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短編小説っぽいもの

題材“結婚式” --  本編後書きコメント
 『題材“結婚式”』



〜プロローグ〜


「ねぇ、あれ憶えてる?」
「うん?」
「ほら、ラピスとラズリ、二人の羽化祝いに行ったカントル遠征で・・・」
「あぁ、翡翠のやつが道に迷って」
「違うわよ。トパーズが遅刻して・・・」
「あぁ、それでアクアがキレて!」
「そうじゃなくて、ガーネットがDSの時間を間違えて」
「そうそう、そしたらルビィが」
「違うったら! あれはルビィが入隊する前じゃないの」
「いやぁ、そんなこともあったな・・・懐かしいよ、うん」
「・・・・・・ねぇ、時々不安にならない?」
「何が?」
「わたしたち、結婚して大丈夫なのかって」



〜1〜


「ちょ・・・ダメですってば! 関係者以外は立ち入り禁止っ・・・」
そんな制止の声に耳を傾ける様子もなく、奥の部屋へとズカズカ入って行く三人の男たちの姿があった。
部屋の前に下げられた“新郎”というプレートを一瞥するなり、躊躇無く扉を開けようとする。
それを阻止しようとして、軽くあしらわれているナイトはコーディアライトという。
今日の結婚式で新郎サイドの世話係・・・というか、新郎側ギルドの雑用係である。
“一文字の御使い”が執り行うイベントとはいえ、結婚式となれば段取りもあれば準備もある。
新郎新婦、それぞれのギルドから数人が派遣され、つつがなく最高の式を行えるようにするのが慣例となっていた。
そして、新郎側の準備チーム・リーダーが彼、コーディアライトであった。
自分の所属するギルドのギルマスが新郎ということもあり、彼はこの一週間で準備を万端に整えてきたのだ。
狩りにも行かず、DSやBCにも行かず。
CCにさえ空いた時間でしか行かなかった。
あぁ、それなのに。
そこまで苦労しているにも関わらず、新郎を祝う訪問は無遠慮を極めた。
本人たちは悪意どころか、祝う気持ち一杯なのだから返って始末に悪い。
こちらは疲労を押して頑張っているというのに、どいつもこいつも神経を逆なでするほどの陽気な笑顔で、こちらの段取りに割り込んでくるのだ。
祝い事だから・・・と大目に見られる性格であれば気苦労も少なかったろうが、かなしいかな、コーディアライトは生真面目な男だった。
今日も今日とて、胃薬を薬屋のポーラに調合して貰ってきたばかり。
(こ、このシクシク痛む胃との付き合いも今日まで・・・きょ、今日を乗り切れば・・・)
コーディアライトのそんな悲壮な決意をよそに、三人の客人は完全に新郎の部屋に入り込んでいた。
奥にいる新郎を見るなり、傍若無人な彼らは歓声を上げ、そして・・・
「え・・・ま、まさかっ!?」
コーディアライトが目を見張って硬直する間もあらば。
彼らはなんと、荷物から一斉に花火を取り出した。
手に持つ小さな花火ではない。
いや、携帯花火なら室内でやって良いというものでは決してないが。
この大陸で花火といえば、打ち上げ式のやつである。
しかも大量。
おぉ、彼らの笑みのなんと邪悪なことか!
制止か悲鳴か、はっきりしない絶叫をコーディアライトが発する中、部屋は乱舞する光と爆音に包まれた。
攻城戦で投石機の一斉射撃を食らったときのように、頭を抱え込んで丸くなるように地面に伏せる。
コーディアライトには、三人の客の歓声が悪魔の哄笑に聞こえた。
ありえない喧噪がやんだ後、おそるおそる顔を上げる。
茫然自失のていで部屋の中を見回し、はっと我に返ってPTチャットで雑用チームに叫ぶ。
「~消防を・・・み、水っ・・・いや、氷雪を使えるウィザードを寄越してくれ! 大至急だ!!」
必死の形相で連絡を取る彼を尻目に、客の一人が慌てた様子もなくアイスバインドで、そこここで燃え出した火をピンポイントで消していく。
その手慣れた様子を見ながら、
(プ、プロの手口か・・・?)
などと思ってしまうコーディアライト。
と、そんな彼にPTチャットで
「~コーディさん、何があったんですか!?」
当然の反応が返ってきた。
彼は明鏡止水の心で部屋を見渡し、鎮火を見届け、
「~いや、もういい・・・もういいんだ」
なにもかも。
どうなろうと知ったことか。
そんな投げやりな気持ちに襲われたのも無理ないことだったが。
一方の客人たちは、驚いているのか呆れているのか微妙な新郎を取り囲み、バシバシと肩やら頭やらを叩いている。
数刻前のコーディアライトであれば、
「あぁっ、セットした髪が!!」
と慌てるところだが、今や彼は真っ白に燃え尽きていた。
そんな彼と別世界にいるが如き陽気な様子で、新郎を取り囲む客人が盛り上がっている。
部屋も別世界の有様になっていたが。
「クォーツ! まさかお前が結婚するとはな!」
「本当だぞ、俺が知る限り一番のいいかげんな男だったってのにな」
「うんうん、口だけ達者の無責任なお調子者だった」
「ありえないよなぁ・・・偽装結婚じゃないか?」
「おー、それなら分かる!」
「むしろ、そうでないとおかしい!」
散々な言われようである。
されるがままになっていた新郎が、その言いようにようやく口を開いた。
「お前ら、何しに来たんだ・・・?」
無理からぬ呟きであったが、これは当然のこと轟々とした非難にあう。
「なんてことだ! 聞いたか、みんな」
「あぁ・・・友を祝う気持ちで一杯の私たちに、なぁ?」
「ありえないな」
「うむ。きっと結婚する自分は、俺たちより高等なんだと増長してるんだろうな」
「独身は絶滅して然るべき敗残種と言いたいわけか」
「昔はこんなことを言う子じゃなかったのに・・・」
「どこで育てかたを間違えたんだろう?」
「きっとあれだ。ギガ広場で出会ったときにあげたリンゴが落ちてたやつだったからだ」
「泥のように汚れた人間に育ってしまったわけか」
「かなしいな、人の善意を信じられないというのは」
「まったくだ。そんな人間が結婚するというのは間違っていると思わないか?」
「確かに」
「どうやって式をぶち壊す?」
「そうだな。ここはヘルバで・・・間違いを正すためだ、これくらいは仕方があるまいよ」
「・・・お前ら、本当に何しにきたんだ」
言いたい放題の客人三人に、苦笑しながら新郎がもう一度言う。
「あー、ギルマス。追い出しますか?」
自分を取り戻したらしいコーディアライトが聞いた。
「それも魅力的な選択肢だが・・・いいよ、このままで。すまないな、コーディ」
新郎のギルマスが答える。
「本当に?」コーディアライトが眉を上げて見せ、
「式に差し支えたら、新婦に殺されるのは僕なんですけどね?」
「大丈夫。彼女は寛大だから・・・私以外には」
大いに眉唾だ、と言わんばかりの表情でコーディアライトが
「遅刻は厳禁。身だしなみも完璧にして式に臨んで下さいよ?」
「約束する」
「本当に?」
「誓うよ、私の初恋の人の名にかけて」
「・・・それ、新婦に言っていいですか?」
「もちろん。私たちの間にやましいことや隠し事は何一つない。平気だとも」
少しまずかったか、と思いながら、コーディアライトを部屋から追い出す。
そして振り返り、改めて三人の客を見た。
真っ先に花火を出したナイトはヘリオドール。
氷柱で消火していた魔剣士がジルコンで、紳士に見えて実は一番タチが悪いウィザードがスポデューメン。
三人とも新郎のクォーツとは違う連合だが、友好ギルドということもあって顔なじみの面々だった。
歓迎と喜びを表現すべきか、と思いつつも、
「室内で花火は無いだろう、花火は」
と苦笑してしまう。
祝いに押し寄せた中には色んな連中がいたが、さすがに室内で花火を炸裂されたのは初めてだ。
「祝い事といえば花火だからね。様式美というやつだよ」
と、これはスポデューメン。
ヘリオドールが「驚いたろ?」とニヤニヤする。
「驚いたよ」
正直に答える新郎。
「これ以上に驚いたことは二つくらいしか思いつかない」
「む。まだ甘かったか」
ほっておくと盛大にやり直しをしそうなジルコンに、
「やめてくれ。これ以上やるとコーディが気の毒だ、倒れるよ」
まんざら冗談でもない様子で新郎が言う。
「それは可哀想だ。彼は良い若者なのに」
と、これはコーディアライトと初対面のスポデューメン。
その後、ふと気が付いたように新郎に聞いた。
「これ以上に驚いたことって?」
「一つは、私のプロポーズをスフェーンがOKしたことだよ」
「なるほど、それは驚きだ」
大いに頷く一同。
「というか、ありえない」
「うん、青天の霹靂だね」
「そこまで言うことはないだろう?」
さすがに苦笑して抗議する。
「いーや、誰だって同じことを思うさ! で?」
「で?」
「もう一つは?」
「あぁ・・・私が清水の舞台から飛び降りる思いでしたプローポーズをOKした彼女が、その後すぐに“あなたって冗談が好きよねぇ。で、ほんとの用件はなに?”って言ったこと」
あれは驚いた。



