は頑張り屋さんだ」
目に浮かぶその過程は、どれも有紀の言うとおりだと思う。
そうか、だからか。
僕は上手くいってると思ってたけど、そうじゃなくって。
やっぱり僕は手を抜きすぎたのかと今更思った。
だから、次に有紀が口にした言葉でまた思考が停止した。
「あたし、そんな忍が好き。大好きよ、今でも」
「・・・え?」
「あ。これからもきっと、ずっと好きだと思う。うん」
「・・・え、えぇっと・・・」
じゃあ、なんで?
なんで別れるの?
軽いパニックの中、僕は気づいた。
あ、これは文字通り“僕、青山忍の悪いところ”の話なんだと。
僕はこう聞いた、“僕の何が悪かったのかな”って。
それはもちろん、別れ話の理由についてだったのだけれど、それはあくまで僕の“つもり”でしかなかったのだ。
だから彼女はちょっと驚いて、ちょっととは言いがたいくらい正直に、実に彼女らしく明快に回答したのだった。
「ごめん」
勘違いさせて。
「どういたしまして」
そう答える彼女は、やっぱりご機嫌で。
でも実のところ、問題は解決していないし、事態は何も進んでいない。

昼間、僕はヒドラ部屋にいた。
いつもと変わらない日常、悪霊を垂れ流すだけでいいのは僕のモットーにとても相応しい。
すなわち、省エネ。
僕が思うに、楽は善だ。
楽ということは無駄がないということだし、無駄なことというのはしなくていいことか、しないほうがいいことなのが圧倒的に多い。
手を抜いても発展はするし、発展のペースが遅いというだけでしかない。
発展のペースを上げ、欲を育ててろくでもないことをするよりは、楽なほうが世界は平和じゃないだろうか。
まぁそんなわけで、僕は悪霊を垂れ流しながら、深海のクラゲや海藻を眺めて過ごす。
目に見えないほどのゲージの伸びをコツコツと。
おぉ、こう言えばなんだか勤勉っぽいぞ、などと思いながら、海底の岩から湧き上がるあぶくに心を奪われる僕。
素晴らしい。
平和だなぁ。
などと海底生物を経験値に変えながらリラックスしていたとき、平和をだいなしにするために黒い大影がやってきた。
三次羽をばっさばっさと羽ばたかせながら、無粋なカンストナイトが僕に近づいてきて。
省エネの僕は争いなどごめんだから、さっさと狩り場を変えようと思ったのだけれど・・・
「青山忍だな?」
おや、まぁ。
なんと僕に用件があるらしい。
テノールというのか、ハスキーとでもいうのか、とにかくそういう低音の少しかすれた、なんとも格好良い声だった。
きっと女にモテるだろうが、それは僕に関係ないことでもある。
相手の剣呑な口調に、ひょっとしたらまたアレだろうか? などとウンザリしながら「こっちはきみのことを知らない」と言ってみる。
その返事に三次羽は少し苦笑しながら、「あんたが知る必要はないさ」と肩をすくめた。
そして、「悪く思うな・・・とは言わないが、ちょっと付き合ってもらおうか」と僕の腕をぐわしと掴む。
勘弁してくれ。
「僕は暴力は嫌いだ。平和主義なんだ」
「暴力は嫌い、か。はっ! 女癖の悪い男が言いそうなセリフだな」
それを聞いたとき、僕は「あぁ、やっぱりそうなのか」と思った。
「やっぱり?」
「あ、声に出てた?」
三次羽は「出てたな」と重々しく頷き、「身に覚えはあるようだな」などと言う。
いや、ちょっと待ってくれ。
「身に覚えはないけど、心当たりはある」
「・・・それは同じじゃないのか?」
「違う。つまり、その・・・そう、誤解されてる状況に心当たりがあるんだ」
そう、“また”だ。
僕は有紀の顔を思い浮かべながら、「きみは誰に雇われたんだ?」と聞いてみる。
正解を知っている問いかけは、ひどく無駄だ。
省エネに反する。
面倒だ。
「さぁな」
面倒だと思い始めていたのは三次羽も同じだったらしい。
うん、気持ちは分かる。
だから仲良くしよう。
「逃げようとしても無駄だぞ。余分に痛い目に遭うだけだ」
分かり合えないんだね、僕たち。
「無駄は嫌いだ。・・・もちろん、痛いのも嫌いだ」 「そいつは気の毒だ。まぁ、相手の女をさっさと白状しちまうことだな」
「誤解だ、僕は浮気してない」
きっぱりと言ってやったつもりだったが、三次羽には「男はみんなそう言うんだ」と流された。
カンストナイトがごそごそと取り出した、まるで人が入りそうな巨大な袋は、もちろん僕もすっぽり入ってしまう。
そして、“まるで”じゃなかった。
僕を軽々と持ち上げ、押し込もうとしているらしい。
じたばたしながら、「待てっ、僕をどうする気だ」と訴える。
三次羽は少しだけ手を止め、そっけなく「拉致監禁」と言った後、「あと拷問」と付け加えた。
悪いニュースだ。
すこぶる悪い。
「待ってくれ! そうだ、僕が無実だったらきみの良心は痛まないのか!?」
三次羽は手を休めることなく僕の梱包作業を進め、最後に袋の口をしめるとき、初めて同情するような響きでこう言った。
「なぁ。あんた、なんであんなおっかない女と結婚したんだ?」
「・・・」
僕が知りたい。
有紀との結婚から僕が学んだ最大のことはこうだ。
恋している間は結婚するな。
過去に遡れるなら、僕は自分に言ってやりたい。
よく考えろ、熱病に浮かされている時に保証人の判子を押すか?
「信じてくれ、僕は浮気してない!」
そして、暗転。
どこまで運ばれたのかは分からない。
どこかの薄暗い小屋に僕は転がされ、やがて社交的とは言いがたい荒々しさで椅子に座らされた。
「・・・縛る必要はないんじゃないかな?」
「常識が無いな。逃げられたらどうする」
まさか、人攫いに常識が無いと咎められる日が来ようとは。
「逃げない。逃げる理由がない」
それを聞いて三次羽は「ほぅ」と感心したような声をあげ、「観念したか」と言う。
冗談じゃない。
「違う、僕は無実だからだ。僕は浮気なんてしていないし、浮気していないなら僕を拷問する必要はないはずだ」
そうだろう?
「していないなら、な」
明らかに気のない口調で流される。
その上、猿轡まで噛まされた。
なんてことだ。
もちろん、羽ばたいて飛べないように背中の羽はもがれている。
「さて、選手交代だ」
カンストナイトはそう言うと、僕の後ろのほうに回った。
そちらに扉があるらしく、「出番だ」と誰かを部屋に入れたようだ。
どうすれば助かるか頭をフル回転させていたら、“そいつ”が僕の前に回ってきて・・・
「っ!? ・・・!! ・・・!!」
僕は悲鳴を上げた。
大柄というだけではなかった。
筋肉質の巨体というだけではなかった。
スケイル装備の頭だけ被り、他は裸。
その手にはどす黒いカオス斧が握られている。
アナーキーで救いようのないその姿に、僕の思考は吹っ飛ばされた。
恥も外聞もなく首を振りたくり、ガタガタと椅子を倒そうと暴れる。
そこへ例のカンストナイトがやってきて、「なぁ、相手の女は誰だ?」と囁く。
「んー! んー!!」
「強情だな」
違う、そうじゃない。
猿轡を取ってくれ!
「あ」
カンストナイトは本当に失念していたらしく、「うっかりしてた。これじゃ返事もできないな」僕の猿轡を取り始める。
僕は口が自由になるなり、叫んだ。
「うっかりで済ませられないミスだぞ!」
「・・・」
三次羽は無言でまた僕に猿轡をしようとする。
「ごめんっ、ウソ! きみは悪くないっ、愛してる!!」
早口で泣きを入れる。
誰だって詫びを入れるだろう。
だが、三次羽は少し戸惑った後、
「なるほど」
「?」
「そうやって女を口説くのか、お前は」
「違う、誤解だ。愛してるって言ったのは何ていうか・・・そう、パニックになって口走っただけだ」
「・・・なら、愛してると言ったのはウソか」
は?
「もちろんだ」
「不愉快だな」
なんでっ!?
「待った! 待ってくれ、僕は混乱してる」
正直に言う。
「だから整理させてくれ・・・つまり、浮気を疑った僕の妻に雇われて、きみは僕を拉致監禁した。ここまではいいか?」
「付け加えるなら、これから“こいつ”と一緒に拷問しようとしてる」
「それはひとまず置いておこう」
「あと、依頼主が誰か明言したおぼえはない」
「いいんだ、それはもう判ってる。実のところ、これが初めてじゃないんだ」
僕の妻であるところの有紀は嫉妬深い。
それもかなり常軌を逸したほどに。
あれは去年の二月だったか。
バレンタインなんてやらなくてもいいイベントをMUに持ち込んだ運営チームのおかげで、僕はやっぱり浮気を疑われ、やっぱり拉致監禁され、やっぱり拷問された。
僕の無実が証明されたのは腕を一本折られてからだった。
有紀は何事もなかったように日常に戻り、完治するまで僕を甲斐甲斐しく看病してくれたが、謝罪の言葉はなかった。
曰く、「だって絶対あやしいと思ったのよ」。
彼女は裏社会とでも言うべき連中にコネがあるらしく、彼らを雇い、僕を襲わせ、いもしない恋敵を抹殺しようとした。
だから、剣呑な三次羽に遭遇した時、思ったのだ。
またアレだろうか、と。
異常な嫉妬深さを除けば、有紀は僕の好みにぴったりだった。
外見だって申し分ない。
というか、それ以上。
有紀のほうも僕を愛してくれている。
あ・・・それが問題なのか。
悩み始めた僕に向かって、三次羽のほうが
「本当に浮気してないのか」
「もちろんだ」
「ウソだったらどうなるか分かってるな?」
本当でもどうなるか分かってるよ。
「大丈夫、信じてくれ」
いける、か?
「そうか・・・だが、残念だな」
「残念?」
なんで。
「もし仮に万が一、お前が本当に浮気していなかったとしよう」
「仮でも万が一でもなく本当に無実なんだ」
「だがな、それに意味は無いんだ」
「は?」
「考えてもみろ。あの女が納得すると思うか? 本当かどうかは関係ないんだよ」
「そんな・・・」
ひどい。
あんまりじゃないか。
僕に質問しておいて、答えろと言っておいて、それなのに答えは関係ない?
本当かどうか関係ないだって?
黙り込んでしまった僕から視線を外し、三次羽は例のアナーキーな拷問士にあごをしゃくる。
「腱は切るなよ。骨は折っても治るから遠慮しなくていい」
そこで僕のほうを見て、「人道的だろう?」と言った。
そのとき、僕は自分が何を叫んだのか憶えていない。
ただ、我にかえった僕の目の前に三次羽の仮面があって、声がした。
「なぁ、あたしと逃げないか」
ハスキーヴォイス。
「・・・え?」
カンストナイトが兜を脱ぐと、豊かな銀髪が流れ・・・
「・・・マジ?」
凄い美人だった。
「あたしにしないか? 浮気してもしなくても同じなら、誰としたって同じだろう?」
それは・・・そうかもしれない。
「お前、気に入ったよ。だから・・・望むなら、あたしも女らしくしたっていい。どう?」
嗚呼。
なんてことだ。
身に覚えの無い浮気の疑いをかけられ、拉致監禁され、その黒幕は妻で、さらに拷問されかけ、最後は凄い美人から口説かれてる。
僕は沈黙し、考え、そして口を開いた。
「やめとくよ」
美女の顔から表情が消え、彼女は兜を被ってから「そうか」とだけ答えた。
そして、アナーキーな拷問士を残して部屋を出て行く。
どうやら、僕も覚悟を決めるしかなさそうだった。
そう思うと不思議に落ち着いて、ふとさっきの「そうか」の声は震えていたな、と思った。
笑いを堪えたようにも、泣いていたようにも思えた。
どちらかは分からない。
そして、僕は眼を閉じた。
さぁ、好きにしてくれ。

