短編小説っぽいもの
ザイカン23 --
本編
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キャラクター紹介コメント
『ザイカン23』
〜プロローグ〜 加奈は部屋に帰るとカバンをベッドに放り出し、いつものように机の方に向かう。 バウンドした弾みに、カバンから丸まった紙が顔を覗かせた。 今日もらった賞状だった。 なんのことはない、よくある読書感想文コンクールの賞状。 それには加奈の名前と、最優秀賞であることが記されていたが、何の感慨もわかなかった。 ただの紙きれ。 誰か他人宛の手紙のように実感のない紙。 それを一顧だにせず、加奈は机の上にあるパソコンの電源を入れる。 いつものように、そこには異世界が彼女を待っている。 ただ、いつのまにか乾いてしまった異郷が。 〜1〜 大陸に降り立った彼女は輝緑の鎧に包んでいた。 足元にはアルゴスであることを示す光輪と、+13の証であるオーラが立ち上っている。 かつては誇らしげに見えたその輝きも、今ではいつも通りという感想でしかなかった。 周囲の冒険者が羨むような装備を黙々と倉庫から取り出していく。 緑の文字で彩られたアクセサリー。 城主合成で誕生した弓。 その荒々しくも優雅なフォルムも、もう彼女にため息をつかせることはなくなっていた。 倉庫から取り出すたびに、密やかな満足にため息を漏らす日々もあったというのに。 身支度を終え、妖精ララから消耗品を購入する。 ふと思い出した。 “ララがお酒を売ってないのはね、彼女が自分で全部飲んじゃってるかららしいよ!” 口元が緩むのを感じた。 なんとなく久しぶりな気分。 狩りに行くつもりだったが、気が変わってデビアスに行くことにする。 狩りはどうせ作業と化してしまっている。 いや、彼女にとっては義務・・・か。 移動先一覧を呼び出し、雪の都を選択する。 そこにはリアルの友人がいる。 バラエルで、妖精ララの黒い疑惑を振りまいた友人が。 〜2〜 「カナやん、おひさー^^」 デビアスに着くなり、目の前に目的の人物はいた。 (おひさー、って・・・) 昼間、学校で会ったばかりのはずだったが。 この娘はいつもながら無邪気に声をかけてくる。 「・・・むーみん」 「ん? なになに?」 「何度も言ってるでしょっ、オープンで本名を呼ばないで!」 「あー、ごめんごめんw」 本当に反省しているのか疑わずにはいられない調子で謝ってくる。 「じゃあ、ロザリンド?」 (う!) しまった・・・リアルでも友人だと、異世界での名前は返って恥ずかしい。 「・・・カナやんでいいわ」 「いいの?」 「よく考えたら、本名かどうかなんて聞いただけじゃ分からないし」 本名でもあり得るようなキャラの名前は意外に多い。 「今、本名って言っちゃってるけど・・・」 「う」 「さっきなんか絶叫してたし」 (誰のせいよっ!!) 深呼吸する。 なにげに凍りついた空気。 全身に感じるアゲインスト。 「・・・」 「・・・?」 「ところで、話は変わるんだけど」 「Σ」 逃げた! 真実から逃げた!! 「カナやん・・・赤面しながら無理すると、萌えちゃうよ?」 意味の分からないことを言う。 「遠慮はいらないわ。さぁ、萌えなさい」 何の対抗意識か、胸を張って、こっちまで意味の分からない返事をしてしまう。 「うん、萌えるー^^」 何が楽しいのか、いつものように笑顔満面で喜んでいる。 むーみんはリアルでもこうだ。 いつもフワフワした、幸せそうな笑顔を能天気に浮かべている。 それが少し羨ましい。 馬鹿と紙一重かもしれないが、強さだと思うから。 その無邪気な空気に、周囲まで何となく太平楽な気分でくつろいでしまう。 本名はむつみだが、むーみんの愛称で皆から親しまれている。 決して美人ではないが、とてもかわいい子だと加奈は思う。 ・・・自分にはないものだ。 〜3〜 「カナやんって、もうDL作れちゃう?」 興味津々な様子で、むーみん。 この小動物のような好奇心を保つ元気はどこから湧いてくるのだろう? 「とっくよ」 興味なさげに答える。 「ふぇ、フェンリルも・・・?」 「・・・廃って言いたいわけ?」 だとしたら、フェンリル合成に成功したことは秘密にしておこう。 だが、彼女はブンブンと力いっぱい首を振った。 「ちがーう! スゴイって言いたいのっ」 (何もそんなに全身で表現しなくても・・・) なぜ、この子は体育会系のクラブに入っていないのだろうか。 この無駄に消費されているカロリーはあまりに勿体無い浪費だと思う。 