K'sDiary
“三冊目” --
本編
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外伝
“三冊目”
〜外伝〜 あのとき。 「・・・盗み聞きしてたってわけ?」 いつのまにかやってきて、しかも事情を知っているらしい二人に、責めるようにシルが言う。 「盗み聞きとは人聞きが悪い」 だが、マヤの鉄面皮はそれしきではヒビも入らない。 「わたしたちがデビアスの小屋で語り合っていたら、きみたちの声が聞こえたのだ」 オープンチャットで話していただろう? 「う」 怯むシル。 そういえば、カッとなったせいで気にしていなかった気がする。 「だが、迂闊なきみは珍しいな」 銀髪の秀才がしみじみと言う。 「これが友情というものか」 「は?」 マヤは連れの接近戦特化エルフのほうを向き、 「ケイ。きみのためなら、わたしも迂闊になろう」 意味の分からないことを言う。 「あ、ありがとう」 やや引き攣ったぎこちない笑みをする力エルフ。 「・・・」 だが、変わり者のウィザードは何かを期待するように見つめたままだ。 「え、えぇっと・・・私もマヤのためなら迂闊になるよ」 何か言わなくてはという強迫観念に駆られ、友人の無言のプレッシャーに屈する。 「うむ、素晴らしい」 なにやら自分の胸に手を当て、感じ入ったようにマヤ。 「胸郭の上が熱い。これが友情というものだろうか」 すごく微妙な顔をする同行者たちを気にせず、「うむうむ」と感動に浸っている。 「・・・マヤって、変わってるわね」 「あはは^^;」 シルの小声の感想に、愛想笑いで誤魔化すケイ。 「おぉ、そうだ。熱いといえば」 ぽんと手を打って、イランカイダ産というお茶を掲げて見せ 「シル、お代わりはどうだろう? せっかくの密輸入品だ、遠慮なく飲みたまえ」 「・・・」 シルは半分以上飲んでしまったカップを見下ろし、恨めしそうな顔を向ける。 「人体に害は無い。保障しよう」 密輸という響きだけで既にOUTな気もするが。 そんなシルを見、 「ふむ。リラックスできたようで何よりだ」 リラックスとは少し違う気もするが。 だが、いつのまにか少し前までの怒りや苛々を忘れていたことに気づいた。 「友人を思いやるのは美徳だが、それできみが健康を害しては元も子もない」 そう言って、密輸入品というお茶を啜る。 「マヤ、あなたわざと・・・」 言いかけたとき、 「おぉ、そうだ。先ほどの感動を忘れないうちにメモしておこう」 紙を取り出し、先ほどの胸郭の熱い思いを書き留めだす銀髪の変わり者ウィザード。 「・・・じゃないみたいね」 素だ。 申し訳なさそうに身を縮めるのは同行者のエルフである。 なんとも慎ましい様子でイランカイダ産のお茶を啜っている。 と、 「あ」 小さく呟き、シルの後ろを見た。 それにつられて振り返る。 見ると、親友がこちらへ歩いてくるところだった。 「キャス・・・大丈夫?」 両肩を掴み、顔を覗き込みながら気遣う。 その向こうのほうで、一歩も動かずに立ち尽くしている男がいたが、シルは一顧だにしなかった。 先ほどまでいたノリア名物の茸テーブルにキャスを連れる。 「ごきげんよう。今日は良い陽気だ」 当たり障りの無い挨拶を朗らかに言ってのけ、銀髪の変人は珍しく優しい笑顔で 「きみも是非、味見してくれたまえ」 密輸入したての逸品を。 「というわけで、研究を兼ねて後輩の育成相談にのっている最中でね」 一人、お茶をお代わりをして言うのはマヤ。 「もし構わなければ、二人にも相談に乗ってもらえると嬉しい」 嬉しいとか喜ぶとかいう感情を顔に出さない鉄面皮が言う。 「そうね・・・うん、いいわよ」 親友に微笑みかけながら、キャスが答える。 どんな内容であれ、今は紛らわす話題は歓迎だった。 気遣いなら感謝するべきだけれど、この子の場合・・・表情が読めない。 マヤはきっとポーカーが強いに違いない。 ポーカーで手札を隠すのは手ではなく、表情だから。 複雑な思いにこっそり悩みながら、シルも話題にのる。 「わたしたちに出来ることなら、ね」 「ありがとうございます」 穏やかな笑みでお礼を言うケイ。 彼女は力振りの接近戦特化エルフだが、そのくせ内向的で大人しい性格。 むしろ、 「では、いざ光源氏計画」 過激なのは相方のウィザードのほう。 「なんだか、いかがわしい響きね・・・」 「このほうが雰囲気が出るかと思ったのだが」 ふむ、失敗だったか。 だが、この変人の独特のペースは毒のように侵食して、周りの心を染めてしまう。 元が喜びであれ、悲しみであれ。 さほど残念そうでも無い様子で、銀髪の秀才が続ける。 「ところで、話題の新人なのだが。エルフで、今はLv140ほどらしいのだ」 「あら、早いわね」 「今はセラがありますから」 そう言ったのは、おそらく現在の二次羽までに一番苦労したであろうケイ。 「最近、装備に物足りなさを感じているらしくてね。セット装備への移行を考えているのだそうだ」 「セットっていうと、無難なのはアルゴスかしら?」 「ガウェインはセットOPはいいけど、ネックと弓がふさがっちゃうのがね」 元々MU好きの面々、いつのまにか熱心に相談し始める。 「セットといえば・・・ドーピングも確かめたいな」 独り言のように元ロレンシア魔術学院の秀才ウィザード。 「ドーピング?」 「セットでステを上げて、重い装備をつけたりスキルを使ったり・・・ってやつ?」 