その後、目を開けた僕の前にいたのは有紀だった。
ちょっと言いにくそうに「ごめんね」と言う。
拗ねたように「今度は絶対にあやしいって思ったの」とも言った。
束縛から解放され、小屋から出る時にふと思い出して、
「あのアナーキーな拷問士は知り合い?」
と聞いてみた。
「知らない」
と彼女の答えは短く、「あ、もし話がしたいなら早く行ったほうがいいかも。小屋の裏に転がしたけど、あたし手加減しなかったから」などと、さも何でもないことのように続けた。
「・・・きみが雇ったんじゃないのか?」
「もういいって言ったのに、拷問するってきかなかったのよ。苛々したから、やっちゃった」
やっちゃった。
その言葉で片付けられることなのだろうか。
僕の記憶が確かなら、有紀は一応EEのはずなんだけれど。
彼女は僕の(ひょっとしたら折られていたかもしれない)腕を抱え、歩き出した。
柔らかなふくらみがおしつけられる、心地よい感触。
「ねぇ、お城見にいこ」
「今から?」
「うん。どう?」
どう?
その言葉で、僕の頭の中が回転を始めた。
今、彼女はそう言った。
どう?
さっき、“彼女”もそう言った。
そして思い出す。
“骨は折っても治る・・・人道的だろう?”
どこかで聞いた言い回し。
“他の女に手を出したら、あなたの目を見ながら腕の骨を折るから。
でも骨折って治るのよ、人道的よね。”
僕はこんな言い回しをする女性を他に知らない。
いや、そういえば井坂幸太郎の小説にあったような気がするな・・・だとしたら僕が知らないだけで、こんな言い回しをする人間は結構いるのかもしれない。
そうだろうか?
本当に?
分からない・・・もし彼女が“彼女”だったとしたら?
そしてふと、“彼女”が震えた声で「そうか」と言ったとき、笑っていたのか泣いていたのかが僕は気になった。
でも結局はどうでもいいことな気がして、城戦見学に誘う彼女に「うん、いいね」と僕は答える。
ねぇ、さっきのカンストナイトはきみじゃないよね?
そう聞いたところで、彼女の答えがどちらでも本当のことは分からない。
なら、無駄ってものじゃないか?
省エネを掲げる僕は無駄を好まない。
そんなことがあって、攻城戦があって、それを城壁の上から二人で眺めていたら、僕は有紀に言われたのだった。
「あたしたち、別れよう」

