短編小説っぽいもの
題材“CC” --
本編
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外伝
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後書きコメント
『題材“CC”』
〜オープニング〜 「なぁ頼むよ、カザン」 そうナセリが詰め寄る先にいるのは一人の少年。 名をカザンという。 二人とも同じギルドのナイトで、顔見知り。 その横では某ジェダイマスターに似た緑の老人が困ったように頭を掻いている。 「すまんのぅ。それが最後の一組なんじゃよ」 また仕入れておくからと、そう宥めてはみるものの、血気盛んなナセリは収まらない。 いや、盛んなのは血気ではなく野心か功名心か。 BD装備に身を包んだ黒騎士は諦めることなく、買い逃した近衛兵の鎧を求めた。 「俺に譲ってくれよ、カザン。な? 俺とお前の仲じゃないか」 その言葉とは裏腹に、二人は特に親しいというわけではなかった。 むしろ、仲は疎遠というべきだろう。 同時期に同じギルドに入ったものの、二人は全く違っていた。 カザンとは逆に、ナセリはギルドの異端児だった。 といっても、ギルドに溶け込めないのはひとえに彼自身のせい。 欲に忠実で不誠実、過程より結果。 自己顕示欲が高く、そのくせ売り時と見ればプライドだって叩き売る男だ。 とはいえ、カザンは彼が嫌いだから渋っているわけではなかった。 カザンもまた、初めてのカオスキャッスルへの挑戦のためにこれを買い求めたのだ。 それも一大決心で。 そう、これを購入するには一大決心が必要だった。 なぜなら・・・ 「だいたい、ギルドの決まりを破ることになるんだぜ? お前、そりゃまずいだろ。な?」 同じギルドの癖にぬけぬけと言うナセリ。 もっとも、彼はギルドの決まりを破ることなど歯牙にもかけないだろうが。 今さら、だ。 「だ、だけど・・・」 簡単に譲れるようなら、買い求めなどしなかった。 二人がいるギルド“そらふね”の一風変わった、ただし厳格な一つのルール。 それは“決してCCには行かないこと”。 日本独自の異常な回数のCCは通常PTを著しく阻害し、そのためにこの世界を去った者も多い。 それは確かだ。 CCは人を変える。 だが、これは厳しいルールだった。 こと、血気盛んな若者にとっては。 「か、構わないよ。僕だって決めたんだ」 CCに挑戦すると。 ナセリを睨みつける。 だが、呆れたように 「おいおい、本気か? 優等生のお前さんが」 とカザンに言う。 「なぁ、考え直せよ。それにカザン、お前にはまだ無理だって」 ナセリのほうが腕が上なのは確かだった。 だが・・・。 「何をモメているの?」 唐突に背後からかけられた声。 「ハロウェイ!?」 振り返った先に立っていたのは風装備のエルフだった。 ハロウェイ、“そらふね”のサブマスター。 彼女は軽くため息をつき、問う。 「またあなたなの? ナセリ」 「ち、違うって! カザンのやつが近衛兵の鎧を買ったから、俺は・・・」 それを聞いた途端、げんなりとした様子だった彼女の様子が一変した。 「・・・カザン、本当なの?」 真剣な、けれど沈んだ声。 「う、うん。・・・本当だよ、ハロ」 渋々答える。 それを聞き、彼女はもう一度ため息をもらした。 ただ、今度のそれはひどく悲しみに満ちた吐息。 「ねぇ、カザン。ギルドのルールは知らないはずがないわよね?」 咎めるというにはあまりにも力無い口調。 「“決してCCには行かないこと”。でも、僕は・・・僕だって」 上手く言葉が出なかった。 ギルドのルールを破ろうとしていることより、目の前のエルフを悲しませていることがつらい。 「・・・いいわ。無理には止めない」 カザンは耳を疑った。 