短編小説っぽいもの
のあのあ。 --
本編
『のあのあ。』
〜語りましょう〜 あるところに、まるで機械のような少女がいました。 本当は機械なんかじゃありません。 でも、本当に機械のようなものに身を包んでいました。 それをノアユニット装備というそうです。 けれど、彼女はそんなことを知りません。 気にしたこともありません。 彼女は、ただ、彼女でした。 これはそんな、彼女のお話です。 〜彼女の物語〜 彼女は地を駆けていました。 いえ、正確には地面に足をつけてはいません。 浮いていました。 地面すれすれを、疾走してました。 荒野がびゅんびゅんと後ろに流れていきます。 村が近づいてきました。 彼女が初めて足を踏み入れる村の名は、エルビンといいます。 都会ほど多くないけれど、人々がたくさんいて賑わっていました。 彼女は村へ入っていきます。 堂々と、大通りを通って。 村人が、旅人が、彼女に気づきました。 そして、ぎょっとした顔をして。 村人は、背中をみせて行ってしまいました。 旅人は、顔をしかめました。 彼女はちょっと寂しい気持ちになりながら、村の中心へと進んでいきました。 相変わらず地面に足をつけないで、ちょっぴりだけ浮きながら、音もなく。 でも、足音もしないのに、いつの間にかみんなが彼女を見ていました。 ある者は彼女を指差し、ある者は彼女を睨みつけ、ある者は嫌悪するように顔をそむけました。 おい、見ろよあれ。 なんてこった。 気分がだいなしだ。 あぁ、まったくだよ。 明るかった賑わいは、暗いざわめきになっていました。 長い、長い旅の後でした。 彼女は人々を見たかったけれど、人々は彼女を見たくありませんでした。 彼女は人々の中に入りたかったけれど、人々は彼女を自分たちの中に入れたくありませんでした。 世界はそれまで、歪んだなりにでも、それなりに成り立っていたのです。 かつては異質なものもありました。 でもそれはやがて、調和していきました。 けれど、まだ世界は彼女を受け入れるには早すぎたのです。 彼女はまだ、異質な存在でした。 この世界の住人でありながら、この世界の破壊者でした。 ただ、生きているだけで。 そこにいるだけで、人々は彼女を疎んだのです。 いつしか、人々は彼女の姿をあまり見かけなくなりました。 けれど、彼女がいなくなったわけじゃありません。 彼女はいつも、家の裏を、物陰をこっそりと渡り歩くようになっていました。 もちろん、彼女は知っています。 自分が疎まれていることを。 無言でただ嫌うだけの人もいます。 けれど、まるで憎しみをぶつけるような人だっていたのです。 彼女は村に入るのが嫌いになっていました。 でも、彼女だって荒野でだけ生きるわけにはいきません。 そんなことはできっこありませんでした。 だって、彼女も人間でしたから。 物を食べ、水を飲まないと死んでしまいます。 銀行を利用しないと、物の出し入れだって出来ません。 お店に行って買い物をしないと、村の外で狩りだって出来ません。 彼女は銀行員を呼ぶ術を身につけようとしました。 便利だからじゃありません。 そうすれば、少しでも村に入らばければいけない回数が減らせると思ったからです。 けれど、それも彼女には無理でした。 なぜって、銀行員を呼ぶ術を身につけるには、とってもたくさんの取引をしなければいけなかったのです。 お店を開いて、物を買ってもらうだけでも構いません。 お店を開いて、物を売ってもらうだけでも構いません。 でも、人々は彼女のお店を覗こうなんてしませんでした。 近づこうとさえしませんでした。 三日三晩、彼女はお店を開き、お店を閉めました。 彼女は空気のようでした。 それも、まるで・・・いえ、言うのはやめましょう。 ただ、彼女は隠れるようにして、村に通い続けたのです。 人々は彼女を嫌っていました。 けれど、彼女は人々を嫌ってはいなかったのです。 むしろ、逆でした。 このときは。 まだ。 ある日のことでした。 彼女が荒野から村へ向かおうとしていると、とてもたくさんの煙が見えました。 火事? そう思い至った時、彼女の心は一つのことでいっぱいでした。 彼女は地を駆けます。 今までにないくらい、早く、速く、疾く。 村へと向かって。 近づいていくと、村の様子がよく見えてきました。 家々の屋根が赤く燃えています。 黒い煙が立ち昇っています。 けれど、火事なんかじゃありませんでした。 とても、とても大きな何かが村を襲っていたのです。 まだ影しか見えませんでしたが、それはまるで巨人のようでした。 もうずいぶんと村に近づき、もう少しというところで。 彼女は村を襲っている巨人をはっきりと見たのです。 それはまるで、機械仕掛けのような巨人でした。 まるで、まるで、人々が嫌う・・・彼女のような。 彼女は止まってしまいました。 さっきまでは、あんなに急いで進んでいたのに。 ただの一歩も進めなくなっていました。 