「なんで?」
「ん?」
「いや・・・僕たちが別れる理由」
有紀は「あぁ」とやっと得心がいった様子で、やっぱり僕と指をからめあったままで、
「最近ね、人形劇三国志にハマってるのよ」
「・・・NHKでやってた?」
「かな? ネット動画だから分かんないけど」
「シンシンロンロン?」
「あー、そう、それっ」
なるほど、分かった。
いや、人形劇三国志は分かったが、別れる理由はまだ全然分からない。
「あのソウソウ見て思ったのよね。あの狭量で俺様基準な暴君っぽいとこが、あぁ王様だなぁって」
「あれでは曹操はそんな感じだったっけ」
「うんうん。それで気づいちゃったのね、あたしさ」
「うん」
「テンカをとりたいって」
「・・・」
神様、僕の妻はおつむの弱い子ですか?
いや待て。
曹操がソウソウだったし、テンカは僕の知らない何かかもしれない。
「テンカって、天下?」
彼女は僕に馬鹿を見るような目を向け、「他に何があるの?」。
神様、やっぱり僕の妻はおつむの弱い子ですか?
「そ、そう・・・」
何て答えればいいのか分からなかったが、ふと気づいた。
「それって、僕と別れなきゃ出来ないことかな?」
僕としては当然の疑問だった。
だが、有紀は「あったりまえじゃない!」と一蹴する。
「忍みたいな怠け者と結婚してる人間にテンカがとれると思う!?」
い、いや、それは・・・
「ど、どうだろう・・・?」
だが、有紀は腕組みをして「とれないね」と自信たっぷりに断言する。
「ゼッタイとれない」
「・・・」
「無理。無茶。ありえない」
そこまで・・・。
正直、傷ついた・・・のかどうか自分でも分からなかったが、なんだかヘコんだ。
僕の人間性が悪いとか、カラダの相性が悪いとか、性格が合わないとか、愛想が尽きたとか。
そういうのなら、フラれても仕方がないかなと思ってた。
でも・・・よりによって、天下を獲りたいから別れよう?
そんな。
「あんまりだ」
僕の呟きをどう取ったのか、
「大丈夫よ。ほら、忍って名前だもの。きっと忍耐で乗り切れるって」
・・・名前で人生選択されるのは不本意なんだけど。
「あ。でも浮気はしちゃダメよ」
「は?」
僕の反応を見、有紀の表情がみるみる険しくなった。
「ちょっと・・・なに、浮気するチャンスだと思ったの? そうなのね? あ、もう誰かいるんでしょう!」
まずい、また彼女の理性が外れかかってる。
「誰っ? なんて女!?」と僕の首を絞めるために生まれたような指を近づけてくる彼女に、僕は「ありえない。僕はきみを忘れられない」と慌てて言った。
実際、忘れる事はないだろう。
どんな未来を歩んでも。
少しずつ呼吸が整い、平静に戻る彼女を観察する。
わずかでも不穏な兆候があれば、可及的速やかにフォローと言い訳をしなければならない。
「違うんだ。ほら、別れるっていうから・・・他人に戻りたいってことなのかなって。いや、他に誰かととかそういうんじゃなくて!」
どきどきしながら有紀を見たが、彼女はあっさりと「そんなわけないじゃない」と言う。
「あたしは忍が大好きだし、忍もそうでしょう?」
「もちろん」
こくこく。
「だからあれなのよ」
どれ?
「ギソウリコン」
偽装離婚・・・
「あ、もちろん籍は抜くわけだけど」
ため息をつきながら僕は言った。
「有紀・・・それは偽装じゃない。ただの離婚だ」

彼女は言った。
「見てて、忍」
さびしくないよ、と彼女は言う。
でも、僕はきっとさびしいと思った。
楽しくて仕方がないという表情で闘志をみなぎらせながら、有紀は旅立ちの最後にこう告げた。
まっすぐに僕を見ながら。
「あたしは、この世界のどこかにいるんだから」



〜1〜


有紀は僕の前から去った。
でも、彼女の消息は絶えず僕の耳に入ってきた。
ヒドラ部屋で省エネを嗜んでいる僕の前に走りこんでくる小さな人影。
それはまだ幼さの残るエルフの少年で、僕を見るなり叫ぶ。
「今夜も大都会ロレンシアのスタジオからお送りする、夜空にユ〜キッス!!」
どんなラジオ番組だ、それは。
よく言えば天真爛漫、僕の評価はちょっとアホが入ってるなというノリの少年から
「有紀さんの速報をお伝えします!」
という感じで、有紀の消息は僕の耳に入ってくるのだった。
一回につき祝1だかで雇われているらしい。
「友達がいなくて寂しい青年、青山忍さんの元から姿を消した有紀さんですが・・・」
「言葉を選べ」
思わず半眼でツッコむ僕。
というか、そこは要らないんじゃないか?
だが、僕の抗議はよほど遺憾なものだったらしく、少年は眉をひそめながら
「友達、いないでしょ? ヒドラ部屋のひきこもりなのに」
なんて失礼なガキだ。
「いる。・・・ほら、そこだ」
「?」
「見えてるじゃないか。昆布くんとワカメくんだ」
「・・・」
「今日も楽しそうに踊ってるな」と続けた僕を、不本意な事にまるで可哀想な生き物を見るような目で「・・・強く生きてくださいね」と励まされてしまった。
くそぅ。
指摘されなければ気にならなかったのに。
冷静になってみると、確かに僕はちょっと寂しいかもしれないじゃないか・・・
「彼女は寂しくないのかな」と呟いてしまったのは青山忍、一生の不覚だったといえよう。
自分で思ったより、僕は有紀のことを気にしているらしい。
少年はちょっと驚いた顔をしてから、ひどくあたたかい微笑を浮かべ、「青山さん!」それから元気よく言った。
「言うじゃないですか、“人間いたる所に青山あり”」
「・・・少年」
「はい」
「読みが違う」
「はい?」
「“人間”は“ニンゲン”じゃなく“ジンカン”だよ」
「へ? そうなの?」
タメ口か、こら。
「“青山”も“アオヤマ”じゃなくて“セイザン”」
もちろん、僕の名前の青山は“アオヤマ”だ。
「もう興ざめだよ・・・せっかく良いこと言ったのに」
そのKYを見るような目は遺憾だぞ、少年よ。
「この際だから意味も覚えておきなさい。ジンカンってのは人の世、セイザンってのは骨を埋める墓場みたいなもんだ」
「つまり?」
「だからね、人生、骨を埋める場所なんてどこにでもあるんだから、一つのとこにしがみついて生きることはないんだぜって感じかな」
「へぇ、良い言葉だねぇ」
「そうかい?」
「うん。どっかのヒドラ部屋ひきこもりに聞かせたい」
「・・・」
無駄に出歩くのが面倒なだけで、べつにひきこもりなつもりはないんだけど・・・。
「さて、そんなセイザンシノブさんにメッセージ!」
「アオヤマだ」
「いいから」
それはきみが決めることじゃないだろう。
「“忍、今日も元気を節約してひきこもってる? あたしはCCギルドに入りました。ギルマスになってギルドを乗っ取って、ここを拠点に城主連合に攻め入ろうと思います”」
・・・。
「以上! 夜空にユーキッス!! でしたぁ〜」
だからどんなラジオ番組だよ、それは。
とツッコミたくても、僕の視界に少年は既にいない。
放送(?)が終わるとどこかに飛んでいってしまう。
まぁ、そのうちまた有紀の続報をもってやってくるだろう。
しかし、有紀はCCギルドに入ったのか・・・元気でやっているようだ。
後半部分は元気すぎる気がするけれど。

