短編小説っぽいもの
えむえむ。 --
本編
『えむえむ。』
〜プロローグ〜 「ジャムちゃん、今日お暇かしら?」 でっかい繭の向こうからわたしを呼び止めたのはマリエルさんだった。 彼女はとても奇麗なコグニート女性。 お淑やかで、落ち着いていて・・・“こぐねぇ”という言葉を聞くと、わたしはすぐにマリエルさんを連想してしまう。 わたしはテイマーで、動物(じゃない子も多いけど)たちと暮らすのは実は結構、汚い。 それがイヤっていうんじゃなくてね。 でも実際、わたしの髪には藁がまぎれてたり、靴は土まみれになってることがほとんど。 なんて言ってると、んー・・・やっぱり、ちょっぴり、気おくれみたいなものは抱えてるのかもしれない。 わたしは。 見た目ってやつに。 そんなわたしは、マリエルさんと一緒にいるのが好きだ。 わたしには無い魅力ばかりをもっているマリエルさん。 (彼女もわたしに同じことを言ってくれる。マリエルさん、大好き!) 彼女の隣りにいると、ほんのわずかな妬ましい羨望とともに、わたしまで誇らしいような気分になる。 まるで姉のような存在の、こぐねぇ。 「この子の忠誠上げをしてるだけだから、ヒマですけど・・・」 わたしはでっかい繭をさすりながら答える。 繭、コクーンはいわゆるカオスペットというやつで、やたらめったら苦労する忠誠上げという試練を越えなければならない。 実のところは放置して忠誠を下げて、それから餌をあげる繰り返しなんだけど・・・これが実はすっごくきつい。 と思う。 人によると思うんだけどね、うん。 わたしの場合は、繭をさすってあげながらFSチャットなんかをしてることが多いかな。 つまるところ、 「訂正します。かなーり、ヒマです。はふぅん」 な時に声をかけられたわけで。 そんなわたしを「ふふっ」と微笑いながら、 「だと思った。今から個人的なツアーに行くのだけど、ジャムちゃんもくる?」 と誘われたら、ねぇ。 「行きますっ。行きますー^^」 とびつくってなもの。 だよね? それに話を聞いたら、半ばマリエルさん主催のミニツアーみたいな感じらしいし。 マリエルさんの連れてくる人なら安心。 って・・・そう思っていた。 このときは、まだ。 〜前編〜 「初めまして、とんこつポタージュです」 そう挨拶してきたのは、一際大柄なパンデモスの男の人だった。 というか、集まっている面々はやけにパンデモス男性が多い。 パンダだらけ。 偏りすぎなくらいだ。 口には出せない感想だけど、気のせいか空気が薄く感じる。 で、きっと気温はこの辺りだけ何度か上がってると思う。 パンダの集団が酸欠を引き起こすほど存在感があることを、わたしは初めて知った。 匂いは平気なんだけどね。 動物たちとの共同生活で慣れてるし。 っていう言い方もひどいか、あはは。 「あ、クランベリージャムです。今日はよろしくお願いしますっ」 見た目に反して(?)紳士的なパンダ戦士さんに、わたしは深々と頭を下げて挨拶した。 挨拶をかわしてる内に気づいたのだけれど、パンダさんたちは押し並べて紳士的な人ばかり。 見た目はあの映画・・・『300』? な光景なのに! よく見ると、所属FSも有名どころばっかりだ。 FSマスターをしてる人もかなり目につく。 もちろん装備もみんな豪華絢爛で。 わたしは気おくれを誤魔化すようにマリエルさんに質問してみる。 「すごい・・・マリエルさん、みんなお友達なんですか?」 マリエルさんはさらっと、 「彼ら、わたしのリアルのお得意様なの」 (マリエルさん、社会人だったんだ!) 彼女に憧れる大学二回生としては、二年後にはマリエルさんみたいな・・・などと思ったり。 が、そんなわたしの清らかな微笑ましい空想は、とんこつさんのセリフで木っ端微塵に粉砕された。 マリエルさんに向かって、とんこつさんが・・・ 「準備終わりました、マリエ女王様」 なんですとっ!? (い、今なんて・・・?) と、いつもと同じ声音で、それなのにわたしの知らないマリエルさんが言った。 「女王様はおやめなさい」 そして、なんでもないように続けた。 