短編小説っぽいもの
題材“PT” --
本編
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外伝
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後書きコメント
『題材“PT”』
〜1〜 「でね、彼とは別れたわけ!」 「そりゃあ別れて正解だわ」 「でしょでしょ」 「うんうん。かわいそうにねえ、おーよしよし」 「もう! かわいそうじゃないわよ、あたしたちは納得して別れたの」 「ふーん?」 「本当だってば! あたし、今でも彼の幸せを祈ってるんだから」 「嘘ね」 「・・・ええ、ウソよ! あいつっ、あたしを捨てやがって!!」 「よっしゃー、飲め飲めー」 ここはデビアス酒場。 今夜はギルド“企業戦士”の女性陣の貸し切りだ。 男性陣のほうはロレンシア酒場。 最初は一緒になって騒いでいたのだが、酒の肴が上司からオトコの話に移るにつれ、いつのまにか分離してしまった。 はて、最初はデビアスとロレンシア、どっちで集合したのだったろうか? ・・・どうやらあたしも相当酔ってるらしい。 「それでやっちゃったのよ。彼氏のパンツずり下げてさ、“飛び出せっ、青春!!”って!!」 ・・・彼女たちほど酔ってはないけど。 爆笑の渦をよそに、琥珀で満たされた杯を見つめて物思いに耽る。 うん、我ながら絵になってる。 これぞオトナの女って感じ。 「おー? ここに不感症ハケーン!!」 くっ、雰囲気を読めないのはどっちだ。 「ほれほれ、あんたも飲んだ飲んだ」 「飲んでるってば」 「そんなペースじゃダメダメ」 「いいのよ、あたしは。考え事したい気分なのっ」 その直後、一瞬にして静まり返る場。 しまった。 案の定、 「えー、なになに?」 「彼氏? 彼氏のこと?」 「違うわよ、この子フリーだもん」 ほぅら、あっという間にメインディッシュに昇格だ。 「えー、もったいない!」 「ほら、この子ってば年上好きだから」 「オヤジ好きなのぅ!?」 オヤジ好き言うな。 確かにあたしの好みは年上が多い。 というか、子供に興味がないのだ。 だって頼りないじゃない。 どっかの高慢女医よろしく、愛玩動物みたいにするなら『キミはペット』が理想とかでもいい。 かなしい三十路って感じはするけどね。 でも、あたしはそうじゃない。 オトコはやっぱりナイスミドル。 これに限る。 いぶし銀のような渋さと落ち着き、そして・・・ 「よっ、オジサマ・ハンター!!」 どんなハンターだ。 狩り場は都会の闇ってか。 「あー、見て見て!」 「んー?」 「ほら、あそこの窓の向こう!」 「おー、なんか痴話ゲンカな雰囲気じゃない?」 「うんうん」 「ちょっと見えない! どんな感じ?」 「女のほうがジェスチャーしながら叫んでる」 「なんて?」 「声は聞こえないわ。でも、あの手つきからして・・・“ひどいわ!”か“あたしは巨乳よ!”」 それはきっと前者だ。 「あ! やったっ、ひっぱたいた!」 そんな盛り上がるみんなをよそに。 あたしは昼間の決意を思い出していた・・・ 〜2〜 「へぇ、このスープ美味いっすね」 驚いたように感想をこぼしたのは、今年春に入社したばかりの高柳。 整った顔立ちに明るい性格とあって、社内の女性からは株急上昇中の逸材。らしい。 が、あたしは興味がなかった。 かわいい、はプラス評価にならないタチなのだ。 周りからどう言われようと、好みはどうしようもない。 とはいえ。 懐にも余裕は無いが、教育係としてはラーメンの一杯くらい奢らねばなるまい。 