彼女の視線の先で、巨人は家を破壊していきます。 こわくて動けなかったんじゃありません。 もちろん、彼女だってこわかった。 けれど、それで足が止まったわけじゃありませんでした。 巨人は・・・姿かたちは違うけれど。 それはまるで、鏡でした。 おい見ろよ。 なんてこった。 だいなしだな。 あぁ、ありゃ人じゃない・・・機械だ。 うんざりするほど聞いてきた、うんざりとした人々の声が耳に蘇りました。 彼女は、ただ絶望感の中で、破壊される村を眺めていました。 と、そのときです。 村から、一人の人間が走ってきました。 よろめくようにして。 大変です。 とても大きな怪我をしているのが分かりました。 彼女はさっきまで動けなかったのが嘘のように、素早く彼に近づきました。 音もなく、浮きながら、速やかに。 彼女はそれなりにですけれど、回復の魔法が使えたのです。 目の前で、男が倒れこんでしまいました。 いそがないと。 慌てて彼女は抱き起こそうとします。 そして、回復の魔法を・・・ そのときでした。 彼が、彼女を見たのは。 嗚呼。 その表情を見て、彼女は理解しました。 こんなときでさえ。 命がかかっているこんなときでさえ、人々の心は彼女を拒絶しようとしたのだと。 再び崩れ落ちる男。 彼女の足元で、彼は死にかけていました。 それを眺めるのがつらくて、目を閉じました。 閉じた目から、熱い涙が流れ落ちます。 彼女は。 彼女は・・・ あたしは・・・ 「あたしは」 それはまるで、鈴のような声でした。 ひどくかすれた、壊れかけた鈴の音色のような。 彼女は自問します。 あたしは、何? あたしは何を考えているの。 何を考えてきたの。 何を望んできたの。 あたしは、あたしは・・・ 倒れた男の周りに光が降り注ぎました。 回復の魔法でした。 彼女のかけた。 そして、彼女は村へと入っていきました。 武器を手にして。 忘れかけていたほど懐かしい、村の大通りを。 彼女はただ人々を助けたかった。 何かのためにじゃない、ただ人々を助けたかった。 そう言う人がいたら、それはウソです。 そんなの、うそっぱちです。 人々を助けたいと思ったのは本当です。 でもね。 立ち上る煙を見たとき、火事だと思ったとき、彼女の頭の中はいっぱいにありました。 期待と、喜びで。 彼女は思ったのです。 思わずにはいられなかったのです。 人々を助ければ・・・あたしは感謝される、って。 彼女は感謝されたかった。 彼女は褒めてもらいたかった。 彼女は人々に賞賛されたかったんです。 だって、そうでしょう。 彼女は機械じゃない、人間なんです。 愛されたかった。 彼女は武器を手に、村の大通りを駆け抜けます。 人々の悲鳴の中、巨人に立ち向かいます。 まるで、機械と機械の戦いのように。 けれど、それは孤独な戦いでもありました。 抵抗する人は他にもいました。 戦うことを知っている旅人だっていました。 でも、彼らは彼らで、彼女はあくまで彼女でした。 彼女に援護はありませんでした。 彼女に協力はありませんでした。 彼女に声援はありませんでした。 それでも、彼女は戦いました。 機械仕掛けの巨人を銃撃します。 巨人の上半身がのけぞるのが分かりました。 グレネード弾を撃ち込みます。 巨人の片足が吹き飛び、大きな音を立てて地面に倒れました。 戦う人々が一斉に飛び掛り、倒れた巨人を破壊するのが見えました。 まだです。 巨人は一体ではありませんでした。 何体もいたのです。 彼女は邪悪な巨人たちに立ち向かいます。 必死で戦いました。 戦う人々の中で、たった独りで戦いました。 そして。 あれ? おかしいな。 彼女は自分の腕を見ました。 いつの間にか・・・左手が、なくなっていました。 それを見て、彼女は微笑みました。 見て。 みんな見て。 あたしはあなたたちのために左手を失った。 ほら。 ね? そして彼女は戦い続けます。 残った腕で銃を撃ち、頭の片隅でちょっぴり考えました。 こんなに傷ついたのだから、許されないかな・・・少し優しくされるくらい。 周囲は悲鳴と、怒号と、あるいは応援の声であふれかえっています。 爆音や、その他の音は気にしませんでした。 彼女はただ、人の声だけ聞いていました。 それが自分にむけられるものでなくても。 がくん。 どれくらいぶりでしょうか、地面の感触。 片足が・・・あ、でもいいや。 彼女は思いました。 いまさらじゃん。 また、耳の奥で声が蘇りました。 見ろよ、浮いてやがる。 あれが足か? 馬鹿いえ、あれが足でなんかあるもんか。 あぁ、そうさ。 足無しめ。 彼女は片足で飛び跳ねるように移動し、戦い続けました。 さぁ、見てよ。 ね、あなたたちの言った通りになっちゃった。 だから。 受け入れてくれるよね? あたし、あなたたちの言うとおりだよ? 彼女は傷つき続けました。 巨人を傷つけ続けました。 もう満身創痍でした。 それでも、彼女は戦い続けます。 見て。 見て。 