短編小説っぽいもの
羽無し --
本編
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キャラクター紹介コメント
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後書きコメント
『羽無し』
〜プロローグ〜 MU大陸において“羽”は栄光であり、憧憬であり・・・また、畏怖でもある。 地を歩む人という種が、ハイランダーと呼ばれる天駆ける存在へと昇華した証であるからだ。 “悪魔”“天使”“妖精”、これらの名を冠する“羽付き”達はハイランダーへの道を歩み始めた存在。 そして、さらに“魔”“魂”“聖”“闇”の名を冠する翼を身に纏った“羽付き”はハイランダーとして認められた存在だ。 冒険を志す者、その誰もが憧れる存在・・・それが“羽付き”である。 “羽付き”達は多くの伝説を作ってきた。 ある者たちは“嘆きの姫”アイスクィーンを解放し、ある者たちは“旧世界の護法”ヒドラを沈め、ある者たちは天空の不死鳥をすら墜とした。 が、それらの英雄談のみが強さの証であろうか? 英雄は強者を打ち倒すことによってのみ生まれるのか? 答えは、“否”だ。 “彼”の伝説は冒険の中でなく日常の中で生まれた。 そう。 荒漠たる砂漠でもなく、遥かなる天空でもなく・・・ごく普通の街中で、その小さな伝説は生まれたのだ。 ひどくささやかな伝説が。 〜1〜 彼、ジョア・ドゥ・ヴィーヴルはあるパーティーのリーダーたる魔剣士だった。 彼らは固定PTであり、また同時にギルドそのものでもあった。 たった五人の小さなギルド。 デビアスに初めて辿り付いた偶然の出会いから、ずっと続いてきた仲間だった。 それが起こったのは、彼らの誰一人として“羽付き”でなかった頃のこと。 彼ら一行が立ち寄ったロレンシアのとある宿屋が火事になった。 深夜ということもあり、宿屋の主人が半生を捧げてきた建物を炎はやすやすと覆い尽くした。 喧騒の夜と化したロレンシアの一角で、燃え上がる宿から泊り客たちが次々と飛び出してくる。 彼もまた、その強運な客たちの一人だった。 周囲は混乱に満ちていた。 炎を消し止めようと無駄な抵抗を試みる者たちがおり、燃え広がらぬように周囲の建物を破壊しようとする者たちもいた。 生き延びたことを感謝する者もいれば、知人を探し叫ぶ者もいる。 やはり、彼もまたその一人。 自分は助かった。 だが、仲間は? 見渡すが見えない。 名を叫ぶが、返事は無かった。 いや、この喧騒の中だ。 彼の叫びが果たして何人に聞こえたかすら怪しい。 何処だ? 何処にいる? ロレンシアの街中で、デビルスクエアなど比較にならない恐怖に支配されそうになった。 火の粉と煙、喧騒の中を彼は走り回る。 ・・・見つけた! ナイトのマンチェスターは無事だ。 だが、他の三人は? いた。 あそこで咳き込んでいるのはウィザードのレアル。 残りは二人。 ミランはどこにいるのか。 そしてレッジーナは。 人ごみの中で何度となく人間にぶつかり、怒声と・・・ときには拳を叩きつけられた。 無様に這いずりながら、仲間を探し回る。 嗚呼。 ブラッドキャッスルの掛け橋ですら、この場に比べれば・・・。 見つからない。 何処にも・・・見えない。 日頃は口にしない悪態をつきながら、探し続ける。 ふと、立ち止まって叫びだしたい衝動に駆られた。 人。 人。 人人人。 視界いっぱいに人はあふれているのに、彼が捜し求める二人は見えないのだ。 人ごみが邪魔だから・・・。 不安のあまり、どす黒い感情が湧き上がるのを感じた。 目障りな赤の他人たち・・・彼らを一閃してやればレッジーナは見つかるだろうか。 倒れ伏して動かなくなった障害物の向こうから、ミランの姿が見えるかも知れない。 ・・・馬鹿なことを。 目をきつく閉じ、頭を振って愚かな妄想を払う。 そうしなければ手を伸ばし、しがみついてしまいそうだった。 人の心は弱い。 魔剣士だろうが、街人だろうが同じ・・・“藁の誘惑”は容易く忍び寄る。 もう一度、心に噛み締めた。 馬鹿なことを、と。 そして目を開ける。 歪んだ視界。 しみる煙と、涙ににじんだ視界の中に・・・彼女がいた。 