「マリエ様でいいわ」 (Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)) 「はい、マリエ様」 (え? え?) 「これからは気をつけなさい」 「はい、申し訳ありません。マリエ様」 このとき・・・ 自分の日常を侵食する非日常を感じ、わたしは恐怖したのだ。 〜中編〜 6月4日。 それは、わたしの憧れる“こぐねぇ”の中の人がSM女王様だと分かった日。 職業に貴賎無しとは言うけれど。 まさか、SMクラブ勤務だったとは。 それもS。 ・・・Mだったら良いってわけじゃないけれど。 (Mのマリエルさん・・・?) あ、鼻血が。 Σはっ。 違うっ、わたしまでヘンに・・・落ちつけ。 落ちつけ、わたし。 自分を見失うんじゃない。 すーはー、すーはー。 うし。 モー。 (ダメだ・・・わたし、動揺しまくってる・・・) 憧れだったのだ。 しっとりと落ちついた、でも頼り甲斐のある姉のような人だった。 そう思っていたのに。 “お姉様”と“女王様”じゃ大違いだ。 (マリエルさんが・・・わたしの、わたしだけのお姉様?) あ、また鼻血が。 「ジャムちゃん、大丈夫? 顔色が良くないわよ?」 いえ、大丈夫です。 ただの貧血です。 「ここ、暑いものね」 そう言いながら、髪をかきあげるマリエルさんは相変わらず絵になっていて。 一時、ここが荒野だということを忘れそうになる。 わたしと話すとき、マリエルさんはいつもと同じだ。 それはとんこつさんにも言えることで、わたしに話しかけてくる彼は普通のテンプルナイトさんに見える。 なのに、とんこつさんとマリエルさんの間の会話は違う。 それがわたしを動揺させる。 PTを組むときも・・・ 「それじゃあ・・・とんこつさん、リーダーお願いできますか?^^」 そんなわたしの無邪気な提案に、 「私如きがそんな、畏れ多いことは・・・」 とんこつさん、こっちを向いて下さい。 なぜ、提案したわたしじゃなくてマリエルさんのほうを向いてるんですか。 しかもプルプルしてるし。 でも、戦闘前の武者震いだと信じてます、わたし。 「じゃあ、わたしがPTリーダーをしてもいいかしら?」 はい、マリエ女王様。 もちろんでございます。 そんなこんなでPTを組み、総勢9人で狩りにきたのはイプス峡谷。 目的地はサベージ村だ。 気合いを入れないと危険な狩り場。 落ちつかなくては。 さっきから周りで(*´Д`*)ハァハァ聞こえるのは錯覚に違いない。 そうだ、そうに決まってる。 そうですよね、とんこつさん(と皆さん)。 鎧兜、暑そうですもん・・・だから息が荒いだけですよね。 ジャスティスタンクさんだって、将軍さんだって。 ヘルナイトさんのフード姿も暑そう。 だからだ。 フードの奥からやけに息遣いがリアルに聞こえてくるのは服装のせいに違いない。 ですよね? ね? あ、答えはいいです。 勝手に信じさせて下さい。 出来るだけ長く信じていたいんです。 「とんこつさん、もうすぐサベージ村ですけど・・・大丈夫ですか?」 「は、はい、マリエ様・・・ハァハァ」 いえ、聞いたのはわたしです。 だからこっちを向いて下さい。 マリエルさんのほうを向いている時のとんこつさんは、そこはかとなく息が荒い。 わたしと話すときは普通なのに。 そのギャップが一層わたしを怯えさせる。 「あ」 見えた。 サベージ村の前線、ルーキーたちだ。 その少し向こうには弓を持ったスカウトたちの姿。 今はまだ見えないけれど、近づくと奥にサベージ族のナイトやドルイド、さらにはそれらのロード種たちがいるはず。 そして最深にいるのは当然、彼らサベージの王だ。 村や部族というとマイナーなイメージだけれど、彼らは一国の軍隊に匹敵する戦闘集団。 決して油断できない。 わたしがBuffをかけるのを待ちきれないかのように飛び出そうとするマゾナイト・・・いやテンプルナイトとんこつさん。 (あ) と思ったら、静かにマリエルさんが呼び止めてくれた。 良かった。 