〜2〜


「・・・本当に来てしまいましたね」
式場のあるデビアス城郭裏手の森の中、ため息まじりの女の声がした。
「無論だとも! 私はいつだって本気だ」
「ええ、残念なことに」
「どういう意味だ?」
「いえ。・・・それで、どうしますか?」
問われた男は「決まっている」と答え、
「愛を取り戻すのだ」
などと大まじめな顔でのたまう。
「マスター。“取り戻す”という言葉の使い方は正確ではありません」
「なに?」
「それは一度は所有していた場合に使う言葉ですから」
冷淡ともいえる素っ気ない口調で女。
だが、男はまったく動じない。
「彼女はまだ気づいていないだけなのだ、私の魅力にな」
平気でのたまう。
「それを世間では片想いと言いますが」
「その言葉は嫌いだ」
切って捨てる。
「いいか、クリスタル。重要なことは、私の彼女への想いが真実の愛だということだ」
それはストーカーの論理だ。
一方通行の感情を報われて当然と振りかざす時点で、恋愛にはまだ早いと言わざるを得ない。
身勝手な愛情が許されるのは幼い子供だけだ。
「それで花嫁を誘拐するわけですか」
うんざりした様子を隠そうともせずに女が言う。
「誘拐などと人聞きの悪いことを! 逃避行・・・そう、愛の逃避行というべきだ」
「人身拉致は犯罪ですが」
「だから愛の逃避行だと」
「まだ生まれていない愛ですが」
自分はなんでここにいるんだろう?
そう自問自答しながら、目の前の男を冷ややかに眺めるサブマスター。
だが、目の前の男・・・彼女の所属するギルドのギルドマスターはくじけなかった。
「そう! “まだ”、そこだよ。正に問題はそこなのだ」
握り拳を突き上げ、「これから生まれる愛のために私たちは戦わねばならないのだ」と力説する。
「わたし、たち・・・?」
さも嫌そうに女が言う。
複数形であることに明らかに不満があるらしい。
「もう一度だけ確認させて下さい。捨てきれない希望のために」
「うむ、希望は大切だ。言ってみたまえ。何かね?」
「本気なんですね?」
「私が冗談を言ったことがあったか?」
パンドラの箱の底に何も残っていないことを確認した彼女が答える。
「いえ。・・・残念なことに」



〜3〜


「・・・マスター。かえって目立ってますが」
「そ、そうか?」
会場であるデビアス城郭内で、コソコソと柱から柱からに身を潜めるように移動する男をたしなめるのは、希望を失ったクリスタルだ。
言われたギルマス、スピネルのほうもさすがにバツが悪そうに咳払いをし、
「立派なものだな」
と感心したように呟く。
「仮にも“一文字の御使い”が執り行うイベントですからね」
こちらはつまらなそうにクリスタル。
そして、
「いきなり新婦のところへ乗り込みますか?」
「いや、それはいささか演出に欠けるというものだろう」
「・・・演出を気にする余裕が羨ましいです」
「何か言ったかね?」
「いえ。・・・すでに何か案が?」
期待せずに聞いてみる。
「クリスタル。きみは『卒業』という映画を知っているかね?」
「『卒業』? たしか・・・青春恋愛映画の古典的名作ですね」
細かい部分は憶えていないが、あまりにも有名なシーンだけはすぐに頭に浮かぶ。
「・・・結婚式に乱入して、花嫁をさらうクライマックスの」
若い二人が手に手を取り合い、意に添わぬ結婚を逃げ出して愛の逃避行に走るのだ。
「うむ、それだ」
深く頷き、
「それしかあるまい」
本気だろうか?
クリスタルはギルマスの横顔を見た。
そして溜め息をつく。
本気らしい。
少し考えた後、“氷の女”と異名を取る彼女は愚かなギルマスに口を開いた。
「マスター。問題が二つあります」
「ほぅ」感心したようにギルマスのスピネル。
「たった二つか。幸先が良い」
本気で言っている。
いつも突拍子もない発想と感性を発揮する彼の前には、えてして問題が山積しているのが常であった。
「・・・問題の前に、誘拐は犯罪ですが」
ひょっとしたら知らないかもしれない、と一縷の希望にすがってみる。
「正面から堂々と乗り込むのだ。その勇姿に彼女もきっと心を動かす」
その自信はどこからくるのか。
「それが一つ目の問題です。正面から・・・大丈夫でしょうか?」
愚かなるギルマス、スピネルは軽く「結婚式に警備兵もいまい」
「いや。いたとしてもだ、ひとの恋路の邪魔をする輩など物の数ではない」
ひとの恋路を邪魔している自覚は無いらしい。
「いえ、警備兵ではなく・・・結婚式出席者の半数はLv300↑ですが、大丈夫でしょうか?」
「・・・確かか?」
「パンフレットによると、“狼の乗り手”によるパレードがあるようですから」
「フェンリルか」
「ここに来るまでにも三次羽が4人いました。類推するに、10人近くいても不思議はありませんが」
スピネルは少し長い間沈黙し、あさっての方を見ながら
「やむをえまい。無用な殺生は好かん・・・裏から乗り込もう」
と、うそぶいた。
「ベターな判断です」
「ベストと言いたまえ」
「ベストな判断は今すぐに帰ることです」
都合の悪いことは聞こえない、偉大なるスピネルは
「さすがに新婦の待合室にいるのはギルメンくらいのものだろう、せいぜい」
「おそらくは」
「我らが連合の敵ではない」
連合を動かす気か。
だが、それには触れずにクリスタルが次の問題を指摘する。
「そこで問題の二つ目です」
「何だ」
「あのギルドのサブマスとは戦闘を避けるべきです」
美しいが、愛嬌の無いサブマスの言葉に眉をしかめ、
「強いのか?」スピネルが聞く。
だが、彼女の返答は予想を遙かに超える内容だった。
「いえ、あそこのサブマスはゴーレムです」
しばし、あっけにとられた後、ようやくのことでスピネルが口を開いた。
「・・・なに?」
「ゴーレム。主にノリア王国の草原地帯に棲息し・・・」
「そんなことは知っている!」
説明を始めた彼女の言葉をさえぎり、スピネルは当然の疑問を口にした。
「なぜ、モンスターがサブマスなどをしているんだ?」
突拍子もない言動の多い彼だが、これは至極まともな質問だろう。
「マスター。最近、ロレンシアとノリアのモンスター数の増加が社会問題になっているのはご存知ですか?」
「うむ、狩る人間が少ないからな」
ロレンシアはナイト、ウィザードに加え、魔剣士にダークロードらの旅立ちの地なだけマシだ。
だが、ノリアのエルフは深刻な出生数減少に悩んでいる。
相対的に、天敵のいなくなった生態系の種は個体数が増加することになる。
弱肉強食、この理によって生態系は維持されているのだ。
だが、狩る側の激しい少子化問題によって、狩られる側の種が増大・・・特にノリアでは社会問題に発展していた。
餌の足りなくなったモスマンやゴブリンが、人里に下りてきて畑を荒らしたりといったケースも急増した。
食糧問題だけではない。
あふれるほどに多くなった種は、新たに住む場所を確保せねばならない。
だが、ノリア王国の草原地帯は限られている・・・どうすれば?
そこで、一つの革命が起こった。
モンスターの人類社会への進出である。
しょせん力で勝てる種族ではない。
ゆえに、社会的に人権を獲得しようという動きが出たのである。
それに合わせて、人類側でも愛護団体がいくつも出来た。
今年だけでも、ノリアで人権を得たモンスターは二桁を下らない。
「あそこのサブマスは、ロレンシア市民権を得た初のゴーレムです」
「むぅ」
“モンスター”と“市民権”という組み合わせにギャップを感じずにはいられないスピネルがうなる。
「加えて、今年度からノリア王国への親善大使も務めています」
「ゴーレムが親善大使・・・」
絶望的な声でスピネルから呟きがもれる。
世も末だ。
「・・・そいつを巻き込んだ場合、どうなる?」
その問いに、クリスタルが至って冷静な口調のままで答える。
「最悪、ノリアとロレンシア間の外交問題に発展します」
ギルマスはうめいた。
なんてことだ。