そして、僕は有紀を想う・・・

「うちのギルドにも慣れたか?」
と声をかけてきたのはCCギルド“混沌城の主”のギルマス、リッキー。
見た目はちょっと・・・かなり、竹内力に似ている。
その獰猛な笑みは、手に持った瑞々しいリンゴ+1さえ猛毒入りと思わせるだろう。
ドロップした武器防具を売る姿は、さながらまるで闇取引のようである。
何の変哲もないゴミアイテムを危険なブツにみせうる男、リッキー。
CC内ではSD無視のWダメコンボで相手を瞬殺する獣だが、明るい街中でさえ危険そうな男だ。
「慣れたもなにも・・・基本、みんなCCしかいないじゃない」
物怖じしない返事をしているのはもちろん有紀。
再生の果実でも大喰いしたのか、虹色の巨大な弓を背負っている。
リッキーのほうも気を悪くした風もなく、むしろ機嫌よく「違いない!」と呵呵大笑している。
「えぇ、俺けっこういるよ?」
と不満そうに口を挟むのはショウ。
髪を逆立てた魔剣士で、顔は・・・相川翔に似ている。
この場にはいないが、“一世風靡なセピア色”なるコンビ名で組んでCCを荒らすギバヤンとアゴキチなどもギルメンだ。
他にも梅宮辰夫に似たクミチョウなど、妙に外見が偏った芸能人に似ているのが多い。
「ねぇ。この一週間で思ったんだけど」
「あぁ」
「基本的に、このギルドって各自CCに行く以外に特に何もないわけじゃない?」
「まぁ、そうだな」
リッキーは腕組みをして、いつもの獰猛な顔で「・・・CCギルドだからな」と言う。
「じゃあさ」
有紀はあっさりと「誰がギルマスになっても同じよね?」などと言う。
そのあまりと言えばあまりな爆弾発言に、驚愕の表情で思わず武器を取り落としたアフロの男はDLのタンテイである。
彼はとぼけた表情でいることが多いが、何かアクションを取る際はやけにオーバーな傾向がある。
だが、抗議なり文句なりが他から出る前に、当のリッキーが「一理ある」と肩をすくめてみせた。
見かけ倒しでなく、なかなか度量のある様子がうかがえる。
「じゃあさ、あたしにちょうだい」
空気が凍った。
踏み込みすぎた。
誰もがそう思っただろう。
「・・・嬢ちゃん、何言ってるのか分かってるのかい」
今の竹内力・・・いや、リッキーは視線で人を殺せる。
ちょっと気の弱い自動販売機なら「ポカリ」と囁いた瞬間にジュースの缶を吐き出すだろう。
KONISHIKIなら泣く。
だが、有紀は怯まなかった。
まったく怯まなかった。
思いっきりガンを飛ばすリッキーに、思いっきり顔を寄せて「あたし、欲しいのよ」と言う。
近い。
そういえば、有紀は元々、人よりパーソナルスペースがひどく小さい。
一瞬、その距離にたじろぎかけたリッキーだが、面子がかかっているのでその距離のままで続ける。
「そんなにギルマスって看板が欲しいのかい」
だが、有紀はあっさりと「違うわよ。あたしは・・・」
「あなたたちが欲しいの」
「・・・」
この距離で、この俺に言いやがるか、この小娘は。
不覚にも額にわずかな汗をにじませながら、「飢えてんのかい、嬢ちゃん」と挑発するリッキー。
吊り上げた口の端はわずかに引きつっているようにも見える。
「そう、飢えてるの。欲しいのよ」
「何が」
ここで有紀はふんぞり返り、誇らしげに宣言してみせる。
「テンカよ!!」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
男たちは硬直し、お互いに顔を見合った後、一斉に大爆笑する。
だが、有紀は怯まなかった。
まったく怯まなかった。
「これまでは」有紀が言う。
「みんなに笑われてきたわ。あなたたちも含めて」
「そりゃそうだろうよ!」
ニヤニヤと嘲笑う男たち。
「でも平気。これが最後だもの」
「・・・あ?」
「あたしは今日、歩き出す。ここから先は“それ”を笑わない人間だけが進める領域よ」
誰の表情からも笑みが消える。
あるいはこわばり、かたまった。
・・・なんなんだ、この女は。
馬鹿か、とは思わなかった。
何の根拠もない威厳、何の後ろ盾もない覇気、何のためらいもない愚かさ、おそろしいほどに身の程知らずな。
そんな小娘が威圧する。
混沌の城を陥とす男たちを。
夢見る愚者が血塗れの猛者をふるわせる。
そのふるえはなにゆえに。
「混沌の城じゃねぇ・・・ロレン峡谷の城を攻城戦で攻め陥とす。そう言ってるのか? まさか」
「“まさか”、その部分は聞かなかったことにしてあげる」と有紀は不敵に笑う。
しばらくの沈黙の後、ショウが
「な、なぁ。城特化のDLとかを持ってるわけだろ? そいつを見せてくれないか?」
ならよ、考えてもいいぜ?
意外に人懐っこいところのある彼は、意外に気の小さいところがある。
だが、決して臆病ではない。
持っている勇気を、あるいは思い切りを出すために少し、背中を押すほんの少しが必要なだけ。
それがあれば、彼は若き獅子と化す。
実際、彼がこういうとき、既に内心では心が動いているのだ。
その彼が欲した最後の一押し、それを求められた有紀は、だがしかしあっさりと言った。
「ないわよ」
「へ?」
「ないってば。そんなの」
途方にくれたようなショウは、少しかわいい。
「あ、た、し。あたしがテンカをとるの」
今度の沈黙は、さきほどのそれとは少し違うものだった。
だが、まだ“少し”だ。
そこに踏みとどまりなさい、あなたたち。
有紀はそう願う・・・命じるが如く。
この場面で口を開いたのはクミチョウだった。
マイ包丁を持ち歩き、深海で素材を狩っては調理する。
呪縛のエンブレム中なので、完全に趣味の領域である。
「エルフの盟主で城を獲る」
クミチョウは重々しく「そいつは・・・フツーじゃあ、ないなあ」。
「あら」
有紀はあえて軽蔑したような口調で言う。「あなたたち、フツーがいいの?」
あっさりと、
「じゃあ要らないわ」
さっさとギルド脱退してしまう。
「お、おいっ」
あまりな素っ気無さに、慌てたようにリッキー。
「ん? なに?」
早くも背中を向けかけていた有紀が、さも不思議そうに言う。
「あたし、ヒマじゃないのよ。魂が充実してるから」
「な・・・」
何をさらっと言いやがるか、この小娘が。
彼は瞬時に沸騰した。
リッキーは怒りに狂う。
いや違う。
嫉妬に狂う。
今、なんて言いやがった。
俺たちが気づかず、それでいて最も渇望してやまないモノをさらりと・・・この小娘。
怒りか、嫉妬か、渇望か。
いずれでもいい、どうでもいい。
「なぁ、みんな」
見回す。
「こんなナンパされたことあるやつぁいるか」
獰猛な王が言う。
「俺は、ない」
苛立たしげに、だが口調とは裏腹にひどく嬉しげに唇をゆがませ、「ねぇよ」と吐き捨てる。
そして、彼は緋色の王衣を脱ぎ捨て、王冠を自らの手で砕く。
解体されたギルド。
いまや、この場の誰一人としてギルドに所属していない。
孤狼の群れであり、獅子の巣であり、いまだ英雄ならざる彼ら。
その視線の先にいる者こそが英雄・・・我らの王。
「俺はギルマスじゃねぇしよ、誰にも強制はしねえ」
だからよ、と目の前の女に言う。
「あんたが自分で口説き落としな」
古き王は獰猛さはそのままに、新しき王に「俺が保障するぜ。よりどりみどり、英雄の卵どもさ」と。

「なぁ」
誕生したばかりのギルドのバトルマスターが呼びかける。
その先にいるギルドマスターは「なに?」と答え、彼を見た。
「あんた、海賊に向いてるんじゃねぇか?」
女は微笑し、言うのだ。「あら素敵」
「海賊王になりたいわね」

僕はそんなことを想う。


「今日も今日とてひきこもり。そんなあなたに送る、夜空にユーキッス!!」
もはや僕はひきこもりとして確定されたらしい。
ひどく不本意だが、不毛な抗議で体力を使うのも馬鹿らしい。
無駄は避けよう、それが省エネ。
なんと言われようとゴーイングマイウェイだ。
「セイザンシノブさんにメッセージ!」
・・・アオヤマだと訂正したくて仕方がない。
くそぅ、この内心の葛藤さえ無駄な浪費だ。
「“忍、今日もほどほどに息災?”」
うん、ほどほどにね。
と思っていたら、僕は次の言葉に耳を疑った。
「“あたしは遭難しました”」
はい?
「“遭難。失踪。幸恵不明”」
幸恵不明・・・行方不明の誤爆だろう。
誰なんですか、幸恵さん。
この少年も誤爆まで忠実に伝言しなくても・・・いや、こいつが誤爆ったのかもしれない。
そんなことを思ったが、少年は平然とメッセージを続ける。
自分に後ろめたい事がないためか、面の皮が厚いのかは分からない。
「“極寒の大海原に消えたあたしの運命やいかに!!”」
「・・・余裕あるな、有紀」
しかし、遭難とは穏やかではない。
嵐に遭遇したとかなら一大事じゃないか。
・・・単に迷子になってるだけとかならいいけど。
この大陸で海といえば主に二つ、アトランスとラクリオンだろう。
アトランスに嵐が来たという話は聞かないけれど・・・ん、待てよ。ラクリオン?
まさか。
あんな危険な場所に・・・いくら有紀でもさすがにそれは。
いや、有紀だからこそあるのか?

