短編小説っぽいもの
ねがねが。 --
本編
『ねがねが。』
〜現在〜 ここは“家age”の黒歴史ともいわれていた、ソレス渓谷。 だがゲオの深遠の実装に合わせ、移住と共にミニアルターが大増設されたことで、今では景観地としても見直されている。 そう、ここにはユグやゲオに無い絶景が広がっているのだ。 遥かな大渓谷は、無数にそびえる絶壁や変化に富む地形に流れる川の数々によって、天然のアミューズメントパークとさえ言えるだろう。 ある限られたシップの者たちにとっては、だが。 そんなソレスの大渓谷でも際立つ、傲慢なほどに雄大な大断崖の上に佇む二つの人影、FS【燦々散華】が誇る“鉄人”が二人。 一人は“ジャングルマスター”濱口とコンビの、関西系“鉄人”アリーノ。 大人しそうな外見ながら、その小柄な肉体には爆発的なエネルギーがつまっている。 その気になれば、たとえ一昼夜でも走り続けられるだろう。 そのせいで、たびたび買い出しのベンダー巡りを押し付けられている苦労の人でもあるのだけれど。 もう一人の名はビーズという。 やはり“鉄人”で、こちらはニューターの女性だ。 活発そうな短い髪に、勝気な瞳。 いかにも、な容貌だが・・・装備はなぜか“翼が折れた天使の羽”だの、激しい運動中に落ちそうな“肩乗りインコ”だのを装備している。 足枷だのドリームパドロックだのと、何か人知れぬこだわりがあるのかもしれない。 ちなみに、ひそかに“物好き”のシップも取っていたりする。 女性なので“傷ついた戦士”のモーションは出ないのだが、無駄に隠れすぎた感じが正に物好きっぽいとも言える。 週に一回、二人は飛ぶ。 ソレスの大断崖から、この巨大に過ぎる渓谷を大横断するのだ。 空中を。 飛行というより滑空なのだけれど、飛ぶ。 飛翔する。 ビーズにとって、それは最も大切な時間だ。 最高の時間。 限られた時間だけれども、身も心も風になる。 風になって、空になる。 開放され、どんどん広がって・・・世界になる、自分。 ここから空を見上げ、そして眼下に広がる世界に感じるのは確かに愛情だと彼女は思う。 それは、今だから感じられることだ。 かつての自分では決して感じられなかっただろう感慨。 「パンツァーて、珍しいよなぁ」 そんなことを唐突に言い出したのはアリーノである。 振り返るビーズに、彼の「パンデモスやなのに紳士て」という続きは差別発言だろう。 だがしかし。 この世界、パンダ=変態はグローバルスタンダードだ。 一部の者にとって心底、それはもう極めて遺憾なことだが、それは一部であるがゆえに世界に届かない。 マジョリティは往々にして、マイノリティに冷酷なのだ。 時にはマイノリティを上から掬い上げてやることで、マジョリティは己の器に満足するのだけれど。 それはともかく、 「あぁ、Pちゃん?」 と返すビーズ。 「Pちゃんって」 苦笑するのはアリーノだ。 あのいかついパンデモスに“Pちゃん”はさすがにどうだろうか。 パンツさん、という呼び名に比べればマシだろうが。 そんなささやかすぎる抗議に、 「いいのよ」 遠くを見るような目をしながら、彼女が呟く。 「あの人は、あたしの恩人だから」 アリーノが思わずつっこむ。 「・・・なおさらちゃんと呼んであげようや」 〜回想〜 「新しく入ったビーズというのはキミかな?」 そう声をかけられらたとき、彼女はTS中だった。 なんだか不愉快なほど気に入ってしまって、切るに切れなくなったパフォーマンス18。 彼女は声の主を振り返りもせずに、 「あー、あたしに話しかけないほうがいいですよー」 投げやりな声で「あたし、ネガ一杯だから」と続ける。 浮かべるのは自嘲の笑い。 彼女の中はドロドロだ。 ドロドロのグチャグチャだ。 そのドロドロは怒っていて、絶望している。 少なくとも彼女はそう思っている。 今は、まだ。 さきほどの声の主が「ほぅ!」と返すのも聞き流し、彼女は自分の中の自分の声に意識を戻す。 中から器を傷つけ、壊すような荒れ狂うそれら。 あー、低マーうぜー。 狩りつまんね。 クリ銃しねよ。 ヤンキーウェイとか空気テク多すぎ。 てか盗みとか放置かよ。 三次にもなれない仕様って不具合じゃんか。 森もゴミすぎ。 泉とか詐欺だし。 ガチャ絞りすぎ。 目玉は等級とかもう関係ないし。 家とか何よあれ。 座れない椅子、寝れないベッド。 ストレージは金も入んないから結局多重要るし。 重すぎ。 やることなさすぎ。 まじやってらんない。 あーもー、うざいうざいうざい・・・。 そんな彼女にかけられた、思いもかけない言葉。 「素晴らしいね!」 ・・・え? 振り返ると、見上げるような大男がいた。 同じFS【燦々散華】の、黒く染めたジェントル装備のパンデモス。 石仮面にデザインショルダーと、パンダにあるまじきお洒落な紳士然とした外見をしている男と目が合う。 そして、あたしの目の前でPちゃんはこう言ったのだ。 にっこり笑って。 「願いが一杯なんだね」 そりゃあね、あたしは思ったよ。 (・・・何言ってるの、こいつ) って。 (違うっ、違う!) 彼女は慌てて言った。 「願いが一杯じゃなくて、ネガが一杯なの!!」 目の前の男の、あけっぴろげすぎる笑顔のせいだろうか。 それを皮切りに、思わず言葉が次々に口から出ていた。 堰を切ったように、ネガを吐き出し続けた。 ぶつけるような言葉の数々を、目の前のパンダは聞き続けた。 それを理不尽な行為だと、彼女も自分で気づいている。 けれど止まらなかった。 どうでもよかった。 まただ。 またこのFSも追い出されるだろう。 自業自得の繰り返し。 でも、自分でもどうにもならないのだ。 彼女は怒る。 泣き出したくなる。 ネガることばっかりなの。 ネガることしか知らないの。 ネガることしか出来ないの。 そこで少し歪んだ視界に映る、目の前の顔が見えた。 少し歪んだパンダは、何事もなかったように微笑んでいた。 それでだろうか、奇妙に冷静になった頭の一部が自問の声をあげた。 そうか? 冷静な自分は冷ややかに言う。 違う。 ネガることしか・・・しないのよ。 冷酷に告げる。 あたしは。 そう。 自分でも分かってる。 世界は悪い。 そして、あたしも悪い。 なぁんにもしない。 口だけ。 ネガを吐くだけ。 何かをしようなんて思わない。 あたしの心はナマケモノで、死んでるんだ。 だから・・・世界はこんなに優しくないんだ。 迷子になった子供のような声で、彼女は呟いた。 「あたし、なんでまだこの世界にいるんだろ?」 困っちゃうよね、そんなこと言われても。 そりゃそうだよ。 あたしだって、初対面の相手からそんなこと言われたら大困りする。 でもね、Pちゃんは違ったんだ。 あたしの頭に手を、やたら大きくて温かくて無遠慮に親しい手を置いて、 「ネガるというのは欲しがる心だ」 って言ったんだ。 「不満は欲求の裏返し」 そう、かな。 なの、かも。 固まったカラダと、かすかに流れるようになった心のあたしに、会ったばかりの癖にPちゃんは言った。 とても優しい声で。 「心はそんなに動きたがってるのに、カラダがついてこないんだね」 心が? ち、違う。 違う違う? あたしは希望なんてもってない。 期待なんてしてない。 前向きな心なんてもってない。 何も、望んでなんか、ない。 そんなはず・・・そんなはず・・・ 「ネガる心はネガう心」 混乱しきったあたしは、鸚鵡返しに繰り返した。 「ネガる心は・・・ネガう、心・・?」 パンデモスは深く頷いて、言った。 「鍛えよう」 「・・・はい?」 え? 「ふんっ、はぁっ!」 なぜ、脱ぐ。 おい待てパンダ。 鬼の貌が出てきそうなほど鍛え上げられた筋肉がうねる、広い背中。 「心が動きたがっているのにカラダがついてこない。ならば、選択肢は一つじゃないかね?」 ばさぁっと音を立て、空に舞うジェントルスーツ。 かっこ、中身無し。 地に残った中身は両足を踏みしめ、天高く宣言する。 「心についてこれるよう、カラダを鍛えるのさ!」 身も心も固まったままのあたしの前で繰り広げられる、独り漢祭り。 マッスルカーニバル、ゲリラ開催? うねる筋肉、迸る汗、ぎらつくほどに輝く肌。 「ふっ、はっ!」 次々と繰り出すポージング。 「・・・」 「よし!!」 いやいやいや! 待って待って待って? 今、H.G バージョン2Fizzったよね!? 何事もなかったようにバージョン3に進みましたけど!? かつて紳士であったパンダは、さすがに息をやや荒げながら言う。 「汗は心の涙だ」 「それを言うなら“涙は心の汗”ですよね?」 思わず突っ込む。 「カラダを苛める・・・だが男は泣かない!」 天に吠えるパンダ。 Not大熊猫。 「あたし女ですケド」 「かわりに心が泣く」 聞いちゃいませんよ? 「それが汗だ!」 パンツァーさんは、なんだかとっても残念な人でした。 ・・・言ってることはちょっぴり格好良かったのに。 途中までは。 パンツァーさん、さっきまでは素敵でした。 さようなら、あたしの儚い想い。 それでね、Pちゃんは言ったんだよね。 「いつの日か自分で叶えたら、ネガも格好良くなってるさ」 それはとても優しい声だった。 「それはもうネガでなく、ネガいだったことに上書きされる」 それはとても力強い声だった。 「・・・上書き、できる?」 「あぁ、必ず」 その無責任な保証を、あたしは信じたんだ。 信じちゃった。 なんでだろうね。 〜再び、現在〜 あたしは“鉄人”になった。 間違った理論で、間違った道筋で、間違い過ぎて正解になっちゃったかもしんない結果が、今だ。 あたしは地面を蹴る。 地を駆ける。 「ひゃっほぅ♪」 大断崖から飛び出す。 絶叫するように、吼える。 「アイ・キャン・フラァァァァイ!!」 世界に向けて、両手を広げる。 翼のように。 あたしでも、飛べるのだ。 シーツー、シーツー。 聞こえますか。 昔のあたしへ、未来のあたしより。 ネガいをネガるな。 ネガいなさい。 そして、叶えなさい。 あなたが思っているよりも。 世界は厳しくて・・・優しい。
↓好印象を持って下さったら、是非♪