〜4〜


「あら。コーディ! 元気・・・じゃなさそうね」
上げかけた腕を決まり悪く戻しながら、カーネリアン。
「はは、そう見える?」
そう答える声の調子からしてコーディアライトは元気がなかった。
気持ち、頬さえこけたように見える。
「え、ええ」
マーフィーズゴーストみたい。
と言いかけて、これはマニアックすぎると彼女は思い直し、
「幽鬼みたい」
残念、幽鬼という単語も一般人はまず使わない。
「ほんと、つらそうよ・・・大丈夫?」
彼女が本気で心配している様子が声から伝わり、コーディアライトは無理に笑みを浮かべた。
「大丈夫。ただちょっと凄い来客があっただけさ」
強がってみる。
カーネリアンは新婦側のスタッフのリーダーだ。
以前から何度も挨拶を交わす程度には知っていたが、その程度であることをコーディアライトは少し残念に思っていた。
お互いが式のサポートスタッフのリーダーと知ったとき、彼は思わず新郎のギルマスに感謝したものだ。
式の準備はかなり多忙だったが、時折かわす彼女との会話が何よりの清涼剤だった。
「すごい来客?」
小首を傾げながら、カーネリアン。
「うん。聞いたらリアンも驚くよ、きっと」
彼女のことはリアンと呼んでいる。
愛称のネルと呼びたかったが、葛藤の末の妥協点がリアンだった。
「新郎の部屋にお酒を持ち込んで宴会したとか?」
冗談まじりの口調で彼女。
笑いを含んだその声の響きが彼は好きだ。
「いーや、もっとひどい」
そして、力説する。
「花火を打ち上げたんだ。それも何十発も!」
「花火って・・・部屋で?」
「そう。ありえないだろう?」
カーネリアンは何とか想像しようとした後、諦めて頷いた。
「それは大変だったでしょうね」
「天井や壁は煤だらけ、あちこちで火が出るわ・・・大変なんてものじゃなかったよ」
「火って・・・ほんとに大変じゃない!」
「犯人の一人が氷柱で消火したけどね」
彼女は顎に指をあて、しばし沈黙した後で
「プロの手口ね」
「リアンのところが羨ましいよ。きみのところのギルマスはまともだろ?」
すかさず頷くのは躊躇われたが、曖昧な頷きだけは返しておく。
「うちなんか軽いお調子者みたいなとこあるからさ・・・もう少し付き合う相手は選んで欲しいよ」
ギルドマスターのクォーツは口八丁手八丁、舌先三寸で世を乗り切るふしがある。
交流の幅も広い。
「でも、あたしたちのほうだって大変だったんだからね?」
こういう話の流れは、えてして苦労自慢だか不幸自慢だかになりがちである。
「ウェディングドレスを贈りたいってひとが多いのなんの! ほんとにすごいんだから」
結婚式と一緒に実装されたウェディング装備は洋式のみだったが、カラーは七色から選ぶことが出来る。
初の贈り物可システムもあって、次のような都市伝説を生んだ。
いわく、贈ったウェディングドレスを花嫁が着れば、その贈り主は次の花嫁になれる。
たわいのない、ブーケトスみたいなものだ。
だが、これが思いのほか流行した。
「みんなね、善意と下心で殺到するんだから」
奪い合いならぬ、贈り合いというのか・・・祝福の笑顔の下で、争奪戦の如き熾烈な戦いが繰り広げられる。
この色が似合う。
いいや、こっちの色の方がいいわよ。
そんなことない、このドレスだって・・・云々かんぬん。
「部屋一面にウェディングドレスがひろがってるの。想像できる?」
「いや・・・っていうか、同じ色のやつはどれも同じだろう?」
「そこは気持ちの問題ね」
「・・・同じだと思うけど」
「贈られたほうが“あなたの持ってきたのはこれと同じだから要らないわ”なんて言えると思う?」
「・・・なるほど」
納得。
ウェディング装備は三日で消滅するが、購入から三日でなく、装備してから三日というのがまた良かったらしい。
当面は必要もないのに、そこは複雑な心のせいか、予定もないのに備えで購入者が続出した。
さらに、手に入れたら着たくなるのが人情か・・・試しに、で着て、もう一着本番用に購入という例も意外に多かった。
ちなみに、防御力こそ皆無だが、装備中は決闘時と同じく死亡時には近くで復帰するため、ハネムーンと称してのハードな祝い狩りが大流行した。
中には、着用したままの二人だけで原石を持ってエルベランドを出立、無事に調和の宝石に成功すれば永遠に結ばれるという都市伝説まである。
途中で力尽き、何度挑戦しても果たせずに、とうとう破局にまで向かうナリタ離婚と呼ばれるケースまであるらしい。
「キャッツさんなんかね、自前で七色全部持ってるんだから」
驚いちゃった、と笑う彼女。
キャッツアイは知る人ぞ知る、有名なGEM高額購入者の常連である。
「装備しなければ消滅しないからね・・・コス装備みたいなものかな」
「そ。着られないコス装備!」
クスクスと笑う。
「キャッツさん、自称・七色の盗賊なんだって」
「なんだい、それ?」
呆れたようにコーディアライト。
「七人の心を盗む愛の怪盗って言ってたわ」
彼は少し考え込んだ後、
「それって、七又の浮気ってこと?」
「んー、格好良いわよねー」
その感想はどうかな、と思ったが、コーディアライトは何も言わなかった。