そして、僕は有紀を想う・・・。

「なぁにぃ、クジラに喰われただぁっ!?」
思わず立ち上がって吼えるリッキーに、ギバヤンが説明する。
「最初はラクリオンで遭難したって話だったんですが、あとで目撃者の証言が出て・・・」
目撃者は氷巨人を狩っていたカンストPTだったらしい。
氷巨人は絶妙な間合いを調節すると、OIのような特殊攻撃をスカらせることができるので、魔法職には良い獲物なのだ。
しかも、その状態ではタゲもほぼ移らないため、EEも安心である。
それはともかく、そのカンストPTの目撃情報によると、最初に彼女に気づいたのはEEだったという。
サポの合間、氷巨人に一方的に輝く隕石を降らせる仲間から目を外し、ふと氷原の向こうを見てみたら。
そこに一人のエルフがいた。
たった一人で、三次羽ではなくて、あろうことか長槍パルチザンを旗の如く氷の大地に突き立てていたという。
曰く、「まるで南極点に到達した探検隊のように誇らしげに見えたわ」だそうだ。
そして、そのエルフは彼女の視線に気づくとピースサインをした。
そのときである。
氷の大地が割れ、頭頂部に鎧をまとった巨大クジラがエルフに襲いかかったのは。
クジラに飲み込まれるその瞬間まで、そのエルフは仁王立ちにピースサインだったという。
そして、巨大クジラは海中に消えた。
エルフと共に。
「あ〜・・・」
驚愕のあまり硬直しているリッキーに、申し訳なさそうに声をかける体力DL。
「なんかお取り込み中みたいなんで、俺ら出直しましょうか」
そういえば、今は会議の真っ最中であった。
新進気鋭ギルドとの連合締結会議。
そんな日に。
リッキーは止めたのだ。
危険極まりないラクリオンに、よりにもよって今日行くことはないだろうと。
だが、彼女は「今日じゃなきゃダメなのよ」と言い、断固として譲らなかった。
挙句に護衛すら要らないと言い出し、リッキーは「なら好きにしろ!」と怒鳴りつけたのである。
どうせ、今日の連合締結会議は形だけのもので、実際はもう本決まりだ。
最悪この女が間に合わなくても、自分ら幹部が出席すればこなせる・・・はずだった。
嗚呼、それなのに。
クジラに喰われただと?
「あ、あの女だきゃあ・・・」
予想の左斜め上30度を行きやがる。
退席しようとする新しいギルメン、いや連合傘下のギルドマスターに
「いや、待ってくれ。あんたらにも関係ある話だ」
「ふむ?」
眉をひそめ、また席につく。
だが、すぐに立ち上がる事になった。
「俺らの連合マスターを救出しにラクリオンに行く」
「!!」
大事である。
しかもラクリオン・・・あの、雑魚ですらエロヒム級の破壊力を有し、数々の特殊副次効果を持つ魔物どもが棲む大地。
さすがに血相を変え、新参ギルドマスターの体力DLが尋ねる。
「相手はまさかセルパンじゃないでしょうね?」
もしそうだとしたら、連合の総力を挙げても・・・。
だが、苦虫を噛み潰したようなリッキーの答えはこうだった。
「いや、相手は巨大クジラだ」
「・・・・・・は?」
クジラ?
さっき聞こえてきたクジラに喰われたってのは・・・まさか、連合マスター?
たっぷり30秒は沈黙した後、彼はギルメン全員の思いを代弁して言った。
「まさか」

そんなまさかな連合マスター救出への道のりは壮絶なものとなった。
リッキーたちは元々CCギルドである。
CC2はもちろん、CC5程度ではラクリオンの圧倒的な猛威はあまりにも厳しすぎた。
CCが限られた戦場であるという禁句は、この救出劇の前には聖域足り得ない。
それを思い知らされる。
最上の、理想に限りなく近い連携をもってしなければ、進むことはおろか、生き抜くことも出来ない。
個人でどうこうできないという、CCギルドであった頃になかった試練。
彼らは命を懸け、学ぶ。
仲間というまとまりと、その戦い方を。
自分だけでなく、皆で生き抜く術を。
新しく加わったばかりのメンバーさえ、かけがえのない命綱であり、仲間だった。
そして・・・
最深部、そこにはクジラに飲み込まれたはずの連合マスターの姿。
たどり着いた時には誰一人口も利けないほど疲労していたが、彼女の言葉から出たのは自己紹介だった。
曰く、「あたしがあなたたちの盟主よ」と。
謝罪ではない、労いでもない、宣言。
それは、極限まで疲労して剥き出しになった彼らの魂に刻み付けられる。
拒絶する気力もない、疑問をおぼえる余地もない。
今の彼らはただ、受け入れた。
目の前にいる女が、我らが盟主である・・・と。
やがて、地面に座り込んでリッキーがぼやいた。
「あのなぁ・・・俺らが助けにこなかったら」
と、その途中で彼女が口を挟む。
「うん、死んでたかも」
あっさりと、助からなかったかもと言う。
その当たり前の口調で、当たり前のことを言われ、リッキーは「・・・ほんとだぜ」と返すのが精一杯だった。
そこで初めて、彼女は礼を言う。
みなに言う。
疲労困憊した皆には出来ない、輝くような笑顔で礼を言う。
特別な言葉が、特別な衣にくるまれて贈られ、みなに染み入った。
有紀は思う。
あと2〜3回、同じことをやれば彼らは学ぶだろう。
身体に、心に、無意識な奥底に、彼女のために命を懸けるということを、呼吸するように当然のこととするだろう。
刷り込まれるだろう。
彼らは知らなくて良い、己の魂が造られていく様を。
ただ、己が何者になったかさえ知っていれば。
それこそが彼女にとって必要なのだ。
でなければ、自分では届かない。
彼女は自分を知っている。
彼らが必要なのだ。
そしてまた、この過酷な過程で彼らは一つになる。
折れる一歩手前まで鍛えられ、それを繰り返された彼らは、やがて獰猛な漆黒の塊となるだろう。
一つの意思を持った群れと化す。
その獣はひどく獰猛で、忠実で・・・いつか必ず、彼女の望みを叶えるだろう。
ついてきなさい。
あたしのかわいいあなたたち。

僕はそんなことを想う。


「ねー、ねー、セイザン!」
「なんだ?」
僕の返事に意外な顔をする少年。
「今、セイザンって呼んだんだけど」
僕、青山忍・・・アオヤマシノブは肩をすくめてみせた。
「・・・認めた?」
「認めたんじゃない。諦めたんだ」
僕は無駄を省く。
省エネのためになら、改名の辱めをも受けようじゃないか。
エルフの少年は少し残念そうに「ちぇっ」などと言う。
ふははは。
スルーこそが最も無駄のない、それでいて最良の対処法なのだよ。
気分が良くなった僕は「で、今日の伝言は?」と聞いた。
そこで少年は自分の仕事を思い出したのか、一気にテンションを上げる。
「さっきの言葉が今日の第一声? そんな友達のいないあなたに送る、夜空にユ〜キッス!!」
・・・そういえば、さっきまで今日はまだ誰とも言葉を交わしていなかったかもしれない。
なんだかちょっと寂しくなった僕に、「“はいはい、落ち込まない!”」と少年。
「誰のせいだ」
と僕は苦情を言ったが、「あ、今のはもう伝言だから」と言われてしまった。
くそぅ、有紀おそるべし。
「“そんな落ち込んだ忍に明るいニュース! ねぇ、喜んで。あたしカンストしました♪”」
おぉ、凄い。
有紀が旅立ってから結構な月日が流れたが、まさかもうカンストとは思わなかった。
よっぽどクエストに通いつめたのだろう。
ヒドラ部屋にひきこもりな僕には無理なペースだ。
「“でね、三次羽ももう買っちゃった♪ どう? 元気になった?”」
「・・・僕の羽じゃないからなぁ」
苦笑する。
祝う気持ちはあるけれど、喜んで元気にといわれると、それはちょっとと思わざるをえない。
でもまぁ、やっぱり嬉しいかな。
「おめでとう」
と、この世界のどこかにいる有紀に向かって言ってみる。
「えへへ」
少年、なぜ照れる。
「・・・きみに言ったんじゃない」