「え? ハロ、今なんて・・・」 「無理には止めないって言ったのよ、カザン」 「おいおい、そりゃ無いぜ」 ナセリが慌てて口を挟む。 近衛兵の鎧はもう一つきり。 つまり、カザンがそれを使用すればナセリはカオスキャッスルに挑戦することは出来ないのだ。 もっとも、そもそもナセリの物ではないが。 「ただし」 彼女はカザンだけを見て言った。 「これから話す話を聞いてちょうだい。それでも行くと言うなら・・・止めないわ」 なおも不満そうなナセリを無視し、静かにハロウェイは言った。 少しの沈黙の後、 「うん、分かった」 「・・・場所、変えましょうか」 ノリア名物の茸椅子のほうに向かう。 近衛兵の鎧への未練だろう、ナセリも後をついてくる。 三人が座ったところで、ハロウェイは話し出した。 彼女の古い友人の話を。 「これはね、わたしたちのギルドマスターの話なの。彼の名はウィン。カオスキャッスルに赴き、そして・・・」 〜1〜 ウィンは転がるように石畳に倒れ込んだ。 そして、這うようにして城壁のほうに進んだ。 やっとの思いで端に着く。 その向こうは地面さえ見えない霧に閉ざされていた。 城壁の手すりに指を食い込ませ、荒い息をつく。 と、後ろから剣戟の音が聞こえた。 激しい、ただ一つの理由のためにぶつかり合う金属の悲鳴。 その瞬間、また嘔吐感に襲われ、ウィンは城壁の外へ吐瀉物を撒き散らした。 ガクンと腰から力が抜け、壁にもたれるようにして座り込む。 周囲では無数の兵士たちが戦っている。 だが、誰もウィンには注意を払わない。 それも当然のことだった。 ここは混沌の城郭、カオスキャッスル。 自分の力で立つ勝者のみが在ることを許される地。 地に倒れこんだ敗者に用などありはしない。 ただ、勝者と勝者が命を奪い合うためだけの場所。 そう、人と人が・・・殺し合う場所。 涙ににじんだ視界の中で、矢が空を裂き、剣が主を失って宙を舞った。 ひどく非現実的な、取り残されたような感覚。 ウィンはまだ人を殺したことが無かった。 一度として。 そんな自分が、何故こんなところに来てしまったのだろう? 馬鹿だったと。 そう言うのは簡単だった。 けれど、いくら過去の自分を罵倒したところで現実は変えられない。 「た、戦わなくちゃ・・・」 剣を探そうとして見回し、まだ自分が剣を握り締めたままだったことに気づいた。 けれど、重ささえ感じない。 自分の意思に従って動くそれを、不思議なものを見るようにして眺めた。 一つ息を吸い、立ち上がる。 いや、立ち上がるとして腰砕けになり、片膝をついた。 と、その動きが目に入ったのだろう。 幽鬼のような兵の一人が、こちらに向かって剣をかざして近づいてきた。 「っ」 慌てて立ち上がる。 ふらつきながらも剣を構え、威嚇。 お笑いだった。 威嚇。 そんなものは口笛と同じほどに無意味だ。 ここでは選択肢が無い。 戦うか、戦わないか。 それを選べるがゆえに威嚇は意味がある。 戦うしかないこの場所で、威嚇に意味など爪の垢ほどもあるはずがない。 案の定、全く意に介した様子も無く相手は近づいてきた。 悲鳴にも似た雄たけびを上げ、ウィンは地を蹴り、兵の脇をすり抜けた。 その際、闇雲にも似た剣戟を放つ。 真空斬り。 そう言って良いものか。 兵の背後に回り込み、その背中を見つめながらウィンは自らの足に命令した。 (動け!) だが、彼の足は地に生えたように動かなかった。 すぐさま大嵐に繋げ、神撃に。 そうすれば、その連撃はこの敵を一撃で吹き飛ばすだろうことは分かっていた。 けれど。 それはつまり・・・ (や、やらなきゃ・・・) “人を殺す”ということ。 そう考えたとき、ウィンの四肢は一瞬にして硬直し、反旗を翻した。 動かない。 かすんだ視界の奥で、相手が振り向くのが見えた。 一歩、そしてまた一歩と間合いを詰め。 (殺される) 脳裏に閃いた。 そう、相手は自分を殺すだろう。 