短編小説っぽいもの
夜鷹 --
本編
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キャラクター紹介コメント
『夜鷹』
〜プロローグ〜 僕は・・・彼女が聴覚障害だなんて、まるで知らなかった。 僕がそれを知ることになったのは、ほんの偶然。 話の流れ。 勢い。 意味の無い・・・本当にそうだろうか? MUという、MMOで出会った星数ほどのプレイヤーの一人でしかない。 お互いにとってそうだ。 僕にとっても、彼女にとっても。 だから、か? それとも・・・それなのに、なのか? 分からない。 〜前編〜 「わたしね、耳が聞こえないの」 彼女がそう言ったとき、僕は本当の意味を分かっていなかった。 当然だ。 誰に分かるだろう? 本当に・・・目の前にいるエルフの、その奥にいる“本当の彼女のこと”だなんて。 「このキャラじゃないわよ?w」 そう言って、多分、彼女は笑っていた。 僕がまだ手をつけていなかった、デビアス名物の蒸留酒を口に運ぶ。 見た目によらず、一息に飲んでしまう。 「くぅー、美味しい! やっぱりお酒は人類の至宝よねー♪」 「・・・ちょっとオッサンくさいんじゃないかな」 「あ。そういうこと言う?」 咎めるように彼女。 だが、人類の至宝とやらのおかげだろう。 すぐに鼻歌まじりの上機嫌で、残りの料理を平らげ始めた。 「リアルでも酒好きだったり?」 特に知りたいわけでもなかったが、僕は何となく尋ねた。 「うん、好きよ。ワインとかじゃなくって、こう・・・“くぅぅ、この一杯のために生きてんなぁ♪”っていうのが好きw」 「だからオッサンくさいって」 「もちろん実際には言わないわよ、そんなw」 「ん、安心したw」 言わないほうがいいのだろうか。 「あのさ」 「ん?」 「・・・さっきのことなんだけど」 言ってしまった。 触れないほうが良い、当然そう忠告してくる心の声は聞いていたのだけれど。 このとき僕はまだ、多分信じてはいなかったのだろう。 彼女が笑って、冗談に決まってるじゃない・・・そう言うと思っていた。 「あー、耳のこと?」 「あ、うん」 ほら。 もう次の瞬間には彼女は笑い出すに違いない。 だが、そうならなかった。 「やっぱり耳が聞こえないせいかな、MMOが好きなの」 「え?」 「お酒と同じくらい・・・ううん、きっと一番好きなの。私の中で」 「MMOが?」 MMO。 ネットを経由して多人数が行き交い、同時に遊ぶゲーム。 簡単に言えば、そんなところだろうと思う。 「MMOだと声に出さなくて良いじゃない? 話すのに」 「うん、そだね」 「わたしコンプレックスなのよ、話すのが」 「リアルで、ってこと?」 「うん、そう」 彼女は手を伸ばし、空になった杯に蒸留酒を満たす。 こちらに問いかけるように酒を注ぐ仕草をしたが、僕は「まだいい」と言って断った。 「耳が聞こえないとね、話すのも難しいの」 「話す・・・声に出す、っていう意味?」 「そ。会話以前の問題ね」 杯を傾けた。 「だってそうでしょ? 自分で確認できないんだもの」 あ、そうか・・・。 なるほど、それは気づかなかった。 普段意識はしていないが、僕らは自分の声を聞くことが出来る。 少なくとも、何と言っているのか自分で確認することが出来る。 だから言い間違いにも気づくし、ろれつが回っていないのが自分で分かったりするのだ。 だが、彼女は・・・自分の声を知らない。 聞いたことが無い。 そして、僕には分からないけれど・・・きっと、自分の発音が確認できないから、上手くしゃべれないのだ。 多分。 「“よだかは実にみにくい鳥です”」 僕は数瞬、何を言われたのか分からなかった。 そのとき、“声”なら彼女のそれが硬くなったことに気づいただろう。 いくら鈍い僕でも。 でも、チャットは文字だから気づかなかった。 彼女は何でもないように、 「宮沢賢治、『よだかの星』。知ってる?」 「あ・・・多分」 小学生の頃だったろうか、教科書で読んだことがあった。 おぼろげな記憶。 かなしい物語だったような気がする。 高く高く・・・ひたむきに、その身を燃やして・・・。 「文字はね、きっと綺麗な音がするの」 「え?」 今度も、僕は何を言われたのか咄嗟に分からなかった。 けれど、今度は僕のせいってわけじゃないだろう。 “文字”と“音”は、普通は共生しない。 無表情に、そっけなく彼女は言葉は続けた。 「くぐもった、お化けみたいな声だって言われたわ」 僕の思考は止まった。 いや、感情か。 ただ、どこか遠くの他人事のように、全身の血が逆流するのを感じた。 「言われた、って変よねw」 彼女は笑う。 多分、面白くもなさそうに。 そして付け加えた。 「聞こえやしないのに」 動け。 動けよ。 だが、僕の頭は回転することを止め、凍りついたように唇も動かなかった。 彼女が空になったグラスを暖炉に放り込む。 そして言った。 「紙に書いて見せられただけ」 このとき、僕はどう言えば良かったのだろう? 本当はどう言えば彼女を救えたのか・・・。 僕は吐き捨てるように言った。 「忘れろよ、そんなの。野良犬に噛まれたと思ってさ」 彼女は静かに僕を見つめ、おそらく感情のこもっていない声で言った。 「あなたは犬に噛まれて忘れられるの?」 きっと、僕は自分が思っているよりも大馬鹿なのだ。 〜後編〜 「ねぇ」 「ん?」 「宝石の音って、どんなかしら?」 僕は返事を戸惑った。 正直、まだショックから抜けきれていなかったせいもあったろう。 「みんなが聞きたがってるんだもの。きっと素敵な音なんでしょうね」 チャットは文字だ。 文字は無表情だ。 僕は歯軋りをした。 彼女が見えないことに。 今の言葉を、彼女がどんな表情をして言ったのか分からない不安に。 ちくしょう。 「そうかな、つまらない金属音さ」 「ぶっきらぼうね」 「そうかい?」 僕は杯に残っていた蒸留酒を一気に飲み干した。 「でも、今のあなたの文字は優しい音がしたわ」 むせた。 「・・・なんて答えればいいのか分からない」 「ふふ、かわいい音」 「やめてくれ!」 僕は悲鳴をあげる。 「ふふ^^」 “^^”、これが彼女の笑い声だ。 そう僕は思った。 悪くない。 全然、悪くない。 〜エピローグ〜 僕がそれを知ることになったのは、ほんの偶然。 話の流れ。 勢い。 意味の無い・・・本当にそうだろうか? MUという、MMOで出会った星数ほどのプレイヤーの一人でしかない。 お互いにとってそうだ。 僕にとっても、彼女にとっても。 だから、か? それとも・・・それなのに、なのか? いつか、答えてみせる。 僕は、僕に期待する。
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