そして、僕は有紀を想う・・・

「みんな見て見て! これ買っちゃった♪」
嬉しげに、楽しそうにターンなどしてみせる彼女。
背中には買ったばかりの三次羽。
そんな連合マスターの姿は新鮮で、皆は和む気持ちに満たされ、微笑ましく思わずにはいられない。
「あ、そういえば。幸運つきで13羽にするか、幸運なしで9止めの生命回復OPにするか、どっちにしたんです?」
体力DLのユーポス、新参ギルマスだった彼も今ではすっかり幹部として馴染んでいる。
「生命回復♪ ちょっと考えもあるのよぉ、んっふっふー」
うきうきした様子の彼女は、なんとも可愛らしかった。
そこでふと「そういや、そんなもん買うほど石持ってたのか?」とリッキーは思いついたことを口に出した。
三次羽の特殊OPつきはまだまだ高い。
だが、彼女は手を軽く振って「あぁ、それなら大丈夫、大丈夫」
そして続ける。
「ギルド貯金で足りたから♪」
あぁ、なるほど。
そう納得しかけ、一同の心が一つになった。
「聞いてないぞっ!?」

僕はそんなことを想う。


「今日も孤独? 必要なのはあたしだけ。夜空にユ〜キッス!!」
「“(有)株式会社A&G連合のギルド一つと一回の攻城戦限定で連合を組みました!”」
「“知ってる? あのエルフだけの派遣会社みたいな連合よ”」
「“綺麗なエルフや可愛いエルフがよりどりみどり、羨ましいでしょう!”」
「“でも紹介してあげないからね”」
「“ずっと孤独でいてね。大好きよ、あたしの忍”」


「長かった道のり、いよいよ佳境に! 風雲ロレン城を眼前に、夜空にユ〜キッス!!」
「“攻城戦に登録、参戦が決まったわ”」
「“ほんと、夢みたい”」
「“でも夢じゃない”」
「“夢で終わらせたりしないわ”」
「“聞いてる? 忍。あたし、すっごく興奮してる”」
「“なのに忍の顔が見たい”」
「“ごめんね。忘れて。ありがとう”」


「たった一度でいい、それだけで決まる! とうとう始まった攻城戦から、夜空にユ〜キッス!!」
「“そろそろ前哨戦も終わり、本攻めが近づいてるの”」
「“あたしたちはここまで特に活躍しなかった”」
「“予定通りよ”」
「“あたしたちの連合にとっての鍵は、攻め側にいる間の刻印”」
「“やぱりハンデよね、エルフが盟主って。それは否定なんてしようがない事実だわ”」
「“防衛側になってしまえば、あとは皆がやってくれる”」
「“そうなったら、大丈夫。ハンデなしで負けるはずがないって信じてる”」
「“ハンデであるあたしが、刻印できるかで決まるのよ”」
「“忍、きっとこれが最後のメッセージになるわ。次にはもう結果が出てる”」
「“あたし、感じるわ”」
「“この世界のどこかに、あなたがいる”」


そして、僕は有紀を想う・・・


「はぁ? 俺に話・・・?」
城主連合の主力バトルマスターが怪訝そうな顔で答える。
「あぁ。ほれ、今回の城はイロモノが出てるだろうが? あの女だ」
嘲笑の色を隠さない口調で城主が言う。
それも無理はない。
初のエルフ盟主連合の参戦というニュースが世界を駆け巡ったが、ここまでのところ見るべき活躍は全くない。
防衛側としては、攻め側連合の一つが弱小で逆に困っているくらいだ。
攻め側同士で手柄を取り合って、足を引っ張り合ってくれたほうが助かるのだが。
その競争に出てこれないほどに取るに足らない連合だったらしい。
しょせんはイロモノか。
「で、俺をご指名ですか」
ふぅむ、と考え込み、「気が進みませんな。話すことなど何もない」
各攻め手連合が全力で仕掛けてくる頃合にはまだいくらかあるが。
「まあ無理にとは言わんがな。なんなら脅しつけてやったらどうだ? 泣いて逃げ帰るかもしれんぞ」
品のない爆笑。
バトルマスターは思う。
この男は地位も資産もあるが、品格が足りない。
そんな内心がそこかしこに滲み出てしまうのか、城主のほうでも彼のことをあまり良く思ってはいないらしいことも知っている。
戦のときだけ、おだてて使おうとする。
そのやりかたすらもバトルマスターには嫌悪を感じさせるが、彼にとって目の前の男は目的のための手段でしかないと割り切っている。
それも極めて有用な手段だ。
なんだかんだ言ったところで城主の常連だし、その分、戦場に出る回数が多い。
バトルマスターにとって、戦いこそが生き甲斐であり、戦場こそが墓標であった。
まぁいいか。
と思った。
エルフの盟主など宣伝目的のくだらぬ参戦者でしかなかろうが、話をするくらいなら構うまい。
何より・・・この男と同席する時間より不愉快なことはないだろう。

「ただいま戻りましたよ」
なんとも腑に落ちない様子でバトルマスターが玉座の間に帰ってくる。
「やっと来たか! やけに話し込んでいたじゃないか。何を話してた?」
普段なら、あまりその顔を近づけるなと不快に思っただろう。
だが、今のバトルマスターは当惑するばかりで、そんなことを感じる余裕がないようだった。
「何って・・・べつに」
肩をすくめて見せる。
彼は軽く笑ったが、逆に城主の顔がしかめられる。
「べつにってことはないだろう。えらく長々とかかってたじゃないか。何を話してたんだ?」
「何をって・・・ほんとにつまらんことですよ。天気とか、俺にだってわけが分からない」
うるさいな、と思った内心が態度に出ていたのだろう。
ますます城主の機嫌は悪くなっていく。
「馬鹿を言え。そんなわけがないだろうが・・・俺には言えんようなことか。あ?」
「だから言ったでしょうが! 天気やら下らん雑談だけですよ」
苛立つバトルマスターに向かって、こちらは立ち上がって城主が激昂する。
「ふざけるな! お前らはササで話し込んでたそうじゃないか」
「それはチャットが混じるからと彼女が・・・」
言いかけ、気づく。
「あんた、盗み聞きに人を寄越したのか」
呆れた。
それ以上に不愉快だった。
「・・・」
「・・・」
睨み合う。
最初に口を開いたのは城主だった。
「もういい。持ち場へ戻れ」
言われるまでもないと思った。
「DT内へ敵を通すなよ」
・・・うるさい、下衆が。

「そろそろ行きますか、俺たちも」
漆黒の軍馬の手綱をひきながら、ユーポスが言う。
「あ、ちょっと待って。ちょっと送らなきゃいけないメールがあるのよ」
「メール?」
ちょっと不愉快そうにユーポス。
こんなときにメールとは・・・隠してきた総力を一気に出す本攻めの直前だというのに。
「大切な用件なんですか」
「そうね。さっきのバトマスさんによ」
「さっきの?」
おいおい、あれは城主連合を代表する化け物じみた強さの・・・。
彼女はなにやら書き込んだ後、「これでよし、と」と満足そうに言った。
その微笑みはどこか邪悪なものに思われて、ユーポスは思わず彼女の横顔を見つめてしまう。
視線に気づいたのだろう、彼女が言った。
「恋文よ。中、見たい?」
ユーポスは慌てて首を振った。
とんでもない。