卓球とか、意外に好成績を残すのではないだろうか。 レギュラーより元気な、万年補欠の応援選手のセンもあるが。 「やっぱカナやんはすごいねぇ」 「そぉ?」 「あたしなんか、まだマケンシも作れないんだよー?」 言葉のわりにはニコニコしている。 いつものことだが。 「むーみんってバラエルよね?」 「うん、そー^^」 やっぱり明るい。 この娘がいれば、停電しても懐中電灯はいるまい。 (一緒にはじめたのになぁ・・・100も差がついちゃったか) 加奈のほうは敏捷エルフだ。 それも要求止めの完敏タイプ。 自分は幸運だったと思う。 この大陸に降り立って、すぐに高名なギルドに拾われたからだ。 新人に飢えていたこともあるのだろう、文字通り手取り足取りレクチャーしてくれた。 口うるさく思えたこともあったが、今は良かったと思う。 ステに無駄など1ポイントもない。 最適なステと、最適な装備で、最も無駄のないであろう効率的なレベル上げをしてきた。 早かった。 だから、目の前のバラエルと100も差がついているのだ。 財産にも格段の差がある。 加奈は+13を揃えるのに山のようなアルゴスを燃やしてきたが、目の前のバラエルはいまだに+7のEXだ。 それもEXOPは一つのものばかり。 ダメ減や回避はいちいち着替え直しているという。 そう、自分は恵まれている。 運が良かった。 そうでないはずがあるだろうか? ・・・あるわけがない。 〜4〜 「あ」 「ん?」 「HPならカナやんに勝てるかもー^^」 加奈は思った。 それはエルフにとって自慢になるのだろうか? 「ひょっとして、けっこう体力に振っちゃってるの?」 「うん、かーなーり丈夫だよぉ」 “かーなーり”の部分に激しく不安になった。 この娘が言うのだ、10や20ではあるまい。 「セトEEさんより丈夫だよー」 (Σえぇっ!?) 「あなた、いったいいくつ振ったの?」 「んー・・・もうすぐ100?」 加奈は天を仰いだ。 そのLvでその体力振り。 自分なら即削除して作り直すだろう。 「・・・」 困った。 完敏の自分では、何を言っても嫌味に聞こえてしまうかもしれない。 それには抵抗があった。 「ま、まぁ・・・無駄なステ振りしても、その分Lv上げちゃえばいいもんね」 目の前のバラエルはLvも低かったが。 (あぁぁぁぁっ、無駄とか言っちゃった・・・) 激しく落ちこむ。 自分は何で、こうもデリカシーのない言い方をしてしまうのだろう。 言葉選びが下手なのだ。 それは自分でも分かっていた。 分かっているから、どんどん無口になっていく・・・それなのに。 「えー、無駄じゃないよぉ」 不満そうに頬を膨らませ、上目遣いでむーみん。 睨めつけているつもりらしいが、何とも愛らしかった。 そのことに少し安心する。 加奈の言葉くらいで傷つくほど彼女はヤワではないのだ。 「カナやん、これ何かわかる? ゴーレム12、ギガ8、骸骨4、IQ9、バル様7・・・」 「・・・?」 目の前のバラエルはニヘヘと笑って、 「倒すのに振った体力の数だよぉ」 「冗談・・・じゃないみたいね?」 「もちろん!」 威張るな。 そして、彼女はとっておきの秘密を打ち明けるように、にやにやしながら囁いた。 「ザイカンなんて、なんと23も!!」 「・・・」 どう答えればいいのだ。 自分にどういうリアクションを期待しているのだろうか、この能天気娘は。 「・・・セト着れば良かったんじゃない?」 思わずつっこんでしまう。 「あぁっ」 「な、なに?」 「セトとセットって似てるよねぇ^^」 「・・・」 加奈は不安に駆られた。 この娘から無邪気さを取ってしまったら、後に何が残るのだろうか? 「つまりぃ」 むーみんが得意げに続ける。 「今は無駄に見えるステでもね、歴史があるってことなのー」 わかる? わかる? そう言いたげに、子猫のような目で見上げてくる。 嬉しげに、 「思い出の詰まったこの体力にね、無駄なんて1ポイントも無いんだよぉ」 そして、むーみんは言いきった。 「これが“あたし”なの!!」 〜5〜 そうだった。 彼女は思った。 この能天気娘はお馬鹿に見えながら、意外なところで“強い”のだ。 読書感想文のセミナーでもそうだった。 むつみも、加奈と同じく読書感想文の出品候補の一人として講習に呼ばれていた。 こういうものを強制させたり、ましてやセミナーまでして力を入れることはないと思ったが、学校側はそう思わなかったのだろう。 あるいは、保護者一同が思わなかったのか。 