ミラン! 駆け寄る。 途中で誰かを突き飛ばした。 だが、構うまい。 それがどうした? そんなことがなんだというのか。 ミランを抱き寄せ、仲間の無事を喜ぶ。 そして、唐突に心に差し込まれる氷。 レッジーナは? 彼女は何処だ? ミランに問う。 彼女は怯えているようだった。 先ほどまでの炎の恐怖か、あるいは彼の剣幕にか。 もちろん彼は目の前の仲間を思いやる気持ちは持っていたが、彼の理性と感情のバランスも限界だった。 レッジーナ! 問い詰められたミランは初めて気づいたように自分の横を見、おろおろと周りを見渡す。 その彼女の仕草を見た瞬間、彼は悟った。 急に思考が冴え渡った。 いや、違う。 選択肢の無い解答だけが、目の前にあったからだ。 不思議と気持ちが澄み渡る。 ミランに他の仲間たちのところに行くように優しく言い、彼は立ち上がった。 目の前には焼け落ちようとする建物。 炎はその貪欲な性を存分に発揮していた。 その舌に舐められるだけで、氷菓子のように人の生命など溶かしてしまうだろう。 だが、彼には関係なかった。 自分は仲間を救いたい。 レッジーナが欲しい。 だから。 奪おう・・・目の前の暴君から。 目の前には唯一の手段があり、それは唯一であるがゆえに最良だった。 びろうどのマントを翻し、彼の姿は炎と煙の中に消えた。 彼はそっと呟く。 これが、たったひとつの冴えたやり方。 〜2〜 アミテージは放心したように立ちすくんでいた。 彼の視線の先では、半生を捧げてきた建物が焼け落ちようとしていた。 その宿屋だったものは、彼の生き甲斐でもあったというのに。 もうすぐ崩れ落ちるだろう。 ただの瓦礫の山と化してしまうに違いない。 すまねぇ、サード・・・。 他界した妻の名をぽつりと呟く。 既に喧騒は静まりかけており、そばにいた何人かは彼のその呟きを耳にした。 だが、何も言わない。 言えない。 皆、炎の暴虐が静まるのを見守るだけだった。 もはや、人の身に出来ることはこれ以上何も無かった。 隣接する建物は既に破壊され、目の前の荒ぶる暴帝は夜明けを待たずして眠りにつくだろう。 幾人かの、不運な者たちの贄と共に。 と、一部の人々の間で叫びが上がった。 アミテージもそちらに視線を向ける。 何だ? と、見る間に群集が道を空けるように、視界が開けた。 人だ。 今や炎神の神殿と化した建物の中から、何者かが出てきたのだった。 ゆらめくような人影だったものは、やがて煙と炎の中からその姿を現した。 目を凝らす。 一人の男が、誰かを抱きかかえていた。 魔剣士だろう。 大柄な体躯に、翻る緋のマント。 それは不思議なほど静かな歩みに見えた。 ざわつきは消え、ひどく荘厳な雰囲気が生まれているような・・・。 その姿が完全に見えたとき、アミテージは人々が後ずさった理由を知った。 嗚呼。 その背に翻る真紅はマントではなかった。 紅蓮の炎。 仲間を抱きかかえ、燃え上がった背中で帰還した魔剣士。 その場にいたのは街人だけではない。 多くの冒険者もいた。 “羽付き”もいた。 魔剣士が背負っていたのはバルロックの業火でもない、ただの炎だ。 ありふれた悲劇でしかない、火事のわずかな片鱗。 だが、デスビームナイトの火炎すら霞む“ただの炎”に・・その場にいた誰もが畏怖を感じた。 ジョア・ドゥ・ヴィーブル。 いまや“闇”の名を冠する羽を身に纏うだけの経験を積んだ魔剣士でありながら、その背に羽は無く・・・にも関わらず、彼は伝説だった。 否、“羽無し”であるがゆえに伝説だった。 その背中は焼け爛れ、癒しの魔法すら届かぬ炎跡の刻印を背負うことになった魔剣士。 彼は二度と羽をつけられぬ身となったが、PTのリーダーたる者・・・誰もがああいう背中になりたいと思う。 彼は“羽無し”でありながら、“魂”や“魔”の名を冠する“羽付き”や、光球と光の輪を纏う者たちの憧れ。 〜エピローグ〜 デビアスの街道を歩く一行。 そのPTの先頭が誰か分かると、すれ違う冒険者は道を空けた。 そして、決まって憧憬と畏怖の入り混じった視線を向けるのだった。 そんな彼らに対して、彼は堂々と、だが真摯に挨拶代わりの軽い会釈をする。 途端、歓声にも似た興奮を表す新米の冒険者たちも中にはいた。 