バトルマスターは顔をしかめた。
突然のFL要請。
しかも相手はさっきのわけの分からんエルフ盟主だ。
と、メールまできた。
彼の機嫌は最悪だったが、返って読んでみようと思う気になった。
どんな内容が書かれているか知らんが、俺はこれを破り捨てるだろう。
そんなことを思いながら、手紙を開いた。
「・・・?」
窓化した状態から、記入されたアドレスにアクセス、そこに貼られたSSを見る。
「な・・・っ!!」
彼は正しかった。
手紙を破り捨て、FLチャットで咆哮する。
「貴様っ、どういうことだ!!」

「あらあら、お久しぶり。写真は見た?」
「貴様、どういうつもりだ・・・なんだ、あれは」
「あなたの放置SS・・・」
「ふざけるな、俺は」
「のでっちあげ」
「・・・な、なに?」
「だーかーらー、でっちあげよ。ほら、コラージュ? アイコラみたいなものね」
「・・・偽物と分かったSSが脅しになるとでも思うのか」
「あら、なるわよ」
「なに?」
「あなたは抜きん出たマスタークラスLvで、この世界のトップを走る強さを手にしてる」
「それは俺が時間と金を際限なく注ぎ込んだからだ。だがな、放置だのRMTだのはしていないぞ。俺は・・・」
「“俺は戦うことが生き甲斐で、強さが絶対の価値観。それを揺るがす不安要素すら厭わしく、不正の類は一切やらなかった”」
「・・・そうだ」
「そう、あたしは知ってる。でも、他の人間はどうかしら? あなたはどう見えるかしらね?」
「・・・」
「あなたの友達はどう? いればだけど。そう、たとえばあなたの飼い主、あの城主なんかはどう思うかしら」
「き、貴様・・・」
「真実は関係ない。薄汚れた手段だわ」
「・・・」
「使わない」
「・・・は?」
「もう目的は達したもの。ねぇ、気づいちゃったでしょう? ・・・アドレス、飛んでみて。もう削除しちゃったから」
「・・・」
「あ、SSももうゴミ箱で削除済み。まぁこれは信じてもらうしかないけどね」
「・・・何がしたい、女」
「ねぇ、賭けをしない?」
「賭けだと?」
「これからあたしたちは総攻めをする。ちょっと早いから、他の攻め手連合はまだだと思うわ」
「だろうな」
「つまり、真っ向勝負になる。あたしたちと、あなたたちの」
「・・・で、賭けとは」
「あなた、あたしたちを馬鹿にしているでしょう? 話題性だけでやってきた弱小連合だって」
「ふん、まぁな。違うとでも言いたいのか?」
「今から、あたしの軍があなたの軍を打ち破るわ」
「ありえない。俺がいる限り」
「そう。あたしたちには、あなたは倒せない」
「分かっているじゃないか」
「そう、あたしは分かってるわ。あなたのことを、あなたの力を・・・あの豚盟主よりもね」
「・・・賭けの内容を言え」
「あたしの軍があなたの軍を打ち破る」
「さっきも聞いた。ありえないと言ったはずだ」
「あなた抜きでも?」
「それでもありえない。戦いを舐めるな」
「あたしの軍があなたの軍を打ち破ったら、あなたはこの戦いから降りて」
「戦いこそが俺の生き甲斐だと知った上で言うのか?」
「そうよ、戦いはあなたそのもの。あなた自身を捧げるのにあの男は相応しくないわ」
そして言う。
「さっき、SSの話で気づいたはずよ。そうでしょう? 自分がどう思われているのか」
「・・・俺とて好きであの男に従っているわけではない。単に城主の側にいれば確実に戦場が約束されるからに過ぎん」
「あたしが戦場をあげるわ、必ず」
「・・・」
「次の攻城戦でね」
「・・・・・・本気で城主になれると思っているのか?」
「あたしはあなたのことが分かっているけど、あなたはあたしのことを分かっていないようね」
「・・・」
賭けは成立した。
「待て」と最後にバトルマスターが声をかける。
「あの無意味に見えた立ち話・・・あれは疑念を生じさせる罠だった。そうだな?」
「・・・あなた、三国志って知ってる?」
「いや。それに出てくる策か?」
彼女は笑って言う。
「人形劇三国志、あたしのオススメよ」

「馬鹿な! 攻め手は一つだと言っていたんじゃないのか!?」
城主の怒声が側近に飛ぶ。
「一つです! 俺たちの主力が正面からぶつかって・・・」
背後から聞こえてきた悲鳴に振り向く。
「・・・抜けてきてるんですよ、やつらは!」
城主の怒りは最高潮に達しようとしていた。
なぜだ!
DTの外で戦闘が始まったのは分かった。
轟音が響いてきたからだ。
だが、戦の音としては足りなかった。
何が足りなかったか。
悲鳴だ。
お互いに倒しあう戦で、いつもより圧倒的に悲鳴が少なかった。
静かな進軍。
彼らが、相手を倒すことをまったく考えずに進軍してきたことを城主は知らない。
あたかもラクリオンの強大すぎる魔物を倒すのでなく、駆け抜けて彼女という目的地へ到達したように。
血塗れでいながら、その手にかかった命は数少なく。
それでいて、彼らはDT侵入という目的を達そうとしていた。
今までの攻め手連合にDT進入を最優先とした連合がいなかったわけではない。
むしろ、本攻めは全ての連合がDT進入を最優先とする。
だが。
それはしょせん最優先であり、最も優先ということは、他に優先される行為も行われていることでもある。
彼らは違う。
この攻め手は違う。
ただ一人の例外とてない。
途中で割かれる力が本当にまったく無い。
まるで一つの塊だ。
ただ一つの意思を持って駆け上がり、突き抜ける獰猛な獣。
それはもはや群れではなく・・・
「オーガは! オーガはどうしたっ!?」
連合チャットで絶叫するようにバトルマスターを呼ぶ。
だが、オーガの返事は短かった。
「わりぃ、回線落ちしそうだ」
「・・・な!?」
ふざけるなっ、あらかじめ分かる回線落ちがあるか!!
「DT前防御、決壊っ!」
次々と報告が入る。
「他の攻め手連合、“King of kings”“竹馬騎士団”も進軍を開始しましたっ・・・!!」
「“竹馬騎士団”連合傘下“うにうにらいだ〜”、城下の薬屋を占拠!」
「コマンドスピアー&アーチャー、“King of kings”連合傘下の“Master of monsters”“Knight of Night”によって壊滅を確認」
「“Knight of Night”、さらに城主連合側ライフストーンを破壊!」
「三門前、“Master of monsters”に完全に制圧されました!」
「城主側連合傘下“十常侍”、“竹馬騎士団”連合傘下の“でぃのりゅ〜”と交戦中!」

DT内、城主連合側は圧倒的に劣勢となった。
先刻から幾度もスイッチを押されている。
幾度も刻印登録のシールドが解除されそうになった。
馬鹿な。
そう城主は思う。
歯軋りをする。
オーガ、あの男がいれば。
我が城主連合が誇るバトルマスター。
一騎当千の異名が伊達ではないことを具現する数少ない化け物。
だが、もういない。
回線落ちだと?
ウソだ。
証拠はない。
だが確信している。
ウソに決まっている。
報告が入る。
「刻印防御、解除されました! 刻印に盟主が来ますっ・・・!!」
とうとうか。
来るのか。
あの女が。
取るに足らないネタ連合、いやネタ盟主であったはずのあのエルフが来るというのか。
よりにもよって刻印に。
・・・ふざけるな。
それだけは許せない。
同じく城主常連の“King of kings”連合に奪われるのならいい。
今ひとつ気に食わないが、傭兵が実質的な主力とも言われる“竹馬騎士団”連合に奪われるのも我慢できる。
だが。
エルフの盟主に刻印成功されて城を奪われたとなれば末代までの恥だ。
自分に人望が無いことは分かっている。
勝たなければならないのだ。
強さこそが最大連合の柱。
城主はサブマスターを呼ぶ。
「末堂! 玉座前に来いっ、エルフなどに刻印を許すな!!」