「でしょ」 あたしはチャーシューを頬張りながら答える。 興味のない新人の前で色気を出してもしょうがない。 それよりも今は食い気。 「それに器も渋いし」 なかなか目聡い。 だが、お勧めの店に連れて行かれたとき、そこの器や小物を褒めるのも定番のテクニックだ。 ふっ、まだまだ小僧ね。 などと心の中で嘯き、スープをメレンゲで掬う。 「あと、大将がまた渋い店っすよね」 おぉ、気づいたか。 成長したな、高柳。 あたしは内心で満足げに大きく頷いた。 まさにその通り。 この店は地味に味が良いのもさることながら、あたしが常連化している最大の理由はここの大将にあった。 これが渋いのよ、うん。 で、無骨な指がまた匠に生きる男の指といいますか。 注文したラーメンを出されるとき、あたしは具や麺を全く見ていない。 その熱々の椀を持つ大将の指に目は釘付け。 しょうゆラーメンを注文して、とんこつラーメンが出てきても気づかない自信がある。 「あ、そういや」 「なに?」 「うちの社長も渋いっすよねぇ、声とか」 高柳、お前は最高だ。 そう、その通り! ぶっちゃけ、あたしは入社式の社長スピーチを聞いた瞬間、ほんの出だしを耳にした時点で定年までい続ける覚悟を決めた。 腰砕けになりそうだったわよ、あれは。 「ナイスミドルの鏡よね」 「あー、俺もあんな50になりたいっすねぇ」 甘い。 下調べが甘いぞ、高柳。 社長は来月で49よ、まだ。 あなたもまだまだね。 などと採点しつつ、 「でもね、あの人って実は甘いもの好きなのよ」 「へぇ? 和菓子とか似合いそうっすけど」 「ところが! ハーゲンダッツのクリスピーサンドが一押しなんだって」 うちの社長情報豆知識を披露する。 ちなみにハーゲンダッツで思い出したのだが。 大阪では「ハゲ、シバきにいけへんけ?」とナンパするらしいが本当だろうか? むろん、ハゲはハーゲンダッツの略だ。 “茶しばきにいけへんけ?”という関西ならではの、ウィットに富んだナンパ文句らしいが。 あたしはこれを弟から聞いたとき、最初“親父狩り”の誘いかと思ったものだ。 「ハーゲンダッツ・・・微妙に納得っすけど、ちょっと違和感もありますねー」 おかしそうに言う高柳。 だがね、そこがまたかわいいのだよ。 ナイスミドルへのかわいいは、きみへのかわいいとはまた違うものなのだ。 分かるかね? などと悦に入りつつ、最後のチャーシューを口に。 「でも・・・先輩、そんなことよく知ってますね」 ふっふっふ。 「あの人のことなら何でも聞きなさい」 あたしは社内一詳しいと自負している。 が、そんなあたしに高柳は 「あ、あの・・・先輩って、その」 「ん? なに?」 彼は言いにくそうに、 「社長と親しいんですか?」 これを聞いた瞬間、あたしは思った。 来た!! これだ。 長年、素敵なオジサマをゲットできない理由を考えてきたあたしだが。 先日“足りないもの”に気づいたのだ。 それ、すなわち色気。 否、オトナのオンナの香り。 そう。 ナイスミドルには、それに見合うだけの“大人の女”ではなければいかんのではないか、と。 あれ以来、あたしは虎視眈々とチャンスを狙ってきた。 そして今。 千載一遇のチャンス到来。 今こそ妄想トレーニングの成果を見せるときだ。 “社長と親しいんですか?” そう聞く高柳に向かって。 「ええ・・・」 あたしは横顔上斜め25度の角度をキープし、物憂げに、思わせぶりに呟いた。 「奥さんよりね」 `;:゙;`;:゙;`;:゙;`ヽ(゚ω゚ゞ)ブッ 「きゃあぁぁぁっ!?」 吹いた。 高柳は吹いた。 折り悪く口に運んだスープが逆流、放出。 