ここにいる誰もがするように。 (い、いやだ・・・) 目の前で、大きく剣をかざして・・・ (死にたくなんか、ないっ!!) 頭の中が真っ白になった。 その瞬間に千切れ飛んだ心の鎖。 真空斬りの威力が中空に完全に霧散する直前、かろうじて間に合った大嵐。 ウィンの周りを彼の剣が唸りを上げて回る。 敵兵の剣が振り下ろされる刹那、ウィンは大きく両手を突き出した。 神撃。 その一連の破壊力は凝縮し、縮爆。 空間をも歪ませて、相手を鎧ごと粉砕し、吹き飛ばした。 いなくなった敵兵、開ける視界。 「・・・」 幽鬼のようなあの姿はどこにもない。 代わりに、足元に紫の輝きがあった。 祝福の宝石。 魔王クンドンの降霊式によって、混沌の城郭で彷徨う天兵の亡骸ども。 それらが稀に落とすという宝石。 「は、はは・・・」 そうだ。 相手が人間だとは限らない。 いや、むしろほとんどが悪霊に動かされる天兵の成れの果てなのだ。 そうだ、そうに決まっている。 生ある者の誰が、好き好んでこんな場所に集うというのか。 ウィンは発作的に笑い出したくなった。 何を迷っていたのか。 いつもと同じじゃないか。 魔物たちを狩る、それだけのことだ。 そう思った途端、身も心も軽くなった気がした。 急に晴れ渡った視界の中、周囲を見回した。 今や勝者の一人として自力で立つ彼を見、周囲の幽鬼たちが集まってくるのが分かった。 幽鬼。 そうだ、こいつらは魔物。 ウィンは地を蹴った。 真空斬り。 一番近くにいた敵兵を斬りつけつつ駆け抜ける。 そして、敵陣の中で大嵐。 無数の敵兵の身を剣が刻む。 それはいつもと何も変わらない光景。 どこからそんな余裕がわいたのか、ウィンはさらに真空斬りに戻し、多くの敵兵を巻き込むように移動した。 そして、再び大嵐。 周囲に破壊の力が凝縮するのを感じる。 (後は・・・) 震波に繋げば良い。 そうすれば、一瞬で周囲の幽鬼どもを吹き飛ばすだろう。 ウィンは震波を放つべく、大きく剣を翳し・・・ (?) 止まった。 違和感。 何だ? 何かも分からぬ違和感にかられ、剣を止めた。 振り下ろす、それだけで片付くはずなのに。 (なん、だ・・・?) 刹那、ウィンは違和感の正体に気づいた。 慌てて周囲に目を走らせる。 無い。 見回す。 やはり、無い。 地面にあったはずの祝福の宝石がなくなっていた。 それほど時間は経っていない。 それはつまり・・・ (こ、この中に) “この中に人間がいるということ”。 ウィンの周囲を取り囲む幽鬼ども。 だが、その中にいるのだ。 祝福の宝石を拾った、生きた人間が。 そう思い至った瞬間、ウィンは凍りついたように動きを止めた。 高く掲げたその剣を振り下ろせない。 (ひ、人が・・・) 視界の左端にいた敵兵が剣を構えるのが見えた。 けれど、それでも動けない。 動かない。 突然に木偶と化した獲物に向かって突きかかる幽鬼の剣。 その刃先が迫ってくるのを見た途端、ウィンの頭の中はただ一つのことで一杯になった。 死にたくない。 しごく当然の欲求。 剣も砕けよとばかりに振り下ろす震波。 幽鬼の剣先がウィンの鎧に届くや否や、圧縮された破壊力は一気に縮爆。 周囲の兵を全て巻き込む爆風を炸裂させた。 空間さえも歪ませる連撃。 爆風が収まった後、ウィンの周囲には何も無かった。 誰もいなかった。 幽鬼たちの姿は影も形も無い。 消し飛んだ。 だが、ウィンは知っている。 その中に、少なくとも一人は“生きた人間が確かにいたこと”を。 彼は再び嘔吐に咽び泣いた。 〜2〜 「・・・悪趣味な場所だぜ」 ヴィンセントは独り毒づいた。 混沌の城郭に踏み込んでから、どのくらいの兵を倒しただろう? 10か? 20か? いや、30はくだるまい。 既に城郭内で動く者の数はかなり減っていた。 せいぜい20かそこらだろう。 