「うむ。この間、大幅なアップデートがあっただろう?」 「シーズン2ね。でも、セット装備関係で変更あったっけ?」 「一応、変更が無いか実際に試したいところだな」 お茶を啜り、「研究とは試行錯誤と確認の繰り返しが欠かせない」。 と、キャスが思い出した。 「あ。力+10のアクセって持ってない? ちょうどそれで装備可能になる鎧があるのよ」 「キャス? それって・・・要求見ずに石入れちゃったんでしょ」 意地悪な笑みを浮かべながら親友が茶化す。 「ノーコメント」 キャスも笑う。 「おぉ、それは素晴らしい。さっそく倉庫からネックとリングを持ってこよう」 そう言って、銀髪のウィザードが立ち上がろうとし 「・・・お?」 思い切り顔面から地面に突っ込む。 「ま、マヤ!?」 慌てて駆け寄るケイ。 「だ、大丈夫っ?」 「うむ、心配は無用だ。傷は浅い」 鼻血を出しながら、 「平行運動の処理と駆動系の制御に支障が出たようだ」 「・・・素直にコケたって言ったら?」 「そういう言い方もある」 肩を借りながら立ち上がろうとするが、どうも足元がおぼつかない。 痺れているらしい。 「・・・」 ケイはふと思い当たり、テーブルのカップに目をやった。 もうほとんど残っていない密輸入品のお茶。 目を上げると、何とも言いがたい表情の皆と目が合った。 どうやら、同じ推測に到達したらしい。 「・・・」 何も言わなかったが、キャスとシルは無言で自分のカップを中央のほうに寄せた。 友人の手前、ケイは手元にカップを置いたままにしたが (もう飲まないでおこう) と心に誓う。 「仕方がない。アクセでの検証は後にしよう」 「そ、そうだね」 病院に行った方が良いかも、と思いつつケイ。 微妙な空気を何とかしようとキャスが口を開いた。 「アプデ前はスキルは使えたんだっけ?」 「どうだったかしら・・・魔法スキルは使えなくて、直接攻撃スキルだけ使えたかも」 「それは初期で、途中でどっちも不可になりませんでしたっけ?」 「そうだった?」 「た、多分・・・」 皆なにげに心許ない。 「あ、でも、装備品は使えなかったはずですよ」 思い出したようにケイが言う。 「防具と武器で少し違いますけど」 「へぇ?」 「えぇっとですね・・・防具の場合は、要求が足りなくなると赤く表示されるんです」 「その場合、防御力なども反映されないのだろうか?」 「どうだったかな・・・多分、反映されなかったと思うけど」 と、友人の顔を見、 「反映されなかった! ま、間違いないよ」 実際に試そうと言い出すのを直感して、慌てて保障する。 確かに合っていたが。 セットOPも防御力も、EXOPも適応されなくなってしまう。 「武器はどうなるの?」 「あ。武器はですね、えぇっと・・・確か、30秒ほどのカウントダウンの後に強制でサバ落ちされるはずです」 「わぉ」 と、それを聞き、銀髪の秀才ウィザードが重々しく呟く。 「なるほど。カラダは正直ということか」 「う」 凄く嫌な顔をする相方のエルフ。 また広がる微妙な空気を払うべく、キャスが 「でも、まずはチェンジアップじゃない?」 「そ、そうね。140を過ぎてるなら、まずはミューズエルフが先よね」 装備可能なアイテムも増えるし。 「なるほど」 「あ、そうだ。茶髪のままが良いって、チェンジアップしない人もいるんですよね」 「本当?」 「ええ、確かマヤ・ワールドにそんな同好会があったはずです」 「うわ、趣味ねぇ」 「でも分かる。だって、見た目で印象って随分変わっちゃうもの」 などと無難な話題で盛り上がりかかったところで、 「金髪・・・」 銀髪の女ウィザードが呟く。 「ふむ、洋モノか」 「・・・」 その感想はどうかと思うが。 そして、彼女はさらに呟いた。 「マニアックだな」 それは中傷というものだろう。 「さて、わたしもそろそろ落ちるとしようか」 キャス、シル、そしてケイを見送り、銀髪の秀才はひとりごちる。 何とも言えない空気にこそなったが、キャスは本当に呆れたように笑いながらログアウトしていった。 シルもそう。 数刻前の出来事など、綺麗さっぱり忘れていたことだろう。 たとえすぐに思い出すとしても・・・それはそれで良いと思う。 だが、MUはゲームだ。 INしている間は、人は出来れば笑い、楽しむべきだとマヤは思う。 軽く伸びをし、足元の震えが無くなっていることを確認してから、倉庫へと向かった。 ・・・イランカイダ産のお茶は少し失敗だったかもしれないと、こっそり思いながら。 彼女は優しい。 本当は。 だから、彼女は落ちる直前に見かけた知り合いのナイトに声をかけることにした。 「やぁ、ごきげんよう」 「おー、マヤ。落ちるとこか?」 「うむ。今日は色々あったのでね」 「そかそか。おつー」 同じく落ちる準備をしに倉庫に寄ったらしいナイトに、 「おぉ、そうだ。きみは新婚だったと記憶しているが」 「はは、もう半年は経つよw」 「わたしの記憶違いでなければ、細君は妊娠されてたと」 「うんうん。まだ二ヶ月だけどね」 笑い返すナイトに、銀髪の秀才は相変わらずの鉄面皮で告げる。 「妊娠中の性行為は基本的に3Pだということを忘れないように」 「・・・」 すちゃと手を上げ、変人の女ウィザードは別れの挨拶をして落ちた。 「では、良い夜を」 彼女は、優しい。 本当は。
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