「来るぞっ、玉座を守・・・なにぃっ!?」
玉座前に部隊を配置した城主側サブマスター、末堂は目を疑った。
DT内への防御を完全に崩された今、攻め手連合が押し寄せてくるのは予想していた。
だが。
「な・・・なんだ、これはぁっ!!」
視界がピンクになった。
もちろん錯覚だ。
だが。
(なにが起こった・・・?)
これは何だ。
DTの入り口から流れ込んできたエルフの群れ。
数人などではない。
数十人にも達するであろう、どこを見てもエルフ、エルフ、エルフ。
かの名高きエルフOnly連合“(有)株式会社A&G”から派遣されたエルフたちだった。
「刻印開始されました!!」
部下が叫ぶ。
だが、「ど、どれが盟主だ!?」。
木を隠すには森の中。
エルフ盟主を隠すにはエルフの群れの中。
数人の軍馬に乗ったDLの中から盟主の体力DLを探すことはある。
たかが知れている。
しかし・・・どうだ、この眼前に広がる光景は。
玉座に群がるエルフたちは、うじゃうじゃと砂糖にたかる蟻のようだ。
「惑わされるな! 盟主にサポするエルフから確実に倒せ!!」
サポが欠ければ、体力特化だろうがエンチャント減ALLだろうが、しょせんはエルフである。
瞬く間に倒せる。
この場に数十人のエルフがいようと、盟主とPTしているエルフは最大四人である。
PT外のエルフが直接カーソルでヒールやリフレッシュをあてようと、たかが知れている・・・と、
「なんだとぉっ!?」
エルフの群れが一斉にリフレッシュをかけだした!
SDゲージを回復させる光があひこちで発光する。
ライフを回復させるヒールも混じっているだろう。
全てが盟主へのサポなはずはなかった。
お互いのPTにいるエルフ同士に不要なサポを繰り返しているのだ。
・・・いや、不要でなかった。
一斉にサポアクションを取られては、どれが盟主へのサポを行うエルフかなど見分けられるはずが無い。
木を隠すには森の中。
サポするエルフを隠すには・・・
「う、うぜぇぇぇっ!」
絶叫する末堂。
「た、隊長! どうすれば・・・」
「構わん! 手当たり次第に殺せ!!」
叫び命じる。
「し、しかし・・・」
戸惑う部下。
相手はエルフ、しかも明らかにEEである。
能力的に言えば倒せる。
何の問題もなく。
だが、精神的には・・・。
「ためらうな! このままでは城を陥とされるぞっ」
苛立って叫ぶ。
命じながら、自分は攻撃しない。
EEを攻撃することに抵抗があるのは彼も同じだった。
部下と違うのは、彼は命令することができるという点だけ。
と、女の悲鳴が上がった。
「おぉ、やったか!?」
誰だ。
今の思い切った攻撃をした部下には褒美をやらねば。
最初の一人が出るかどうかが重要なのだ。
一人出れば、後は続く者が・・・
「んあ?」
倒されたエルフの周囲にいたエルフたちの数人が素早く、実に素早く露店を出す。
“↓痴漢がここにいます。”
「・・・」
泣きそうな目でこちらを見ているのは攻撃した部下だろう。
「う、うぜぇぇぇぇぇっ!!」
変わりかけた空気が、一瞬で塗り替えられた。
悪いほうに。
しかも、DT入り口横にライフストーンが連立しているらしく、いくら倒しても軍隊蟻よろしくエルフがPOPする。
「ええい、もういい! 殺せっ、盟主を殺るんだ!!」
しょせんはエルフだ。
リフレッシュ連打でSDが瞬時に回復されようが、
「SD無視でWダメでも出れば殺せる! 重ねろっ、とにかくGBで重ねるんだ!!」
コンボではヒットの瞬間がずれ、非常識なまでに集中したリフレッシュとヒールで瞬時に回復されてしまう。
SD無視にWダメ、それに複数のGB、とにかく重なる偶然をもって殺すしかない。
見る限り、リフレッシュに配されたエルフのほうが多そうだ。
そもそも、見分けがつかなかろうが、実際にPTしているのは四人なのだ。
直接カーソルを含めても、回復が間に合わない可能性はあるはず!
と、苦労して盟主を探し、GBを当てていると・・・隣りで、同じく盟主を殴る姿を見た。
GBではない。
いや、そもそも武器ですらない。
殴りである。
しかも、エルフ。
「・・・裏切り?」
ぽこぽこと、凄い勢いで殴っている。
素手攻撃は地味に一番早い攻撃とさえ言われる。
しかし、何故・・・
「!」
気づいた。
目の前の盟主。
このエルフの背に生えた三次羽は・・・攻撃を受けると5%の確率で生命完全回復する特殊OPか!?
常軌を逸したエルフの群れの中に、エルフ盟主を隠し。
非常識なまでに一斉連発する中に、密集させたサポを隠し。
今度はそのわずかな回復の隙間をさらに少なくすべく、PKシステムまで利用して完全回復の特殊OPまで利用し。
「う・・・う・・・うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
ブチ切れた。
終わりだ。
遊びは終わりだ。
これまでだ。
エルフだろうがEEだろうが女だろうが知るか!
まずはこの目障りな殴りエルフから殺す!!
吹っ切れ、思いきり剣を振りかぶり・・・
「え?」
何か手応えが。
振りかぶっただけで、すでに手応え。
末堂はおそるおそる後ろを振り返る。
と、背後から襲いかかろうとしていたのであろう、アフロ姿の敵兵。
その腹に深々と刺さっている自分の剣。
「あ・・・」
時間が止まった。
アフロがおそるおそるという風に自分の腹に手を当て、何かを抱き上げるように両手を上げ、その掌についた血を見て大絶叫する。
「なんじゃ、こりゃあぁぁっ!?」
「い、いや、これは・・・」
アフロ頭DLのタンテイは、思わず後ずさりする末堂に「救急班、呼んでくれよ・・・なぁ、怒らねぇから」と呼びかけてくる。
「す、すまん」と思わず謝ってしまう。
と、背後から
「おい、あんた・・・とんでもねぇことをしてくれたじゃねぇか」
「へ?」と振り向くと、そこにはドアップの竹内力。
「ひぃっ」
獰猛な笑みを浮かべ、その手にある凶器はすでに振りかぶられており・・・
「三途の川でゼニぃ、払てもらおうか」
一閃。

僕はそんなことを想う。


いつものようにヒドラ部屋に引き篭もっていると、いつものようにエルフの少年が駆けてくるのが見えた。
その顔は紅潮し、興奮していることが窺える。
あぁこれが喜色満面か、という表情で、僕の目の前まで駆け込んできて、
「聞きたい!? 聞きたい!?」
と詰め寄る。
距離が近い。
すごく近い。
そういえば、こいつもパーソナルスペースが狭い、やけに相手と近い距離で話すやつだったなと思う。
そして、それも当然かと今の僕は苦笑する。
「あ〜・・・いつもの口上は? ほら、あのラジオ放送みたいなやつ」
と言ってみたが、少年は「そんなのどうでもいいの!」と聞きやしない。
表情だけで「聞いて? 聞いて?」と訴えてくるが、それでも足りないらしく、
「聞きたいでしょ! 聞きたいよね!?」
と連呼してくる。
僕はもう照れ笑いのように苦笑するしかない。
思えば、この少年の“伝言”は確かすぎた。
目の前で素早く、正確で、当意即妙で・・・まるで、まるで本人との会話のような“伝言”。
だから。
まるで我が事のように喜色満面に大興奮している様子を見れば、攻城戦の結果はすでに分かったも同然なのだった。
そう。
いつだって、きみはどこか遠くで夢を追い、それなのに僕のそばにいて。
だから、僕は微笑みながら、目の前のエルフの少年に口を開く。
「うん、聞かせて欲しいな」
有紀、きみの物語を。



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