と、視線の先に一際目立った動きをする兵の姿が映った。 (ナイト、だな) 自分と同じく、近衛兵の鎧を纏った冒険者。 (だが) 選択肢は一つだ。 背後から近づき、一気に間合いを詰める。 「・・・ちっ」 気づかれた。 相手もまた真空斬りとおぼしき剣戟を放つ。 共に大嵐繰り出し、離脱。 お互いに連撃の使い手である証拠だ。 (やっかいな相手だが・・・) 倒すしか、ない。 幾度と無く斬り結び、離脱を繰り返した。 ミスをした方が負ける、そんな闘争。 だが、ヴィンセントは途中からある思いに駆られていた。 (こいつ・・・) 知っている。 近衛兵の鎧に身を包み、その顔は見えないが。 太刀筋が、足の運びが。 一挙手一投足が。 (・・・まさか、な) だが、それはやがて確信に変わっていった。 昔、ヴィンセントのギルドにいたナイト。 彼が教え、鍛えた。 今は独り立ちしてギルドを立ち上げたとも聞いていたが。 (お前なのか? ウィン・・・!) (この相手・・・強い!) ウィンは再び間合いを取る。 お互いに必殺の威力を持った連撃の使い手同士の戦いは、同時に精神力の戦いでもある。 緊張の果てに疲弊する精神。 だが、ミスは許されない。 ウィンは右へ回り込もうとして・・・ (なっ・・・!?) 突然、足元が氷柱が立ち上がった。 針に突き刺されるような痛み。 だが、それが熱いと感じる前に彼は事態を悟った。 (氷結かっ) エルフが放つ、対個体用の技。 それはここカオスキャッスルでは恐るべき暗殺技となる。 (動けない・・・!?) 絶望に身が凍りついた。 慌てて周囲を見回す。 先ほどまで剣を交わしていたあの相手を探して。 だが、彼の目に映ったのは予想外の光景だった。 (え?) 嬉々として襲い掛かってくるはずの相手は、動けなくなったウィンを無視し、反対側へと駆け出したのだ。 そして、その先には弓を持った兵の姿が見えた。 (悪く思うなよ) 冒険者であろう弓兵を、盾にした幽鬼もろとも連撃で吹き飛ばしてヴィンセントは息をついた。 危険ではあった。 氷結の目標がこちらに移るまでに連撃が間に合ったのは幸運でしかない。 だが、その幸運が勝者と敗者を分ける。 別にウィンに情けをかけたつもりはない。 とはいえ・・・あの弓兵に向かっていったのは、 (私情が入ってない、とは言えないか) 苦笑する。 そして、混沌の城郭の中央に目を向けた。 (・・・?) 映ったのは、彼のことなど忘れたかのように幽鬼どもに攻撃を繰り返すウィンの姿。 真空斬りで位置を調節し、大嵐で巻き込み。 また真空斬りで位置と方向を調節し。 その繰り返しは舞いのよう。 (・・・来ないで) ウィンは祈った。 来ないでくれと。 その行動とは裏腹な祈り。 ヴィンセントは笑い出したかった。 自分を笑い飛ばしてやりたかった。 なんと愚かな。 馬鹿な。 油断したのだろう。 繰り返す緊張と緊張の合間で生まれた気の緩みだったか。 思考が鈍くなっていたのか。 ・・・どれでも同じことだ。 結果は変わらない。 真空斬りと大嵐の繰り返し。 その意味するところなど一つしかなかったというのに。 吹き飛び、消えゆく意識の中でヴィンセントは思った。 (ウィン、お前・・・強くなったなぁ) 大笑いしたい気分だった。 だが、もう笑うことも出来ない。 ヴィンセントの意識は闇に消えた。 「や、やった・・・?」 誘いに乗り、不用意に間合いを詰めてきた相手。 すぐさま神撃に繋げ、連撃を叩き込んだ。 だが、吹き飛ぶ相手を見ながら、ウィンは不吉な胸騒ぎに襲われた。 (なんだ・・・これ・・・) 何か、取り返しのつかないことをしてしまったような。 後悔にもひどく似た不安。 霧の向こうをしばし眺め、ウィンは首を振った。 仕方がなかった。 自分は来ないでくれと願ったのに。 なのに相手は近づいてきた。 だから、やむをえず・・・ だが、ウィンはそれが薄っぺらな自己弁護だと分かっていた。 