短編小説っぽいもの
題材“復帰” --
本編
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外伝
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後書きコメント
『題材“復帰”』
〜オープニング〜 「マージさん!?」 驚くわたしの前で、彼女は以前と同じように微笑んで言った。 「久しぶり。元気だった?」 そして、気づいたように苦笑しながら 「“元気だった?”なんて・・・あたしが言うのはおかしいかしら?」 彼女はマジェスティック・トゥエルヴ、愛称はマージ。 わたしと同じギルド“タラマスカ”に所属しているエナエルフ。 前に彼女を見かけたのは一ヶ月以上も前だ。 引退したんじゃないかと。 そうみんな噂した。 わたしもそう思うようになっていた。 だって・・・彼女の付き合っていた人が亡くなったと、そう聞いたから。 〜本編〜 「帰ってきたんですね・・・あ!」 「ん?」 わたしは当たり前な、言い忘れるところだった言葉を慌てて言った。 「おかえりなさい」 彼女は少し驚いたような顔をした後、微笑んで 「ん。ただいま」 それから、二人で顔を見合わせて少し笑った。 なんだか不思議な感じがする。 そして、わたしはもう二度と彼女には会えないんじゃないか、そう思っていたことに気づく。 あのことを知ったのは彼女のMUブログでだった。 そこで、彼女が付き合っていた人が交通事故で亡くなったと知った。 自分の心を整理したいから。 彼女はわたしたちと会うこともなく、この世界から姿を消した。 「あ、えっと・・・」 「うん?」 「その、なんて言ったらいいか・・・あの、色々大変だったみたいで」 わたしは馬鹿だ。 もっと国語を勉強しておけばよかった。 もっと本を読んでおけばよかった。 もっとリアルで色んなことに飛び込んでおけば良かった。 そうしていれば・・・きっと、もっと上手く言葉を見つけられたのに。 けれど、まるで言葉自体はどうでもいいことだと、そう彼女は言うような微笑みを浮かべて頷いた。 「うん。そうね」 そして、吹き出すようにした後、大きく息を吐いて 「ん、大変だった」 そう言って笑った。 「マージさん」 「ん?」 「今は無理でも・・・悲しくても、いつかきっと忘れられると思います。だから・・・」 空気を読まない発言だとか、もっと気の利いた言葉をとか。 そんなことは言わないで欲しい。 それはわたしが必死で探した言葉だった。 けれど、わたしが見つけた言葉は間違いだった。 「あら。あたし、忘れる気なんてないわよ?」 不思議そうな顔をして、彼女はにっこりと微笑む。 「え?」 「彼と出逢って、付き合って。それで今いるのがあたしだもの」 彼女は微笑んだまま、言葉を続けた。 「ねぇ? “忘れる”って、後ろ向きよね。ううん、それだけじゃない・・・すっごく無責任だって、あたしは思うの」 「“忘れる”って、そのまま“置いてくる”ってことだと思うのよ」 その時間に。 過ぎ去る過去に。 “それ”を置いて、前に進んでいく。 流れていく。 そして、いつか訪れるであろう癒しは・・・麻痺だと彼女は言う。 “それ”は抱いたままでいるにはあまりにもつらいこと。 けれど、それよりも・・・感じなくなってしまうことを彼女は拒絶した。 「思い出すたびに、とてもとても悲しい思いをする。それはしかたがないわ」 だって、悲しいことなんだもの。 「でもね、彼に触れる指先が麻痺するまで待つのは」 嫌。 そう、彼女は笑って言い切る。 それは茶化したような、真剣な微笑み。 「置いたままだとね、思い出したときに一気に“そのとき”まで飛んじゃうのよ」 思い出すたびに、心が“そのとき”まで戻ってしまうのだと。 