短編小説っぽいもの

世界のどこかにきみはいる。 --  本編後日談キャラクター紹介後書きコメント
 『後日談』


「確かめてきて」
目の前のDLに向かって、有紀が言った。
「・・・私が、ですか?」
という返事は合格点ではなかったようで、
「当たり前でしょ! あんたがもってきた話なんだから、あんたが確かめなさい!!」
と怒られた。
のみならず、「やっちゃった後で間違いでした、なんて寝覚めが悪いじゃない」と呟くのまで聞こえた。
その“やっちゃった”は、どのくらいのやっちゃったを想定しているのか確かめたかったが、やめておく。
頷くDLに向かって、有紀は言った。
「証拠をつかんで。あとは場所も忘れずによ」
「場所、ですか? 青山忍の?」
またまた合格点ではなかったらしい。
見る間に眉がつり上がり、「相手の女のに決まってるでしょ!!」と怒鳴られた。
「あの・・・」
DLが控えめに口を開く。
「本当に青山忍が浮気してて、相手の女の場所も分かったら・・・どうする気なんです?」
有紀は少し間をあけた後、
「あなた、切り裂きジャックの話とか好き?」
「・・・いえ。多分」
彼女は慈愛に満ちたような微笑を浮かべた。
視線の合ったDLの体温が下がる。
「あなたは知らないほうが良いと思うわ」
その通りだと思った。

DLはロレン峡谷にある城を出、ロレンシアに戻った。
ロレンシアで何をするでもなく数日を無為に過ごし、そろそろいいかとロレンの城に向かう。
城門で用件を告げると、即座に玉座まで通された。
「話して」
氷のような表情をした有紀が、氷のような口調で命じる。
脇にいるリッキーが苛立たしげにしているのは、どうやら何かの用件の最中だったかららしい。
何の話だったのかは分からないが、有紀の優先順位は決まっている。
かくして有紀はDLの返答を待ち、リッキーは苛々と待つことに。
DLは口を開き、こう言った。
「やはり、青山忍は浮気をしていたようですね」
その瞬間、「相手は誰っ、どこにいるの!!」と叫び、有紀が突進してくる。
と、それを阻むようにリッキーは動き、「おい」と声をかけようとしたが・・・それは致命的なミスだった。
有紀の姿がバトルマスターの視界から消えた。
沈み込むようにその腕をかいくぐると、全身のバネを使って渾身の力を込め、相手の股間を蹴り上げる。
稲妻のように跳ね上がった右脚は男の睾丸の一つを砕き潰し、もう一つを体内深くに潜り込ませた。
瞬時にして舌が喉をかけあがり、ひきつる限界まで口蓋へと飛び出し、男の全身は硬直、失禁しながら弛緩し崩れ落ちる。
と、その沈む身体を掬い上げるように打ち出された掌底が顎を強打、脳を振動させ、男の意識を飛ばさせた。
もはや完全に意思を喪失したそれを、腰をひねるように旋回させた上段回し蹴りが・・・
白目をむき、全身を痙攣させる男がゴミのようにつぶれるまで、その間じつに2.4秒。
これが史上初のエルフ城主、有紀の現在の実力である!
「・・・ぐ、グラップラー・・・」
うめくようにDLの口から漏れた独白。
血走った目・・・いや表情をして、有紀がDLのほうに向き直る。
DLはかろうじて悲鳴をあげるのを口の中で堪えた。
「どこ?」
その声はどこか、世界の果てから響いてくるようだった。
「あ・・・」
声がかすれて出ないDLに、有紀は再び「どこ?」と尋ねる。
DLは深呼吸をし、ありったけの勇気をかき集めて答えた。
「い、いません」
無論、合格点ではなかった。
「いないって何!! あんた庇うつもり? 無駄よ、言いなさいよ。ありとあらゆる手を使って吐かせるわよ」
ありとあらゆる手を使われないでも、知っていることなら何でも話したくなった。
だが、DLは本当に最後の一滴まで勇気を振り絞って答える。
「いません」
有紀の瞳が危険な薄さに細められた。
「もういないんですっ」
とDLが直立不動で叫ぶ。
近づいてくる有紀。
相変わらずパーソナルスペースの狭い彼女のことだ、くっつきそうな目の前まで来るに違いない。
「もう・・・?」
気に入らないと全力主張する表情に、かすかな疑問が掠める。
「は、はいっ。相手の女も、青山忍ももういないんですよ!」
有紀は何を言われたか分からないように立ち竦み、「どういう意味?」と訊く。
「二人はこの世界から去ったんです。行き先はSUNか他の世界か、いずれにしてもこの世界のどこにももういない」
静寂に沈む玉座の間。
緊張に耐え切れず、DLが失神しそうになったとき・・・有紀が泣き出した。
大声で泣き出した。
今まで、大人の女がこんな風に大泣きするのを見たことは無かった。
有紀は泣いた。
城に響き渡る声で泣き続けた。
試練の地を開放する手続きの途中だったが、リッキーの末路を目撃した人間がそれを口に出せるはずもなく。
丸々一昼夜、有紀の泣き声はロレン峡谷に響いた。
有紀は文字通り、涙が涸れるまで泣いた。
涙が出なくなると、それが悲しいと言って泣いた。
どのくらいの時が流れたのだろう。
真っ暗になった玉座の間に人影は二つ。
DLが有紀に近づく。
有紀は反応しない。
正面に回ってみたが、その瞳は目の前のDLを映しているのか疑わしかった。
「あ〜・・・有紀?」
声をかける。
ふっと、わずかに瞳に色が戻る。
「・・・」
「こほん。私・・・僕だけど、分かるか、な?」
「・・・忍?」
そのかすかな問いに、DL・・・いや、僕は頷く。
と、有紀の表情に理解がさしていく。
そして、有紀はまた大号泣した。