自分は誘ったのだ。 相手を倒すために。 連撃を叩き込むために。 ・・・殺すために。 自分の意思で、誘いをかけた。 てぐすねをひいて待ち受けた。 自分の意思で、殺した。 (だからだ) この胸騒ぎの正体は。 きっとそうに、違いない。 〜3〜 「っ!?」 理解できない失意に襲われ、ふらふらと歩いていたウィンは突然全身に痛みを覚えた。 喉に込み上げる嘔吐感。 だが、手にこぼれたのは血だった。 血を吐き、崩れ落ちかける。 その視界の先で、杖を持った幽鬼の姿が映った。 毒の雨。 外と内、両面から敵を蝕む魔法。 (そうか・・・) そうなのだ。 自分は歩き彷徨うことも許されない。 選べない。 認めろ。 受け入れろ。 「や、やるしか・・・」 血の味を飲み込み、文字通り血を吐くが如く絶叫する。 「やるしか、ないのかよっ!!」 真空斬りで一気に跳躍、近くにいた幽鬼に一撃を浴びせ、そのまま駆け抜ける。 杖を持った幽鬼の手前で大嵐。 まだ遠い。 さらに疾る。 二人の間には崩れ落ちた奈落の穴。 だが、構わない。 ウィンは思い切り“宙を叩いた”。 震波。 凝縮した破壊の力は空間を震わせ、何も無い空間で一気に縮爆。 その向こうにいた杖を持った幽鬼を消し飛ばした。 「・・・」 ふらつく。 歪む視界。 その向こうでいくつかの幽鬼の姿が見えた。 近づいてくる。 それは近衛兵の鎧を着込んでいた。 だが、ウィンには彼らの顔が見えた。 それは外の世界にいるはずのギルメンたちの貌だった。 モーリス。 ディーン、ニコール。 デボアー。 ここにいるはずのないギルメンたちの貌をしていた。 ウィンは痙攣した。 だが、それはやがて笑いに変わった。 全身を引き攣らせるように、彼は哄笑した。 自分が涙を流していることにも気づかなかった。 そして、それが血の色をしていることも。 だが、もし気づいたとしても・・・それが何だというのだ? 彼は今の自分を想う。 人間ですらない。 血に飢えたが如き魔物だ。 魂を喰らう死神だ。 正気を失った暴帝だ。 嗚呼。 だから。 滲み、歪む視界に映る人影に心の中でそっと呼びかけた。 だから、友よ・・・きみたちを殺そう。 藁を刈るが如く。 〜エピローグ〜 「・・・彼はどうなったの?」 そう聞くカザンの声は掠れていた。 「彼は帰ってきたわ。強大な魔力を封じた剣を手にして、ね」 笑みのつもりだろう、ハロウェイは寂しそうに唇を歪ませた。 「すげぇ・・・な? それ、どれくらいの価値があったんだ?」 だが、ナセリの問いには答えず、彼女は言った。 「でも、彼はまた姿を消した」 だから、今も“そらふね”のギルドマスターは不在のままなのだ。 「彼は最後にこう呟いた」 沈黙の後、吐き出すように彼女は最後に呟いた。 「“僕は、死にたくなかっただけなのに”」 今度の沈黙は長かった。 そして、それを破ったのはカザンだった。 「ナセリ。これ」 近衛兵の鎧を放ってやる。 「い、いいのか?」 その口調は疑問系だったが、しっかりと鎧を抱え込んだナセリが言う。 小声で「やったぜ」と呟きながら。 「いいんだ」 カザンは短く答えた。 だが、顔を上げたとき、そこにはもうナセリの姿は無かった。 転移したのだ、混沌の城郭の中に。 カオスキャッスルに。 カザンはため息を一つつき、ハロウェイのほうを見た。 「ハロ、僕は・・・」 何を言おうとしたのか、自分でもよく分からなかった。 そんな彼に優しく微笑み、 「あなたの耳は心に繋がってた。だから、今わたしの目の前にいる」 ハロウェイは手を差し出した。 カザンはその手を取り、頷く。 「さ、みんな待ってるわ。帰りましょう・・・わたしたちのギルドへ」 わたしたちの家へ。
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