悲しむだけの時間に戻るのだと。 心は弱いまま、悲しむことしか出来ないままで。 なぜなら、置いてきた心はそのときの心だから。 「あたしにとって、彼はとても特別だった」 だから、それはきっと泣きたくなるほど長い時間続くだろう。 泣いても、決して縮まらない時間。 麻痺するまであまりにも永いと、こわくなるような時間。 「彼と出逢って、彼と過ごして。変わったりもしたと思う」 成長したり、後戻りしたり。 そう言って彼女は笑った。 「そして、今のあたしがあるの」 わかるかしら? 「彼がいなければ、今のあたしはないわ。それは断言できる」 人は出会うことでお互いに干渉し合い、影響し合う。 それが親密であればあるほど、人は変化し合う。 「あたしね、すっごく見栄っ張りなのよねぇ」 ロレンシアの青い空を見上げて、柵に腰掛けた彼女が言う。 「彼が好きなあたしでいようとしたわ。そういうあたしになりたいと思って、彼が愛してくれるあたしをつくった」 つくった。 そう彼女は言う。 けれど、不思議とそれは欺瞞の響きが無いように感じられた。 演技する。 自分をつくる。 それは本当の自分じゃない。 わたしはそう思っていたから、彼女の見つめるわたしはきっと不思議そうな顔をしていたと思う。 「それが今のあたし」 わたしはなぜ、今・・・目の前のこの人に・・・ 自分が感じている感情、感想に私は戸惑った。 晴れ晴れとした、堂々した顔で笑える彼女に。 「彼と、あたしでつくった“あたし”」 それが今のあたしなのよ。 「彼があたしを変えた。でも、あたしもそれを望んだ」 なら、自分には責任があるのだと。 彼女は言う。 彼とつくった今の自分に対する責任が。 それは未来にも続く責任なのだと。 「彼、あたしが泣いて悲しまなかったら・・・すねるかしらね?」 そう言って彼女は笑った。 でも、落ち込んだまま泣いて過ごすあたしを彼は好きじゃないわ。 力みの無い自然なままで彼女が言い切る。 「ねぇ、ちょっと自慢してもいい?」 「え、はい?」 突然に視界一杯に広がった彼女の顔に戸惑って、わたし。 「彼と付き合ってるとき、あたしは彼にとって最高の恋人だったわ」 んふふ、と笑う。 「あたしも彼に夢中だったけれどね、彼もあたしに夢中で、彼にとってあたしが最高だった」 そう断言する。 と彼女は言い切った。 自信満々の笑みを浮かべたままで。 「あたし、自分が好きよ。そんなあたしが大好き」 だから。 「今も、未来も、あたしは自分を好きでいる」 好きな自分でいる。 それが・・・ 「それがあたしの責任」 彼と二人の。 〜エピローグ〜 「でもねぇ、一つだけ後悔してることもあるのよ」 苦笑するように彼女。 「後悔、です?」 「うん。あなたたちに対して」 なんだろう? 「ほら、あたし・・・ブログに書いちゃったじゃない? だから」 美人に似合わない仕草だが、頭をかきながら彼女が続ける。 「みんな、あたしと会うのが気まずいと思うのよね」 苦笑する彼女。 「そりゃそうよねぇ。だって・・・あんなこと書かれたら、あたしだってどう接していいか分かんないもの」 私がどう答えたらいいか迷っている間に、彼女が続けた。 「だから、あたしギルドを抜けるわ」 「え」 「んー、自分の中である程度は整理をつけたつもりなんだけどねぇ」 でも、やっぱ微妙なのよ、テンション。 頬をかく彼女。 「しばらくソロでこの世界を旅するわ。そして・・・」 見て周る。 彼と旅したこの大地を、端から端まで。 「そう、みんなにも伝えておいてくれる?」 本当は自分でギルマスに言うべきだけれど・・・それじゃ、あの子も気まずいでしょうし。 そうお願いする彼女に、私は聞いた。 「いつか、戻ってきますか?」 わたしたちのギルドに。 「・・・あなたたちがそう望んでくれるのなら」