「良い! それって、すごく良いよ!!」
DLで城主連合に加入し、有紀のそばにいようと思うと言ったら、彼女は「良い!」を連呼した。
正直、本当に殺されるかもと思っていたのだけれど、そしてそれも仕方が無いとさえ思い始めていたのだけれど、どういうわけか泣いた烏は怒らず笑っている。
なんでも、馬スキルで敵を弾き飛ばすのが、なんだか恋人から悪い虫を追い払うようで良いのだと言う。
ピンとこなかったけれど、有紀がご機嫌なら文句なんてあるはずがない。
「でも」と有紀は怪訝そうに、そして少し悪戯っぽく微笑いながら、
「どういう風の吹き回し?」
と僕に問い掛けた。
そう言われても、僕は苦笑するしかない。
まったく、僕だって分からないよ。
省エネをポリシーとする僕が、ねぇ。
有紀は言う。
「忍はね、ほんとはすごい力を持ってるんだよ」
こうも言う。
「忍に足りないのは覚悟だよ」
「覚悟?」
「うん。ほんとの自分を自覚する覚悟」
「難しいことを言うなぁ」
「たとえば、そう、ゴーギャン、ゴッホ・・・今は高名な画家で、生きてる間はぜんぜん評価されなかった巨匠たち」
「名前は聞いたことあるな」
むしろ、有紀がそんな名前を知っていることに驚いた。
「死んじゃってから凄い立派だなんて言われてもさ、本人には関係ないじゃない」
「うん、そうだね」
「なら、なんで彼らは絵画の道を進んだのか! わかる?」
僕は少し考え、首を振る。
「自分が何者かを自覚してしまったからよ。ゴーギャンは小さな島でゴミのように死んだ。自分が名画家であることを知らなければ、そんな死に方はしなかった。きっと」
「こわいな」
「こわい?」
「うん、こわい」
僕は呟く。「確かに覚悟が必要だ」
「ベイチョーって人がこんなことを言ってたわ」
「ベイチョー?」
どこの国の人だろう?
「うん。人間国宝とかいう人の」
それで得心する。
「あぁ、桂米朝?」
「かな? その人が言ってたのよ」
有紀はその言葉を披露してくれた。
“ひとたび技芸の道に踏み入れば、末路哀れは覚悟の上”。
そんな感じのことを言ったらしい。
覚悟か、と僕は思う。
有紀が口元は笑いながら、けれど目は笑わずに
「覚悟はある?」
試されてる、何故かそう思った。
覚悟。
僕にあるだろうか。
いや、そもそも覚悟って、何の。
僕にとっての覚悟は。
「忍がさ」と彼女は続ける。
「ほんとに本気になったら、あたしなんか太刀打ちできないよ」
例によって全く根拠の無い、不思議な自信を持った言葉で、有紀が言う。
「世界を狙えるね」
世界か。
そこで気づき、僕は薄く笑った。
“自覚した”。
ゴッホ、ゴーギャン、彼らもきっと今の僕のように気づいたのだ。
“自分”に。
有紀を見つめ、僕は口を開く。
「world is not enought」
「英語わかんない」
有紀が不満そうに言うので、訳してやる。
「“世界じゃ不満だ”」
そして耳元で囁いた。「きみが欲しい」


覚悟を決めるというのは、こういうこと。


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