〜5〜


「美しい・・・そう思わないか?」
花嫁を見つめながら、横にいるであろうクリスタルに話しかける。
熱に浮かされたような様子で花嫁に見入るスピネルを不快そうに一瞥し、
「そりゃあ花嫁ですから」
その響きにトゲを感じ、思わず隣りのサブマスに目をやる。
「なんだ、機嫌が悪そうだな」
「べつに」
鼻をならすような短い返事。
だが、そんなサブマスのことは忘れたように花嫁に目を戻し、愚かなるスピネルは
「喜ぶのはまだ早いぞ、クォーツめ。まだまだ勝負はこれからだ」
と、新郎に向かって遠くから呟く。
それを耳にし、クリスタルは
「マスター・・・勝負どころか、試合終了後の授与式の段階ですが」
「結婚式に乱入するのはもう少し待てと言ったのは誰だ、クリスタル」
スピネルが不満そうに言う。
「当たり前です。公衆の面前でマスターが彼女に手を差し伸べて、それでフラれたらギルメンまで末代恥ずかしい思いをします」
「ぐ・・・」
それで納得するのは不本意そうだったが、この偉大なる愚か者スピネルは存外にギルメン思いなのだ。
泣く泣く、乱入のタイミングを遅らせることを宣言した。
人目を忍んで花嫁を拉致・・・確実に誘拐に近づいているが。
だが、犯罪なら本人一人の被害で済む。というか、自業自得だ。
ギルメン一同まで笑い者になるよりマシだろう。
と、そこに声がかけられた。
「ようこそ。新郎のご友人ですか?」
振り向くと、
(・・・夜?)
暗い。
(壁?)
見上げる。
(!!!)
スピネルが小声で「で、出たぞっ。外交問題だ!」と女に言う。
さすがにクリスタルのほうも呆気にとられている。
近距離で見るゴーレムはでかい。
サイズの合うタキシードが無かったのだろう、岩肌に蝶ネクタイだけが揺れている。
それを見て二人は思った。
なんだか本物の蝶のようだ。
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。失礼・・・私は新婦のギルドのサブマスターをしているオニックスです。よろしく」
外見から硬質的な声を想像していたが、意外なほどにあたたかみのある柔らかな響き。
そういえば、ヴァージンロードでは父親代わりに花嫁の付き添いをしていた。
あれは微笑ましくも違和感のある絵だったが。
すばやく気を取り直したクリスタルが笑みを浮かべ、
「初めまして、オニックス。わたしはクリスタル、こちらはギルドマスターのスピネルです」
挨拶を返す。
そして、彼女を知る者は驚くような笑顔で「素晴らしい結婚式ですね、素敵です」と付け加えた。
と、その隣りではスピネルが彼女のほうをマジマジと見ている。
それに気づいたクリスタルが、
「なんですか、マスター?」
「い、いや・・・そんな顔で笑えたんだなと」
彼女が微笑みを浮かべたままで「今の今まで知りませんでしたか?」と。
何故か非難されているような気分になり、スピネルは慌ててゴーレムのほうに話を振った。
「そ、その・・・見事な岩ですね」
無理のある話のフリ。
むしろ失礼ですらある。
だが、相手のゴーレムは気にした様子もなく
「ありがとう。あなたの鎧も見事な品だ」と返し、ワインを勧めてきた。
「い、いや結構。そうだ、急用を思い出した!」
明らかに不自然な言い訳と共に辞そうとする。
「おや、それは残念」
スピネルは離れ際に、
「私は目的を果たしに行って来る」と、クリスタルに囁いた。
その上、「宴に参加して注意を引きつけておいてくれ」などと勝手なことを言う。
クリスタルが口を開こうと振り向いたときには、新婦の待機室にでも向かうつもりなのだろう、彼の背中は既に通路に消えようとしていた。
「・・・」
重い、重いため息を一つ。
そして、彼女はまだ目の前にいるゴーレム・・・新婦のギルドのサブマスターに聞いた。
「あの。新婦はまだ・・・?」
「ええ、まだ会場にいますよ。ほら、あそこのテーブルに」
やっぱり。
どうしようもない愚か者の消えた通路を一瞥した後、彼女はもう一度、ため息をついた。



〜6〜


「会えて嬉しいわ。来てくれて、ありがとう」
何度も繰り返した社交辞令だろうに、まるで本心からそう言っているような様子で新婦・・・スフェーンが迎えた。
純白の花嫁衣装を前に、クリスタルは自分が気後れしているのを感じる。
いや・・・そもそも、なんで自分はここにいるのだろう?
今日だけで何度繰り返したか分からない疑問。
その疑問と共に浮かぶ男の顔は、何とも苛立たしい気持ちにさせた。
あの後、ゴーレムのオニックスが花嫁のテーブルに彼女を招待したのだ。
何となく気落ちしたような脱力感に包まれていたこともあって、断らずについてきてしまった。
が、今は少し後悔している。
目の前のウェディングドレスの女性。
たかが、服。
それなのに、なんでこれほど気圧されているような気分にさせられるのだろう。
今の自分がひどく・・・いや、慌ててその考えを振り払う。
らしくない。
静かに小さく深呼吸した後、いつものようにそつなく会話を合わせて乗り切ろうとした。
出来る、はずだ。
一対一ではないので、必ずしも自分から会話に入っていく必要は無かった。
少しリラックスする。
警戒のゆるみにも似た、気持ちの弛緩。
進んでいく雑談の中で、
「どちらからプロポーズしたんですか?」
ふと、そんな問いかけをしていた自分に驚いた。
だが、相手はそんな様子にも気づかず、よくある質問として受け取ったらしい。
花嫁スフェーンは“これは冗談よ”と言いたげな表情で答えた。
「花は、蝶を追いかけはしないでしょう?」
馬鹿馬鹿しいほど気取った返事。
余裕のある者だけが口にするジョーク。
それを聞き、意味がもやがかった頭に浸透してから。
クリスタルは初めて、目の前の花嫁を・・・羨ましいと思った。
そして、それを舌打ちする自分。
だが、そんな心の動きをよそに、彼女の唇と舌は次の問いかけを発していた。
「結婚することを決めた理由は?」
「そうね・・・」
花嫁は少し考え、
「聞いたことある? “100万回の死んじゃいたいは、たった一度の死んでもいいで報われる”」
これにクリスタルは少し微笑んで、
「100万回も? それはひどいわ」
それを聞いて花嫁も笑う。
「そう。かーなーり、甲斐性のない、将来性に期待できない男なの」
「・・・わたしもそういう男を知ってます」
ふぅん?
そう仕草をしてみせ、花嫁は
「でも大丈夫。今は彼を心から愛してる。これからどんな目にあっても、わたしと一緒になって良かったと思わせてあげるわ」
と嘯いてみせた。
呆気にとられた様子で、
「・・・男らしいですね」
とクリスタル。
「あら、あなたのほうが凛々しいわ?」
花嫁の言葉に、彼女は自分の身体を見下ろした。
白銀のパルテナ装備。
戦場の戦乙女。
女騎士。
勇ましく、堂々として・・・違う。
違う。
そう思ったのは、思えたのは、きっと心が脆くなっていたせい。
むき出しになった隙間はいつのまにか口を開けていて。
ギルメンの間では“氷の女”と呼ばれている。
知っている。
自分でも、そう振る舞ってきた。
そう・・・振る舞ってきた。
観客に応える役者のように。
臆病を仮面に隠す道化のように。
けれど、ピエロの仮面に描かれた涙を涙と思う人は誰もいない。
いや、それが仮面であることに気づいたとて、誰がその奥の顔を想像するというのか。
そんな人はいない。
いなかった。
いて欲しかった・・・?
とりとめのない心の奔流に身を任せていたのは少しの間だった。
けれど、その少しの間は“彼女”には充分すぎて。
彼女、花嫁は急に正面からクリスタルに視線を合わせ、
「さっき言ってた“そういう男”・・・あなたの恋人?」
「まさか!」
そう、まさか! だ。
「じゃあ、あなたの片想い?」
「・・・違います」
その返事に花嫁は片眉を上げて見せ、芝居がかったため息をついてみせる。
「・・・何か言いたそうですね」
「あら、そうかしら?」
「はい」
「じゃあ言うわね」
再び身を乗り出して、「それって、すっごく疑わしいわ」。
「・・・不愉快です」
すかさず花嫁が、「それはこのテーブルに来る前から」。
「それは・・・」
クリスタルが口ごもる。
そして、先に花嫁が口を開いた。
「自分で気づいてる? ずっと表情に出てたわよ。色んな感情が」
「ばっ・・・」
馬鹿な、と思った。
そんなはずはない。
わたしはいつものように・・・
そう、いつも・・・氷のように・・・
「わたしの知ってる猫が詠った詩の一節にこういうのがあるの。

 強く優しく、美しい仮面を被りましょう
 それがいつしか、あなたの本当の顔になるように

 ねぇ・・・あなたの仮面は本当に望んだ仮面?」
はっとした。
望んだ仮面のはずだった。
間違いなく、最初はそうだった。
楽だったのに。
安全だったのに。
満足していたのに。
なのに、変わってしまった。
それが誰のせいかは知っている。
なのに、その男は・・・わたしを変えておいて、無責任にも・・・
分かってる、そんなことを言う権利も筋合いも無いことは。
だから、ずっと“氷の女”のままでいた。
いるつもりだった。
彼女は随分と長く考え込んだ後、
「猫が? 詩人なんですね」
「そう、詩猫なの」
スフェーンは心の中で付け足した。
駄猫だけど。