あなたたちのために戦う、あたしを見て。 あなたたちのために傷つく、あたしを哀れんで。 あなたたちのために戦う、あたしを褒めて。 彼女は一心に、巨人を倒し続けました。 彼女は祈るように、殺し続けました。 ずっと。 ずぅっと、続けました。 嗚呼。 ふと、彼女は気づきました。 もう片目しか見えない。 あ。 あたしに笑いかけてくれる人の顔が見えないのは、やだな。 ふと、彼女は気づきました。 もう飛び跳ねているのか転んでいるのかも分からない。 あ。 あたしも歩きたかったな。 みんなと並んで。 ふと、彼女は自分の身体を見下ろしました。 あ。 なくなっちゃった。 右手。 どうしよう。 これじゃ戦えない。 彼女は泣きたくなりました。 これじゃ、これじゃ・・・あたし・・・誰にも・・・ 日が暮れようとした頃、邪悪な巨人たちは全滅しました。 たくさんの瓦礫、 たくさんの死体。 そんなたくさんに混じって、彼女はうち捨てられていました。 もう動けません。 彼女は独りで、死にかけていました。 遠くから人々の歓声が聞こえます。 ある人が泣きながら言いました。 「ありがとう、ありがとう」 旅人が答えます。 「どういたしまして」 ある人が笑いながら言いました。 「あんたらのこと、見た目で嫌って悪かったよ」 オーガが答えます。 「いや、いいさ」 けれど、彼女に声をかける“ある人”なんていませんでした。 人々の輪の遠くで、彼女はただゴミのように、塵芥のようにうち捨てられたままでした。 彼女はもう、泣きませんでした。 「娘よ、聞こえるか」 誰? 「お前は選ばれた」 選ばれた? 誰に? みんなに? そんなことを思って、少し笑った。 唇をゆがめて笑みを浮かべた。 声は出なかった。 「私の名はイーゴ。神となる存在だ」 神? あたしは笑い出しそうになった。 よりによって、神。 「・・・うそよ」 それはほとんど音にならない声だった。 もう鳴らない鈴。 その音色が言う、「うそつき」と。 そう、あたしは知ってる。 この世に悪魔はいるかもしれない。 あたしを嘲笑い、傷つけ、絶望させる悪魔はいるかもしれない。 そしてそれはきっと、人の形をしている。 けれど・・・ もし本当に神がいたら、あたしは今こうしていなかったはず。 泣かずに済んだはず。 死なずに済んだはず。 あたしは知ってる。 かみさまなんて、いない。 「私と共に来い。お前は、この地でもっとも人間であるがゆえに、選ばれたのだ」 人間? あたしが? 人間。 人間。 もう、やめて。 「私がお前に与えるのは、力ではない」 「力なんて、要らない」 力が何になるの? あたしは敵を倒す力を持っていた。 でも、それが何になった? 「私がお前に与えるのは、永遠の生命ではない」 「永遠の生命なんて、要らない」 永遠? そんなの、絶対にイヤ。 もうたくさんなの。 じゅうぶんなの。 あたしは、降りたいの。 「私がお前に与えるのは、約束された死を同類と迎える運命だ」 「・・・」 え・・・? 「私と共にくれば、お前はイビルタイタンの核となる」 「いびる・・・たい、たん?」 「そうだ。お前が倒した巨人たち、生命なき機械仕掛けではない。あれがイビルタイタンだ」 「お前は私のために人間たちと戦い、そして死ぬだろう。ゴミのように、塵芥のように地にうち捨てられるだろう」 人間たちと戦う。 そんなこと・・・どうでもいい。 そして死ぬ。 そんなこと、どうでもいい。 地にうち捨てられる。 喉の奥が痙攣した。 今のあたしにそれを言うの? 「だがそのとき。お前の横には、周りには・・・お前と同じ同類たちがいるだろう」 同類たち? それは、人間の言う仲間とは違うの? あたしにとっては、どう違うというの。 「お前と共にうち捨てられるもの。お前と共に、犬死にするもの」 人々の歓声を遠くに聞きながら、あたしは独りで死にかけながら、嗚咽した。 「私はお前に、それを与えてやろう」 彼女が欲しがっていたもの。 得られなかったもの。 それは黒い邪悪な手によって、ひどく優しく差し出されました。 彼女は絶望し、その枯れた瞳から涙を流しました。 嗚呼。 「あぁ・・・かみさま」 〜語りましょう〜 それは間違いなく闇の手でした。 分かっていました、邪悪な掌だと。 彼女が機械なら、差し出されたその手を拒絶したでしょう。 けれど、彼女は人間でした。 心を持っていました。 闇の神は、優しく微笑んでいました。 もし人々が善であるなら、人々に受け入れられなかった自分は・・・きっと・・・ 悪には悪の、救世主が要るのです。 彼女は機械ではありませんでした。 彼女は人間だから・・・人間を、やめることにしました。 タイタンは音楽で動きます。 歌で動きます。 イビルタイタン、邪悪な巨人は今夜も人を襲うでしょう。 そのとき、人々はどんな歌を聞くのでしょうね?
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