「お待ちなさい」 素直に停止するとんこつさん。 「はい、マリエ様」 うん、そうそう。 いくら歴戦の戦士でも、サベージ村に突入する前には万全のBuffを・・・ 「脱ぎなさい」 なんですとっ!? (ま、ままままマリエルさんっ!?) 今からサベージ村に突入するんですよね? 狩りですよね? 危険ですよね? パニック状態のわたしをよそに、従順に防具を脱いでいく(元)テンプルナイトとんこつさん。 「何をしてるの、みんなもよ」 (Σ) 一斉に脱ぎだす一同。 なんという勇者の集団かっ!? まずいです。 いくらなんでも危険です。 マリエルさん、とんこつさん(と、みんな)を殺す気ですか? たぶん良い人たちなのに・・・ま、マゾなだけで・・・ 〜後編〜 わたしを待っていたのは地獄絵図だった。 数え切れないほどのサベージ族の戦士たちに襲いかかって行った、我らがマリエルペット軍団(仮称)。 弓矢も飛び交い、鎧など無い彼らの中には仁王立ちの弁慶のような有様も何人か。 壮絶すぎる絵だ。 ドルイド種から蹴り上げられて宙を舞う者もいて、まさにカオスの一言。 マリエルさんの慈悲から盾は持ち込みを許されたものの、もうこれは一方的な虐殺に近い。 というか、武器スキルしか取っていないのだろう男たちが素手(武器も禁止の下知が)で空振りを続ける様は、まるで踊っているようで。 彼らには希望なんてない。 ここには絶望しかない。 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことだ。 襲い来るサベージ族から逃げ惑うマリエルペット軍団(仮称)。 いや、逃げることは許されなかった。 「わかっているわね?」 「は、はい、マリエ様」 「お逝きなさい」 とんこつさんは星になった。 流星だ。 一筋の流れ星だ。 しょせん墜ちる運命にあるがゆえに、一際大きく輝く生命のあがきだ。 テンプルナイトの専用魔法、シャイニングフォースのエフェクトが星っぽさをさらに演出している。 そういえばルパン三世の歌も言ってました。 男には自分の世界がある。 たとえるなら、空を駆ける一筋の流れ星。 そうなんですね。 これが男の、漢の生き様なんですね。 次々と墜ちていく漢たち。 イプス峡谷、サベージ村に降り注ぐ流星群よ。 これが・・・漢。 わたし、理解は出来ないけど応援しますっ。 もののけ姫も言ってました。 生きろ。 そうです、とんこつさん。 生きて・・・生きてください。 そんなわたしの祈りと別に、わたしの知らないマリエルさんの声が響く。 「とんこつポタージュなんてお似合いの名前ねっ、このブタ!!」 ひどいです。 それはあんまりです、マリエルさん。 すごくすごく頑張ってるじゃないですか、とんこつさん。 (あ。とんこつさんのゲージが・・・) とんこつさんが死にそうです。 マリエルさん、ヒールを・・・ 「おまえにあたくしのHはもったいないわっ、包帯がお似合いよ!!」 そんなっ。 っていうか、ヒールをHと略すのはおやめ下さい。今日この場だけでも。 HAも禁止です、禁止語句ですっ、NGワードです! 哀れな・・・文字通り死に物狂いでマリエルさんの包帯にたかる漢たち。 包帯を巻くマリエルさんは慈愛に満ちた微笑みを浮かべていて、そこだけ見ればまるで聖女のよう。 前後の成り行きを考えると不思議な感じがしたけれど、これが彼ら彼女らの世界なのかもしれない。 当然だけれど、マリエルさんは一人ずつにしか巻けない。 御手を授かれなかった者たちは、包帯のディレイの間はまた逃げ惑うのだ。 砂糖にたかる蟻のように群がり、また蜘蛛の子を散らすようにして走り回る漢たち。 もうわたし、涙で前が見えません。 「あら・・・あたくしの包帯を前に無言だなんて、これはどういうことかしら?」 鬼ですか。 「なんとかおっしゃい!!」 落ち着いて下さい、チャット死します。 とんこつさん、みんな。 まず敵と距離を取るなりして・・・ 「ありがとうございます、マリエ様11」 「ありがとうございます、マリエ様qqq」 「ありがとうごzzzっざいmss、マリエ様3333」 久しぶりに見ましたよっ、qqq死! っていうか、“マリエ様qqq”を声に出すとノリノリなリズムなこと発見トリビア。 