〜7〜


「あら・・・何かしら?」
花嫁のスフェーンが眉をひそめ、奥の方を見やった。
何か騒がしい。
「喧嘩かしら?」
酒が過ぎて乱闘沙汰になった集まりが出たのだろうか。
そんなことを考えていると、
「PK未遂事件らしい。困ったものだ」
と、隣りに転移してきたゴーレムが告げた。
「・・・Wiz?」
テレポを使用したゴーレムを目の当たりにして、さすがに驚くクリスタル。
その呟きを耳にしたのだろう、当のオニックスが
「いや、全ての魔法を使えるわけじゃないんだが・・・ほら、私の手はこれなので剣が持てなくてね」
それで仕方なく、と岩の固まりにしか見えない手を見せる。
それを言うなら杖も持てないわけだが。
まぁ、テレポは魔力の大小に関係ない。
「それより何の騒ぎ?」
ギルマスでもある花嫁が聞く。
「どうやら部屋にいた新郎が襲われたらしく、今も襲撃者は逃亡中だとか」
結婚式の会場で花婿を襲う者がいるとは!
ノリア親善大使でもあるサブマスター、オニックスの報告を聞き、さすがに驚く一同。
このとき、クリスタルは耳を疑う花嫁の反応を聞いて目を丸くした。
まさかとは思うが・・・今、隣りにいる花嫁は「まぁ素敵」と言わなかったか?
が、まじまじと見つめる彼女の視線を気にする風もなく、
「出るわよ」
出撃するわよ、そういう響きで告げる花嫁。
実際、その足の向く先は会場の外ではなく、騒ぎがあった廊下の奥だ。
と、
「ダメです! 何考えてるんですかっ、今日はちゃんと花嫁しててください!!」
ウェディングドレスの腰にしがみつくように止めたのはカーネリアン、花嫁サイドのサポートスタッフ責任者だ。
この花嫁が抜きんでた特技を持つ高位のウィザードだということは嫌というほど承知しているが、今日だけは。
「今日だけはダメですっ」
さすがにズルズルと引きずって進むわけにもいかず、腰の特大コサージュと化したギルメンを見下ろし、
「ネル・・・心配してくれるのは嬉しいけれど」
「ダメっ、ダメです! 今日のお式のためにみんなみんな頑張ってきたんです・・・先週のユニレースや、先月の鬼ごっこみたいに暴れないでくださいっ!!」
涙目で訴える。
心配しているのは会場の無事のほうだったらしい。
ちなみに、先週のユニレース“うにうに”では3人、先月の鬼ごっこ“コンボでボンゴ、ハンターチャンス!”では数え切れない赤ネームが発生した。
特に“うにうに”のときにはレース場の柵の修繕費がロレンシア市議会から請求されて、決して豊かではないギルド財政を著しく圧迫している。
「・・・あたし一人で暴れたわけじゃないわよ、どっちも」
「それはわかってます。あたしとオニックスさん以外はほとんどみんな暴走状態でした」
「でしょ」
「はい。・・・じゃなくて!」
姿勢を正し、再び説得を開始するカーネリアン。
しっかりとウェディングドレスの一部は離さずに握り込んでいる。
こちらのギルマスもまた、なにげに信用が無いようだ。
「あたしは心配なんです、もし花嫁の身になにかあったら・・・花婿がかなしみますよっ!?」
「クォーツが? ・・・彼がわたしのことを心配して泣いてる姿なんて想像できない」
それで結婚なさいますか、あなたは。
さらに口を開こうとしたカーネリアンより一瞬先んじて、
「でも、彼がつきっきりで看病してくれるなんて珍現象を見るためなら、怪我くらいしてみたくなっちゃうわね」
どうしよう、うずうずしてきた、などと花嫁がのたまう。
と、花嫁はふと下を見下ろし、
「・・・ネル?」
涙を滝のように流し、再び腰の特大コサージュと化したギルメンと目が合った。
いやいや、と首を振って意思表示をしている。
「だいじょうぶ、穏便にすませるから。“コンボ・ジャグラー”を信じなさい」
苦笑しながら、宥めるように言い聞かせる。
「そんなこと言って・・・猫虎ちゃんだって、いないじゃないですかっ」
「あの子たちならいるわよ? もうPT組んでるもの」
そして、「座標、教えようか?」と、からかうように明るく言う。
そう、明るく。
横のクリスタルは今気づいたのだが、そういえば騒ぎが起こってからというもの、どうも花嫁の雰囲気が変わっていた。
やけに明るく溌剌としているのだ。
先刻までは落ち着いた空気をまとった大人の女性といった風だったのだが、今は随分と・・・若く見えた。
はしゃぐと言っては過ぎるかもしれないが、いたずらを始める前のワクワクしている子供のような、そんなオーラさえ出ている。
ふっふっふー、と笑い、花嫁はウェディングドレスの袖をまくり上げて宣言した。
「出るわよっ!!」
“踊る宝石”ギルドマスター・スフェーン、出撃。



〜8〜


「こっち?」
背後から声をかけられ、振り向いたナイトが
「うげ、ギルマス・・・き、来ちゃったんすか」
どうやら彼もギルド“踊る宝石”のギルメンだったらしい。
「なによ、その反応は」
「い、いえ・・・なんでもないっす」
心なしかひきつった笑みでナイト。
「で? その暗殺者はこの奥?」
「暗殺者っていうか・・・ええ、犯人はこの奥みたいっす」
ふむ、と頷き、「袋のネズミね」とスフェーンが答える。
その言葉通り、この通路の奥は部屋が一つあるきりだ。
「あ。今、クォーツさんとこの若いのが何人か交戦中っすよ」
どうやら既に戦闘が始まっているらしい。
「じゃ、その子たちは退かせて」
「へ?」