いや、新米どころか・・・天空を狩り場とする者の中にさえ、彼に憧れる者たちは決して少なくないのだった。 「・・・うぅ」 そんな呟きを漏らした彼に、仲間のエルフが声をかける。 「どうしたのよ、ヴィー」 そして、「まだ慣れないの?」と軽く苦笑しする少女。 少し困ったように、彼は返事を返す。 「慣れるわけがないさ。・・・僕は何も特別なことをしたわけじゃないんだから」 違う者が言ったならば、ある種の嫌らしさが感じられたかも知れない。 が、本当に困っているらしい彼の様子は可笑しかった。 「やれやれ。我らが敬愛する英雄殿がなんとしおらしい!」 そう言って、おどけるように両手を広げ、鼻で笑って見せたのはウィザードのレアル。 「おいおい、お前まで・・・よしてくれよ。同じ立場に立ったら、誰だって同じことを思うさ」 少し拗ねたように言い返す魔剣士。 そして、ため息。 どうやら本当に性に合わないらしい。 英雄が肌に合わない冒険者というのも中にはいるのだろう。 「こういうのも貧乏性っていうのかしらねー」 可笑しそうにそう笑うのは、輝く水晶剣を背負ったもう一人のエルフだ。 からかうだけで誰も分かってくれないらしい悩みを抱え、また大きく深いため息をつく魔剣士。 とうとう立ち止まってしまった彼に、最初に声をかけたエルフの少女が近づいた。 「あのねぇ、ヴィー。同じことを思っても、一歩を踏み出すかどうかは大きな差よ?」 彼の顔を覗き込む。 「あの時、あなたは他の誰よりもほんの少しだけ勇敢だった。その最初の一歩にみんな憧れるの」 「・・・」 それでも俯いてしまう魔剣士。 「僕は・・・こわいんだよ」 そして漏らす呟き。 「こわい? ・・・炎が?」 「違う」 彼は力なげに首を振って、「自分が」と続けた。 それを聞いて彼女は少し戸惑って口をつぐむ。 「みんなが見てるのは僕じゃないんだ。英雄っていう、自分が見たがっているものを見てるだけ。違うかい?」 そんな彼に、エルフの少女が問い掛ける。 「ヴィー。みんなに尊敬されてどんな気持ち?」 「・・・嫌なことを聞くね」 「答えて」 彼はひとつため息をついて、しぶしぶ答える。 「そりゃあ・・・僕だって悪くない気分だよ」 ぐい、と彼の顔の両側を掴み、無理やり目を合わせて彼女は質問を続けた。 「で、あなたはそれで調子に乗っちゃうわけ? おだてられてソノ気になる安っぽい無能力者、そんなモノになりたいと思ってるの?」 この物言いは彼の癇に障った。 ・・・ある意味、彼女の指摘は当たっていたからだ。 英雄視されるのも性に合わないが、そんな空っぽな英雄像に自分が成り果ててしまうのがこわかった。 嫌悪するものへの階段は、常に魅力的なものだから。 「冗談じゃない!」 思わず出た声の大きさに、離れたところにいる仲間たちも注目するのが分かる。 だが、今の彼には気にする余裕はなかった。 「僕はそんな英雄になんてなりたいと思わないし・・・本当の僕はもっと平凡な人間さ」 そして、「でも」と後を続けようとするが、彼女に遮られた。 「でも、全力で生きてる。恥じることなんて無い小さな人間」 先回りされた言葉。 もやもやした気分のまま、仕方なく答える。 「・・・そ、そうさ」 「なら!」 耳元で彼女の大声が響き、思わず耳を抑える魔剣士。 そんな彼を見下ろし、彼女が明るく言った。 「いいじゃない、別に」 「は?」 当惑する彼を尻目に、彼女は言葉を続ける。 「強がり言っても人の目が気になって、そんな他人の目に映った自分になると本気で心配してる。ヴィー、あなたは自意識過剰で自信なさ過ぎよ?」 容赦の無い言葉だ。 「う・・・なら、全然良くないじゃないか」 当たってるけど。 と、そう心の中でだけ呟く魔剣士。 「大丈夫」そして、続けた。 「あたしがあなたを見ててあげるから。笑っちゃうほど情けなくて、背伸びし続けてる、そんな本当のあなたをね」 あの火事の中、九死に一生を得た少女は微笑んで宣言する。 「これからも、あなたからもらった未来が続く限り」 彼女のその微笑みは本当に幸せそうで、彼は自分も幸せなのだと微かに悟った。
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