担当の講師は文学青年だったのだろう。 生徒が選んだ作品ごとに、詳しすぎるほどレクチャーしてくれた。 多少、度が過ぎていたようにも思う。 “あぁ。この作品はね、筆者が幼児期の体験を元にして書いたんだ。この部分は・・・” “このセリフ、どういう意味が込められているか分かるかい? これはね・・・” “あぁ、違う違う。これの解釈はね・・・” それは正解だったのだろう。 講師なのだし、知識が間違っていたとは加奈だって思わない。 むつみだって、そうだったろうと思う。 だが、彼女は無心にレクチャーしたがる講師に向かって言った。 やめてください、と。 そして、言い切ったのだ。 “これは、あたしの感想文です” 結果、むつみの作品は選ばれもしなかった。 その選考に私怨などはなかったと思う。 純粋に質の問題だ。 客観的に作品を評価して、そこに不正はなかったと思う。 それでも、むつみはいつものようにニコニコとしていた。 加奈には不思議だった。 何がそんなに幸せなのだろう? 不愉快すれすれの、あやうい疑問。 なんで満足なの? このコンクールで、加奈は最優秀賞に選ばれた。 その賞状は今、ベッドに転がっているカバンから出されもしないで放置されている。 なぜなら、それは加奈にとって・・・ただの紙きれだから。 〜6〜 加奈はロレンシアの裏道を歩いていた。 むーみんには用事を思い出したと言ったけれど、それはでまかせだった。 特にあてもなく、さまようように歩き続ける。 そこで、彼女は魔物に出会った。 (しまった!?) 油断していた。 その存在に気づいてはいたのだ。 通りの影の部分、そこに魔物はいた。 PK魔。 その身は罪に黒く汚れ、その翼は返り血に塗れて紅い。 かつて冒険者であったモノであり、闇に身を堕とした心弱きモノであるとも言われる。 が、真偽は定かではない。 魔物の動きは疾かった。 気づいた時には、壁に押しつけられていた。 「アナタハ、ダレ?」 ひどく掠れたその声は、なぜか女性の声に思えた。 「い、いきなりな質問ね」 「アナタハ、ダレ?」 繰り返される質問。 その魔物の目は正気を失っているように思えた。 「名前も知らない相手に失礼な対応ね?」 加奈は強がって見せる。 当然だ。 他にどう言うというのだ? 許して? 助けて、お願い? 冗談じゃない! “お願い”なんて、なんでこんな相手に言わなければいけないのだ。 理不尽だ。 だから、言わない。 元々の苛立ちのせいもあったのだろう、加奈はいつになく反抗的な気分になっていた。 あるいは・・・ひどく自暴自棄な気分に。 「ソウジャナイ、ソウジャナイ・・・」 否定の言葉を漏らす魔物の目は、狂おしいほど哀しく見えたのは気のせいだったろうか。 「ナマエ、ジャナイ・・・ロザリンド」 「っ、じゃあ何なのよ!!」 思い切りこぶしを叩きつけたが、魔物の身体はびくともしなかった。 それが元はGDと呼ばれる防具であることに加奈は気づかなかったが、気づいていても何も変わらなかったろう。 「!?」 いきなり魔物の貌が視界一杯に迫ってきた。 「アナタハ、ダレ?」 唇が触れ合うほどの距離で、心を覗き込むような虚ろな目で、魔物は告げた。 「アナタハ、ホントウニ、アナタ、ナノ・・・?」 〜7〜 時間が止まった、ように思った。 加奈は無意識のまま、ロレンシアの裏道を歩き続けている。 魔物はあの後、力尽きたように崩れ落ちてしまった。 そして、地面にひれ伏して慟哭するように・・・泣いていたように見えた。 鳴いて、哭いて、泣き続ける魔物を後にして、加奈は立ち去ったのだ。 あの魔物は既に正気を失っている。 興味は無かった。 だが、魔物の言葉は加奈の心を確かにとらえていた。 彼女の言う通りなのだ・・・むーみんの、そして魔物の。 加奈だって、本当は分かっていた。 ただ、目を逸らしていただけ。 逸らし続けて、作業し続けていただけ。 なぜ、彼女は講師を前にああ言い切ったのだろう? なんで、彼女は満足そうなのだろう? なぜ、バラエルなのに・・・自分より幸せそうなのだろう? この単調な作業、この乾いた世界の・・・なにが楽しいというのだ? 違う。 世界が色褪せていたのは自分のせい。 自分がそう、世界を作ってきたのだ。 加奈のステは完璧だ。 効率にも無駄がない。 無駄の無いステ、最適な効率。 その繰り返しが、彼女を大陸有数の敏エルにした。 威風堂々とした輝きよ。 足元にも近寄らせぬ高みよ。 けれど、振りかえった時・・・何も無かった。 足元には何も遺されていなかった。 