「聞こえたでしょ、何度も言わせないの。わたしがヤるから任せなさいって言ったのよ」
花嫁らしからぬ物騒なことをのたまうスフェーンさん。
その純白のウェディングドレスが朱に染まる日も近いのであろうか。
あぁ、せっかくの贈り物の一張羅が。
そして、カーネリアンと違い、このナイトは賢明であった。
無駄な抵抗をすることなく、通路の奥へ呼びかける。
「おーい、うちのギルマスが出るから撤退していいぞぉ!!」
と、通路の奥のほうから曲がり角を曲がって、必死の形相で数人の一次羽が走ってくる。
その様子に、「あら、そんなに・・・手強いの?」と花嫁が聞く。
「い、いえ・・・大して・・・」
「す、スフェーンさんが・・・出るって・・・聞いたから」
息を切らせて口々に言う。
どうやら謎の襲撃者に追いやられたのでなく、恐るべき援軍に怯えて撤退してきたらしい。
「・・・」
さすがに少し複雑な表情を見せた後、
「ま、いっか」
と立ち直り、奥へと進む花嫁。
腕まくりしたウェディングドレスが勇ましい。
敵は曲がり角の向こうにいるらしい。
その先は軽い待合所のようなスペースがあって、その奥に部屋が一つある構成だったはずだ。
もちろん、部屋に出入り口は一つしかない。
「~二人とも、いける?」
パーティーチャットで確認する。
「「~ご主人様のお呼びとあれば」」
綺麗にハモった声が返ってきた。
と、
「「この真似っ子!!」」
・・・仲は良くないらしい。
いがみ合う声までハモっている。
「しょうのない子たちねぇ」
軽くため息を吐きながら、曲がり角で花嫁は戦闘準備に入った。
目を伏せ、両手を前に差し出すようにしながら、念動の詠唱。
そして、告げた。
「・・・右手に猫目石を」
その声が響くや、彼女の右手の前に幼い少年の姿が現出する。
銀色の髪をした、美少年というには若すぎる子供がお辞儀をし、
「猫目石でございます」
と自分の名を口にした。
“踊る宝石”ギルドマスターであり、“コンボ・ジャグラー”の異名を取る花嫁の詠唱は続く。
「・・・左手に虎目石を」
今度は彼女の差し伸べた左手の前に、こちらもやはり幼い少女の姿が現出する。
金髪の巻き毛も愛らしい、西洋人形のような幼いドレス姿がお辞儀をし、
「虎目石にございます」
と、やはり自分の名を口にした。
「さぁ・・・いくわよ、わたしの可愛いあなたたち」
主人の宣戦布告と共に、曲がり角の向こうに見えた敵に向かう。
敵は一人だ。
何やら覆面をしているが、どうにも形が悪い。
どうやらタキシードを無理に丸めて顔を隠しているらしい。
やってくる新手の三人を見、何かに驚いたように硬直する様子があった。
だが、そんな犯人の挙動を気にする様子もなく、猫目石と虎目石は戦闘状態に入る。
幼い少年、猫目石がトマホークを抜き出した。
思わず絶句するような、違和感のある組み合わせ。
とろける蜜のような微笑みを浮かべ、
「あなたが天国に逝けますように」
その横で、虎目石が自分の武器を抜き出す。
こちらは自分の背丈ほどもあろうかという巨大な黄金の斧。
感情という獣が死んだ後のような淡々とした声で、
「あなたが地獄に堕ちますように」
そして、二人は一気に加速、特攻。
慌てて武器を構え直す犯人だったが、その目の前に白い霧が突然現れる。
「!?」
否、霧ではなく、それは身にまとった純白の衣装だ。
目の前に転移してきたのが花嫁と気づき、思わず後ずさりする男。
その様子を見、怪訝そうに眉を寄せた後、再び花嫁の姿がかき消えた。
と、直後に走る右手の痛み。
犯人に向かって、猫目石が裂斬で飛びかかってきていた。
美童が聞く。
「あなたは良い人?」
だが、答える余裕などない。
いや、攻撃されたことに反応して、半ば無意識で剣を繰り出す犯人。
だが、その剣が届く前に少年の姿が消えた。
花嫁の念動。
猫目石は念動された離れた場所で大嵐を繰り出している。
が、犯人がそれを見やる余裕は無かった。
今度は左腕に走る痛み。
重力を無視したような動きで裂斬を繰り出す虎目石の姿。
「あなたは悪い人?」
うろたえるように身をよじり、不恰好な覆面をした男は距離を取ろうとする。
が、少女の姿もまた、念動で次の瞬間にはかき消えていた。
どこか離れたところで風を切り裂く乱暴な音がする。
見回そうとする犯人の視界一杯に、再び白い霧が。
「今日はわたしの結婚式」
許さないわよ?
そう告げる花嫁の声には笑みがにじんでいる。
物騒な喜びにふるえているのではあるまいか。
この純白の衣装に身を包んだ、祝福されるべき女は。
数刻前までうっとりと見惚れていた女性から、ただただ一つの思いに駆られて逃げ出そうとする男。
だが、数歩進むが早いか、彼の横から襲いかかる一陣の風よ。
念動で近くに現出した猫目石。
繰り出すのは神撃。
先ほどの裂斬、そして離れた場所で大嵐、それらの一連の破壊力は収束し、三撃目で一気に縮爆する。
通常は三連の攻撃をもって完成する技のはずが、これではいきなり連撃を食らったに等しい。
防御する余裕もあらば、男が吹き飛ばされる。
と、その先で。
やはり念動で近くに呼ばれた虎目石が待ちかまえていた。
その身が隠れるほどの巨斧を頭上にかかげ、天よ裂けよ、地を砕かんとばかりに振り下ろす。
裂斬、大嵐、その破壊のうねりは収束、この神破で縮爆。
周囲の壁や物もろとも吹き飛ばす爆発・・・
嗚呼、カーネリアンの不安はここに的中したのだった。