GoGoGoみたいで。 立ち止まり、一斉に誤爆しながら死んでいく漢たち。 マリエルさんの周囲に、次々と赤い赤い滝が吹き上がる。 なんて夢のような光景。 どんな宗教ですか、死の祭事ですか、マブ教のレッドスープですか。 それぞれのGHPなり包帯なり(回復量の大きい回復魔法は禁じられている)のショートカットなのだろうキーを誤爆しながら、無数の流れ星が墜ちて逝く。 誤爆しながらも、マリエ様の部分だけは確実にキーを打っている姿に胸が熱くなる。 おい・・・馬鹿だろう、お前ら。 狽ヘっ!? わ、わたしとしたことが暴言を・・・違う、違うんです。 感動の余り、ちょこっと自分を見失って本音、じゃなかった心にも無い発言が出ました。 なんて思っていたら、いつの間にホームポイントに戻っていたのか、霊体の漢たちが死体回収する姿があちこちに。 自分にかけたインビジの効果時間を気にしながら見守るわたし。 リザしても良かったんだけどね、うん。 でも、なんていうかね、それがひどく無粋なことのように思えたんだ。 彼らのレミングスのような行動は理解できない。 アポトーシスのような思考は理解できない。 けれど、わたしにも分かる。 彼らは、彼らの心は折れていない。 だから彼らは帰ってくるのだ。 笑みさえ浮かべて。 なんという勇者たち! マリエルさんは呟く、「わたしの英雄たち」と。 マイヒーローズと。 想いを込めて、熱にうなされたように、洩れる呟き。 漢たちの帰還。 彼らは何度、星になろうとも帰ってくるのだ。 異世界の英雄ガトーのように帰ってくる。 彼らの瞳は、愛してやまない主君を守ろうとする決意に燃え、闘志を失っていない。 いや、訂正。 その瞳は、愛してやまない女王様に尽くそうとする本能に萌え、理性を失っている。 ・・・。 違うっ。 こんなの、わたしの求めていた冒険じゃない。 違う新世界。 演じたかった違う一面、感じたかった異世界。 それで始めたMMO。 でも、求めていたのはこんな新しすぎる世界じゃない。 断じて違・・・ 「あら、あたくしにタゲが一つ・・・これはどういうことかしら?」 どれだけのmobがいると思っているんですか。 だが、そんな常識的な意見はこの場に通じない。 「も、申し訳ありませんっ」 すっ飛んでくるとんこつさん。 もちろん、蘇生後のHP回復など後回しだ。 密集した群れから、マリエルさんをタゲっている一匹を正確に捉えてタゲを奪う。 この人、ひょっとしてめちゃくちゃ上手いんじゃないだろうか。 ま、マゾだけど・・・ (いいえ、違うわ!!) わたしは逃げた。 真実から逃げた。 とんこつさんはマゾじゃないし、凄い上級プレイヤーさんなのだ。 歴戦の猛者なのだ。 そう、マリエルさんだって憧れのこぐねぇさんだ。 そんな素晴らしい人たちが死力を尽くし、世界を脅かす魔物たちを討伐しているのだ。 わたしは今、その場に立ち会っているのだ。 そうに違いない。 動揺するな。 惑わされるな。 むしろ誇りに思わなければ・・・ あぁっ、とんこつさんのノックバックの呻き声が!? (Σしかも、マリエルさん・・・それを見てぞくぞくしてるっ?) い、いやぁぁぁぁぁぁ・゜・(ノД`)・゜・ 〜エピローグ〜 「ジャムちゃん・・・ジャムちゃんっ」 「Σはっ!?」 「あ、起きた? 大丈夫?」 わたしを覗き込んでいるのは、心配そうな顔をしたマリエルさんだった。 「ま、マリエルさん」 「嫌な夢でも見たの・・・ひどい顔色よ?」 ゆ、夢・・・? 「あ、そうそう。ジャムちゃん?」 「あ、はい?」 「今日お暇かしら?」 どくん。 心臓が跳ね上がった。 涙でうるんだ視界の向こうで、マリエ様が微笑んでいて。 「今から個人的なツアーに・・・」 い、いっやぁぁぁぁぁぁ・゜・(ノД`)・゜・
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