当然だ。 何も思い出の無い過去で作り上げられたそれは、砂上の楼閣に等しい。 分かっている。 完璧なステが悪いわけじゃない。 効率を求めることが悪いんじゃない。 ただ、過程で他に何も求めなかった。 それは無駄だと信じていたから・・・要らないはずだった。 いや、いつもこうなんだ・・・。 ふと彼女は思った。 リアルでもそう。 友達とは楽しげに話す。 そして、笑顔で手を振って別れる。 次の瞬間、一人になった彼女からは表情が消える。 スイッチを切り替えたように。 プリクラが流行っていた頃、手帳一杯に貼っていた。 埋め尽くすほどの数の写真の中で、笑っている自分。 自分と一緒に移っている、たくさんの笑顔。 けれど、時にそれを見つめることが寂しく感じることがあった。 でもそう感じることは、ひどく理不尽な気がした。 MUでもそう。 FL一杯の登録。 クエストPTで一緒になった相手の名前、名前、名前。 でも、彼女にとって・・・それはただの文字だ。 〜8〜 「あ、おかえりー^^」 むーみんは笑顔で迎えてくれた。 「ねぇ・・・一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」 「あたしにわかることならいいよぉw」 「どうしても思い出せなくて・・・」 「ふぅん?」 なにかな? なにかな? いつもなら、そう言わんばかりの様子で迫ってきただろう。 けれど、加奈の様子に何か感じ取ったのだろう、今は大人しく言葉を待っている。 「一緒にMUを始めたころ」 「うん」 「わたしって、どんなキャラが作りたかったのかなぁって」 一瞬きょとんとした表情の後、目の前のバラエルは笑い出した。 「あはは、あたし憶えてるよー^^」 「むーみんに話してた?」 「うんうんw」 全ての始まり。 この幸せそうな能天気娘と一緒にMUを始めたとき。 同じ場所に立っていたはずのころ。 「カナやんはねー」 「うん」 そこでこらえきれなくなったのか、むーみんはクスクスしながら 「魔法を使えて、敵を殴り飛ばして、いくら攻撃されても死なないキャラにしたいーって、言ってたよぉww」 「それ、わたし・・・よね?」 「うんうんw」 呆れた。 そんな馬鹿なことを考えていたとは。 なんだ、そのキャラは。 「本当に作ろうとしたら、カナやん究極のバラエルさんだねぇw」 まったくだ。 自分の言葉という実感の無いまま、加奈は心の中だけで呟いた。 (おかえり、わたし) そして、横にいる能天気な友達に話しかけた。 「ねぇ?」 「うん?」 「新キャラを作ろうと思うんだけど・・・一緒に遊んでくれる?」 今まで、一度もPTしたことのない友達が笑って答える。 「あはは♪ いいよぉ^^」 ザイカンに23はありえない。 ゴーレムに12だって。 でも、3か4なら・・・悪くはないのかもしれない。 ひょっとしたら、5くらいは。 1Lv上げるだけの分だ。 それくらいの体力は・・・きっと私にだって構わないに、違いない。 「カナやん、カナやん」 「なに?」 「ソルも呼べるになったし、次は氷結だねぇ♪」 「はぁっ!? ちょ、私はエナエル・・・」 「えぇぇぇっ」 「な、なによ、その反応は」 「だってぇ、それじゃ初心貫徹にならないよー?」 「あのねぇ・・・」 「カナやんって、うそつきさん? うそつきさん?」 大陸の片隅で、加奈の叫びがこだました。 「私は過去を振りかえらない女になるのよっ!!」 「おー、前言を撤回するのをためらわない男らしさだぁw」 「私は女よっっ!!!」 「あ」 「今度はなにっ?」 「あはは、赤も青もきれちゃったぁ」 ぷちっ。 「こ、この馬鹿娘・・・バハの大群釣りながら言わないでっ!!」 ロザリンド様の攻撃で、正当防衛になりました。 〜エピローグ〜 一年後。 加奈が満足げに見つめる先には、額に入れられた賞状があった。 そこには加奈の名前と、佳作であることが記されている。 「あら・・・かなちゃん、それ昨日の?」 「うん、そう」 母親は首をかしげながら、言ったものだ。 「ヘンな子ねぇ・・・最優秀賞の賞状は捨てちゃったのに、佳作のは飾りたがるなんて」 そんな母に、加奈は胸を張って言い切った。 「当然でしょ! これは・・・わたしのなんだから、ね」 ちなみに。 むーみんはまた選ばれなかった。 読んだ作品は『あらしのよるに』。 良い作品なのだが・・・絵本だけれど。
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