「トパーズさん、その弓を貸していただけませんか」
「・・・え? あ、はい?」
唐突に声をかけられ、慌てて声の主に向くトパーズ。
ギルド“踊る宝石”に所属する敏エルだ。
彼女に声をかけたのは白銀の鎧に身を固めたパルテナのエルフだった。
クリスタルである。
「あ、えっと・・・はい、どうぞ」
何やら迫力を感じ、思わず自分の弓を差し出してしまう。
EXグレートレインボゥ。
極めて重い戦弓であるが、その破壊力もまた比類無い。
それを受け取り、騒動が起こっている通路の方に向かうクリスタル。
「ちょ、そっちは」
「いいんです。わたし・・・犯人を知っていますから」
襲撃犯の、知り合い?
そんな彼女の後ろ姿を見、剛弓を貸したトパーズは一つ気づいた。
「・・・ちゃんと使えるのかしら」
あれは弓の持ち方ではない。
強いて言えば・・・金属バットの構えにひどく似ていた。

「くぁ・・・い、生きているのか?」
自分で自分が信じられない。
いかに体力ナイトとはいえ、スピネルは自分のタフさに感心する。
彼は花婿を襲撃した。
最初は、目指す花嫁スフェーンを探そうとしたのだ。
だが、彼が花婿襲撃へと方針を変えたのは、何も花嫁が(実はまだホールにいて)部屋にいなかったからではなかった。
廊下を進んでいると、急に不安になった。
こわかった、と自覚はしていない。
だが、彼は踵を返し、花婿のところに向かった。
同じことではないか。
そうだ、あの邪魔者はどのみちなんとかしなければいけない。
だから行くのだ。
先に優先するだけのこと。
そこに意味はない。
言い訳など必要ない。
あの男を倒しに行くのだ、と。
が、その結果がこれだ。
花婿には逃げられ、追っ手と交戦し、やっと切り抜けたと思えば・・・まさかの対面!
「だいたい何なんだ、あのガキどもは・・・」
まるで現実感がなかった。
加えて、あの動き。
転移する主人に念動されての動きとはいえ、それはまるで悪夢のような。
人形遣い、連撃の手、コンボ・ジャグラー。
想い人が、彼女がそんな異名で呼ばれていることを彼は知らない。
「と、とりあえず逃げねば」
生き延びなければ全ては無になる。
彼は諦めるということは嫌いだ。
だから、生きる。
生き延びる。
自分が上手く道を歩める人間ではないことを彼は知っている。
だが、それを変えようとは思わなかった。
自分は自分のままで生き抜くと決めていた。
揺るがぬ自信、根拠など必要としない自負。
中傷も揶揄も気にすまい。
私が私であるために、私は私のままで生きるのだと。
愚かなままで彼は自分を悟った。
砕けた壁の残骸から身を起こし、スウェイルライフ。
体力ナイトは伊達ではない。
これが自分の生きる力・・・上限の増した生命力を回復するべく、回復薬を口にしようとしたとき。
彼の後頭部を鈍器が襲った。
「っ!?」
まったく予想していなかった背後から繰り出された攻撃。
エナエルが手にした剛弓は余りにも重すぎ、扱えきれないがゆえに鈍器と化した。
その両手に握られた戦弓は旋回、フルスウィングによって暴力の固まりとなり、その一撃は瞬時にして体力ナイトの意識を外に飛ばした。
これがキレたエナエルの真の力である!
通り魔(?)、クリスタルは心の底から絞り出すように叫んだ。
「このっ・・・臆病者っっ!!!」
息を切らし、涙をこらえた目で倒れた男を見下ろし。
女はその襟をぐわしっ、と掴み、奥の部屋に引きずっていった。
バタン、と扉が閉められる。
「・・・」
残されたスフェーン、猫目石に虎目石が沈黙する。
と、そこへ
「おや、もう終わっちゃったのか? ・・・間に合わなかったなぁ」
いつの間にか到着していた花婿こと、連合マスターのクォーツだった。
彼の姿を上から下まで見た後、花嫁はため息をついて、
「なんだ、無事なんじゃない」
「・・・なんだ、は無いだろう」
なんてひどい奥さんだ、と嘆いてみせる。
その後ろでは、トパーズが廃墟と化した廊下を前に「か、壁が・・・床が・・・」と呆然としている。
「おやおや」
眉をくいっと上げて、驚いて仕草をしながら奥の部屋を見やるクォーツ。
部屋の中から、何やら暴力をふるったような音が聞こえたからだ。
平手打ちの音に近い。
と、それに続いて、
「起きなさいっ、この卑怯者!!」
あの女だろう声。
そのまま声はまくしたてるように止まらずに続いてゆく。
花婿が襲われたと聞いたとき、当然それがスピネルの犯行によるものだと彼女には分かった。
そして、カッとなった。
彼の筋違いの行動に。
思いをぶつけるならば、その想い人にすべきではないか。
それが片想いであれ、何であれ。
恋敵という言葉は言い訳だ。
見せかけに隠れた、逃げに過ぎない。
持て余すほどの自分の想いにも向き合えない彼が許せなかった。
彼は、彼は一度だって肝心な方には行動しなかった。
行動しきらなかった。
逃げるかのように恋敵の方に・・・。
けれど、クリスタルも分かっている。
これは近親憎悪だと。
同類なのだ、自分も彼と同じなのだ。
この臆病者の卑怯者。
そんな自分を彼に見、だからこれほど激高している。
自分に怒り、それで彼に怒りをぶつけている・・・。
けれど、そこで彼女は思う。
だからどうした?
逆ギレ上等。
筋違いのヒステリーで結構!
凍りついていた、使い切れぬほどの想いは水になって目から流れ出る。
やがてそれは言葉となって、彼女の口から迸っていた。
彼に向かって、流れ落ちた。
降り注ぐ、想い。
やっと。
・・・。
その声を扉ごしに聞きながら、花婿クォーツが口を開いた。
「おやおや・・・なんだか知らないけれど、あっちは解決しそうじゃないか?」
花嫁スフェーンが微笑んで答える。
「そうね。どういう結果にしろ」
結果はどうでもいい。
それより大事なことが成し遂げられたなら。
そして、ため息を一つ。
「むしろ、わたしが心配なのはネルとコーディの二人なんだけど」
「コーディ、って・・・うちの?」
「そ。わたしのとこのネルと」
またもや、おやおや、と呟きながら
「あの二人、上手くいってないのか?」
「うまくっていうか・・・そもそも進んでないのよ、あの子たち」
クォーツは「それは知らなかったな」と言い、
「でも、うちのコーディは確実に惹かれてるぞ、きみのところのネルに」
「彼ね、“手を触れないで下さい”って警告が張り出されてるみたいに彼女を扱ってるんだもの」
あれじゃ進展しないわよ、とスフェーンさん。
いらいらする、とまで言いたげだ。
それを聞いて、クォーツは思わず質問する。
「それは計算ずくで? それともホルモンが不足してるせいで?」
その問いを聞き、
「その質問が出る自体、あなたはあの子たちのことを分かってないってことよ」
と、スフェーン。
うむむ、と花婿が考え込んだとき、ガチャリと奥の部屋の扉が開いた。
巨大な戦弓を手にしたクリスタルが出てくる。
彼女はそれをトパーズに差し出して、
「これ、ありがとうございました」
と深く一礼した。
一方で、自分の剛弓に見たこともない豪快な傷を見つけ、ぎょっとするトパーズ。
丈夫なことにかけては保証付きの戦弓を、どうやったらこんな風に曲げられるのだろう?
そして思う。
(うぅぅ、殺人の凶器はイヤだなぁ)
たぶん、死んでないはずだが。
丁寧に挨拶と謝罪を口にし、去ろうとするクリスタルに、スフェーンがにっと笑って親指を立てて見せている。
なんというか・・・花嫁らしくない仕草。
そういえば、腕まくりしたウェディングドレスもそのままだ。
クリスタルを見送り、さてどうしたものかと周囲を見回す一同。
「これ、また修繕費の請求が来るんだろうな・・・デビアスからか?」
「結婚式の会場だから、“一文字の御使い”からかも」
「そういえば、オニックスはどこかしら?」
「彼なら外の空気を吸いにいくって行っちゃいましたよ、さっきの子・・・クリスタルさん? 彼女が来た時点で」
「あらあら・・・さすがねぇ」
「ノリア王国との親善大使やってるくらいですもんね」
「親善大使の給料って、けっこう高いんじゃないか?」
「・・・こんなの請求したら、それこそ外交問題になりかねないわよ」
ギルド財産、ひいては連合の財政状況まで話は及んだが、それは場を明るくするには至らなかった。
だが、それでも誰一人として請求を、責任をクリスタルたちにという声は出ない。
それが彼らの人柄なのだろう。
本人たちに言えば、被害請求には慣れているから・・・と、そう答えるに違いなかったが。
「あ」
奥の部屋の扉が開いたことに気づき、一同が振り向く。
出てきたのは当然、偉大なる愚か者スピネルだ。
顔が腫れ、鼻血が盛大に出ている。
「・・・」
どうやら平手打ちではなかったようだ。



〜エピローグ@〜


デビアスの雪原から大地が覗く崖地にかけられた橋のたもとで。
クリスタルは一人、膝を抱えて座り込んでいた。
物思いに沈むようでいて、そのじつ何を考えているわけでもなかった。
何かがすかっと抜けてしまったような空洞感。
それは自己嫌悪にもひどく近く、満足感にもひどく近い。
どれほどそうしていただろう?
ふと気づけば、横に誰かが腰をおろす気配がした。
顔を上げる。
「クリスタル」
目がかち合った。
「マスター・・・?」
なぜ、ここに。
彼は機嫌が悪そうに視線を少しずらしながら、
「スピネルでいい」
「はい」
不思議なものを見るような目を向けるクリスタルに、彼が言った。
「さっきの質問の答えを言いに来た」
「質問・・・最後のですか?」
「違うっ、二つ目のほうだ!!」
そして、沈黙。
「・・・それで?」
「答えはYesだ」
「・・・わたしの目を見て言えますか?」
彼女の視線は彼が現れてから一度も動いていない。
スピネルが視線を戻す。
そして言い切った。
「Yesだと言っている」
また沈黙。
「・・・ギルマス」
「なんだ?」
「惚れそうです」
「・・・私はもう惚れているかもしれん」
「両想いですね」
「そうかもな」