さらに折り悪く通りがかったウェイトレスがその被害を真っ向から受け。 瞬時に店内は混乱の坩堝と化した。 おそるべし、オトナのオンナの魅力。 おそるべし、あたし。 だが。 この威力を持ってすれば、いかなナイスミドルも陥落するに違いなし。 あたしは確かな手応えを得たのだ。 許せ、高柳。 きみの犠牲は無駄にはしない。 デビアス酒場に意識を戻しつつも。 あたしは平謝りしてまわる高柳の姿を思い出し、心に誓った。 今こそ、時は来たれり。 と。 そう、あたしがこのギルド“企業戦士”に入った理由はただ一つ。 ギルマスだ。 いやね。 もう絶品なのよ、髭が。 ナイス・ヒゲ。 あれは天下を取れるヒゲよね、うん。 体験入隊して早二ヶ月。 あたしはいざとなると勇気が出なかった。 ギルマスをPTに誘うことすら・・・あぁ、なんと不甲斐なかったことか。 あたしは自分の弱気をなじり、だが、その壁を乗り越えられないでいた。 だが。 今夜こそ。 「みんな」 ピーピング戦隊と化していた一同に宣言する。 「あたし、行くわ」 「へ?」 最初は何のことか理解出来ないでいたのだろう皆も、瞬時に直感を働かせた。 「アタックするの?」 「おーマジか」 こんなとき、人間は恐ろしいほど正確に真実に行き着く。 一瞬にして“ギルマス篭絡、応援団”と化し、鼓舞し始める。 「よし、逝け」 漢字が違うのは酔っているせいだ。 「押し倒せー」 「のれ、のっかれ!」 「舌いれろ、したっ」 無責任な焚き付けを背に、あたしはデビアス酒場の扉を開け、外へと踏み出した。 いざ、出陣。 あたしはロレンシアへの移動コマンドを入力した。 〜3〜 転移した直後、あたしの視界は雪世界から都へと切り替わっていた。 視線の先にあるのはロレンシア酒場。 静かに歩みを進める。 遅れて転移してきたのだろう、こっそり尾けてきたつもりの女どもが蜘蛛の子を散らすように身を隠すのが分かった。 忍者か? くノ一か、お前らは。 だが、草の者と化した皆を完全に無視り、あたしはロレンシア酒場の扉の前に立った。 小声で呟く。 「たのもう」 深呼吸。 そして、あたしは一気に扉を押し開いた。 「・・・」 途端に飛び込んでくる酒の匂い。 騒がしさ。 だが、あたしの目は一点に集中する。 その先にいるのはギルマス。 場の何人かは気づいたようだったが、あたしは構わずに直進した。 「ん?」 ようやく気づいたらしいギルマスがこちらを見上げる。 おぉぅ。 くぅ、間近で見ると一層イイオトコだな、コンチクショウ。 一瞬たじろぐ。 が、ここで退くものか! 「ぎ、ギルマスっ」 「うん?」 あぁ、やめて。 そんな目で見つめないで。 ともすれば座り込みそうになる。 だが、ここで挫けてなるものか。 仕事も疎かにしつつ励んだ妄想トレーニングの成果を今こそ。 見ていろ、高柳。 きみを犬死ににはさせない。 「あ・・・」 「あ?」 怪訝そうなギルマス。 あたしは思い切って言った。 「あたしを求めてくださいっ!!」 逝った。 「・・・」 「・・・」 場に降りる静寂の魔法、沈黙のカーテン。 ギルマスさんからPT要請が来ました。 「?」 PT要請を受諾しました。 思わず反射的に○。 そして、ギルマスはあたしに微笑んで言った。 「はい」 え? 「あ・・・」 そ、そうだよね。 何を期待してたのよ、うん。 PTにも誘えずにいたんだもの。 これでいいのよ、これで上出来と思わなくちゃ・・・ う。 うぅ。 あたしの馬鹿ぁっ!!・゜・(ノД`)・゜・
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