偉大なる愚か者スピネルが現れてから、彼女は初めて視線を動かした。
ことん、と。
彼女の頭が隣りにいる男の肩についた。
満足だった。



〜エピローグA〜


「それにしても驚いたよ」
コーディアライトが言う。
あれから数日が経っていた。
彼の隣りに座っているのはカーネリアンだ。
そして、その隣りにはなぜか老婆が一人。
ペリドットという名の彼女は、一帯の最古参であり、長老であった。
だが、いつしかほとんど狩りには出なくなった。
世界に飽きたのか、年齢のせいか。
ほとんどの時を銅像のように過ごしている。
露店をしていることもあるが、単なる銅像であることのほうが多い。
このあたりでは、彼女に話しかけるのはモグリだとまで言われている。
それほど彼女が動く姿を見ることは稀少なのだった。
いつからか、ほぼ背景の一部と化している。
「ん? なんのこと?」
カーネリアンが呟きに反応する。
「ほら、結婚式の乱入者のこと」
「あぁ、あの二人?」
コーディアライトは深く頷き、
「あの二人、あれからくっついたんだって?」
「うん、知ってる。その経緯も全部」
さすがにこれは意外だったらしい。
「・・・な、なんで?」とコーディアライト。
「オニックスさんが聞いちゃったの、あの二人の・・・告白? まぁそんな感じの場面」
「あのゴーレムの?」
盗み聞きするタイプには見えなかったが。
と意外な思いで驚く。
「言っておくけど、オニックスさんのほうが先に現場にいたのよ?」
なんでも崖にかかった橋を眺めて一服していたらしい。
そこへクリスタルがやってきた。
だが、彼女はオニックスに気づかなかったのだ。
正確には、気づいていたがオニックスだとは思わなかった。
「ただの岩だと思っちゃってたみたい」
「・・・ま、まぁ気持ちは分かるけど」
オニックスの方から声をかけようとも思ったが、どうもそういう雰囲気でもなかった。
かといって、岩が立ち上がっては驚くだろう。
なんとなく場の雰囲気を壊すのも抵抗があって、はからずもオニックスとクリスタルは二人で橋を眺めていたのだという。
そこへスピネルがやってきた。
「で、あの男もオニックスさんに気づかなかった・・・と」
「そういうこと」
ちょっと困ったように笑いながら、カーネリアン。
悪いなと思いつつ、少し笑ってしまう。
「う〜ん・・・でも、なんだかピンと来ないなぁ」
コーディアライト。
「なにが?」
「いやさ、雨降って地固まるなんて言うけど・・・正直、納得できるような、納得がいかないような」
奇妙に納得している自分がいる一方、なんだかピンとこない自分がいるのだ。
「ふふ。ちょっと分かる気がする、それ」
そう思ってしまうのは、自分が幼いのだろうか。
「でも。びっくりしたよねぇ、クリスタルさんが・・・」
「うんうん、よっぽど鬱憤がたまってたんだろうなぁ」
苦笑する。
あのとき、奥の部屋から聞こえてきた彼女の剣幕は凄かった。
「彼女はね、気づいていたのさね。嫌いで仕方がない自分の弱さもぜぇんぶね」
「「!?」」
突然、横から入ってきた声に驚愕する二人。
「ば、ばあさん・・・」
生きてたのか。
うめくようにコーディアライト。
一方で、カーネリアンも
(動いてるとこ、初めて見た・・・)
と感動していたりする。
「弱さ・・・?」
疑問をおぼえてカーネリアン。
彼女から見て、クリスタルというあの女性はむしろ強く見えた。
クールで、理性的で。
だからなおさら、あのときは驚いたのだが。
「まわりの他人と比べて遅れることより嫌なことって何か分かるかい?」
突然、関係ないような質問をする老婆。
「えぇっと・・・それを途中で投げ出してしまうこと?」
ペリドットは首を振る。
違ったらしい。
「誰かが後ろにいることで安心している自分の弱さ、さね」
それはひどく嫌な気持ちにさせる指摘だった。
遅れている自分、劣っている自分。
でも、そんな自分の後ろに誰かがいて。
まだ下に誰かがいて。
そんなとき、人はきっと・・・安心する。
その安心している自分の弱さは、誰かを傷つけることとひどく近い。
それはとても嫌な世界の像だ。
この世で一番劣った人間は、きっと自分に向かって笑っているだろう。
俺がいて、安心したか?
ほっとしたか?
嬉しいだろう?
と。
吐き気を催すような笑みを浮かべ、そいつがうそぶく。
わかるか?
この世界は、お互いに嘲り笑うことで成り立っているのさ・・・。
カーネリアンはそこまで思い至り、おそろしくなって頭を激しく振って考えをおいやる。
共感しすぎる自分がこわかった。
泣きそうな不安と絶望。
それは、それが自分に無縁なことではないと知っているからだ・・・。
「クリスタルって言ったかい? あの子はね、スピネルってどうしようもない愚か者を見て・・・」
カーネリアンが途中で口を挟んだ。「安心してた」
そして、すがるような不安な目で老婆を見た。
ペリドットは頷き、
「自分の臆病さ、卑怯さを目の前の男に投影し」
そして、
「呆れて見せながら、そのじつ安心してた」
そう言う。
「片想いを秘めていることや、嫉妬なんてね・・・それに比べれば小さかったんじゃないかねぇ」
黙り込むコーディアライトとカーネリアン。
だが、沈黙を破ったのは女の方だった。
「ペリドットさん」
「ん、なんだい?」
「それ、とても嫌な考え方だわ。当たってるかもしれないけど・・・あたしは嫌い」
理屈ではなかった。
駄々をこねる子供のようだった。
だが、そんな癇癪を起こした幼子に老婆は手を伸ばし、
「あんた、強い子だねぇ・・・賢い子だよ」
と言う。
それを否定しようとするカーネリアンを制止して、
「今、あんたは真実と向き合った。唯一の真実じゃないにせよ、自分の中にあると知ってる真実とね」
「・・・」
「で、そこで黙り込んだままじゃなかった」
負けなかったのさ、と老婆は言う。
ひどく小さなことのように思えるかも知れないけれど、それはお前さんが思っているより大きなことさね。
そう老婆ペリドットは語った、孫に対するような口調で。
「そうそう」
思い出したように老婆が続ける。
「あのクリスタルって子も負けなかったんだねぇ。色々なものに助けられてだけど、乗り越えた」
だから、あのとき本音を言えたのだと。
伝える時に至ったのだと。
「あれを聞いたらね、相手は惚れるしかないさね」
老婆はおかしそうに笑う。
人間はね、本音をぶつけられることに弱いのさ、と。
「与えることは受け取ること。受け取ることは与えること」
まるで聖書にでもあるような文句を歌うように口にした。
それはまだ実感には遠いけれど、なぜだかカーネリアンはその言葉に頷いていた。

「ネル!」
コーディアライトの突然の声に、驚いたように振り向く。
いつもならリアンと呼ぶのにと、そんな変化にも気づかず。
やけに真剣な様子の彼をまじまじと見た。
さっきまで思い詰めたように考え込んでいたが、何故いきなりはじけたのか。
コーディライトは言い切った。
「好きだ」
一瞬の沈黙の後、ぷっと吹き出して
「うん、あたしも好きよ?」
軽く言う。
本気にしていなかった、というのとは少し違う。
ただ、実感がなかった。
だから軽く答えた。
が、コーディアライトは立ち止まらなかった。
決意とは暴走状態を意味するのであろうか。
「愛してる」
「・・・え?」
フリーズ。
空白となった頭の中に言葉が届き、それを理解するにつれて、彼女はパニックになった。
「え? え? え?」
口をパクパクと開け閉じし、顔が真っ赤に紅潮していく。
泣き出しそうな表情になったあと、まわりをキョロキョロと見回し、
「ど、どうしよう?」
と、横にいる老婆ペリドットの手を握りしめる。
老婆は薄目をあけ、コーディアライトのほうを見やった後、
「まぁ悪い男じゃないけどねぇ。うん、どちからといえば良い男だよ」
でもねぇ、と続ける。
「あたしに言わせりゃ“どうしよう”ってほどでもないわねぇ。せいぜい“おやまぁ”ってとこ」
カーネリアンは彼の方を振り向き、言った。
「おやまぁ」



〜エピローグB〜


「まだ信じられないわ・・・」
スフェーンが呟く。
背中合わせに座っているクォーツが読んでいた読んでいた本から顔を上げて、
「幸せすぎて?」
「ううん、あなたが信用できなくて」
「・・・」
それは名誉毀損だ、と訴えたくなるのを我慢し、
「きみがプロポーズにOKしてくれたことが信用できなくなりそうだ」
とぼやくように言う。
彼女は笑って、
「人は過ちをおかす生き物だから」
「・・・私たちが挙げた結婚式の記憶は夢じゃないだろうね?」
「ええ、夢じゃないわ。でも、わたしはね・・・」
「うん?」
「いつかあなたが、あれはドッキリだったって言い出すのを待つつもりなの」
さすがに少しカチンとくるものがあり、クォーツは少し不機嫌になって
「その希望は捨てたほうがいい」
きっぱりと言う。
そして、完全に振り向いて、彼女の正面から
「きみに誓う」
彼女の耳元で何やら囁く。
それを最後まで聞いた後、
「・・・その誓いは本当でしょうね」
「もちろん。真実の愛に賭けて」
スフェーンは笑わずに、
「破れば・・・ロレンシアの大軍も、魔王クンドンの軍勢も、“一文字の御使い”でさえ、あなたを守れないわ」
ここでようやく目以外は笑って、「わたしの誓いよ」。
クォーツの方も笑ってみせる。
少しひきつった様子が見えなくもない口元で。
そして、慌てたようにまた背中合わせになって、本を取り上げた。
どれくらい時間が経ったろう。
ほんの少ししか経ってなかったかもしれない。
「ねぇ」
彼女から声がかけられた。
「ん?」
「コーディくんから聞いたんだけど」
「うん」
と頷きながら、クォーツは激しく動揺した。
声が前の方からしたからだ。
おかしい。
背中合わせになっていたはずなのに。
そういえば、いつのまにか背中に感じていた彼女の感触が消えている。
本から目を離さず、
「コーディがどうしたって?」
「ん。結婚式の前にね」
「うん」
本を持つ手に汗がにじむのが分かった。
もはや目は文字を追っていない。
が、決して顔は上げない。
顔を上げれば、そこにはにっこりと笑う彼女の姿があるはずだ。
そうに違いない。
「あなた、あの子と式に遅刻しないって約束したのよね?」
「あ、あぁ・・・憶えてるよ」>
まさかまさかまさか。
本の文字列がゆがむ。
と、そこでがしっと両手で顔を挟まれ、顔を上げさせられた。
クォーツの視線の先で、彼女はにっこりと微笑んで言った。
「あなたが誓いの言葉に使った初恋の女って、誰?」
おぉ、神よ。







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