短編小説っぽいもの
ぎがぎがす。 --
本編
『ぎがぎがす。』
レクスールヒルを吹き抜ける風が心地良い。 青い風、そんな言葉が浮かぶ。 もちろん風に色なんて無いけれど、この風には本当にそんな言葉が似合う。 小さな、遺憾なことにかなり小さな身体に大きく息を吸って伸びをした。 うん、ここで暮らしてると背が伸びそう? 自然は人を大きくするっていうけれど、確かに心は大きくなる気がする。 地下水路なんかのインドアより、あたしはやっぱりアウトドアが良い。 ご機嫌なあたしに、集合場所にやってきた仲間たちが声をかけていく。 「よっ。モニ、おはー」 あたしは少し機嫌が悪くなる。 さらに、 「遅刻遅刻、わりー、わりー・・・お、モニ、早いな! そして小さいな!」 あたしはもっと機嫌が悪くなる。 そして、 「やばっ、俺最後!? あ、モニ・・・」 あたし、“酔拳士”ムニ・チャン・ツェイーはブチ切れる。 さらば、大きくなりかけてた心。 「あたしはモニじゃないっ、コグだぁっ!!」 激怒するあたしを見下ろし、最後にやってきた濱口が(特に我が慎ましやかな胸の辺りを)じっくり見てから、親指を立てて輝くような白い歯を見せる笑顔で一言。 「騙されないぜっ?」 あたしはそのツラに無言で鉄拳を叩き込んだ。 城塞都市ビスクの東に広がるレクスールヒル。 ライオンや女蛮族アマゾネス、グリフォン谷など、名所がいくつもあるこの地だが、今日の目的地はその中でもメッカ。 すなわち、ギガース広場だ。 レクスギガスとも言われ、こと攻撃力に関しては突出した最高威力を有する大巨人が棲まう。 旅人ならば、その隻眼と目が合っただけで気絶するだろう。 FSを総動員して、万全を期した準備の下で挑めばなんとかなる敵だが、それでもあたしたちには充分な強敵だ。 そんなギガスに今日ソロで挑むのは、我らがギルマス・・・ 「皆さん、揃いましたかねぇ?」 ギガスに見つからないように壁に隠れた集合場所で、注目を集めるために手を叩きながらSuzeQが言う。 彼はあたしたちFS【燦々散華】のギルドマスターで、なんというか・・・カボチャ紳士だ。 頭装備は無表情にして愛嬌のある“じゃっく・お・へっど”装備、それにブラムストーカー装備という格好をしている。 その背中には闇の加護を受けたブラックボーンウィング。 パフォーマンスや音楽といった無駄スキルを持ちつつ、FS【燦々散華】唯一のパニッシャーでもある。 死魔法の他は暗黒命令や酩酊、あと回復とかだったかな。 「全員集合?」 こくりと傾げたカボチャ頭が愛らしくも不気味だ。 そういえば・・・可愛い仕草がカボの魅力を引き出すのです、と前に自分で言ってたな、この人。 でも子供は泣くぞ。 きっと夢に見る。 というか、この人なら子供に直接、「今夜、あなたの夢に出てもいいですかぁ?」とか言いそうだ。 ブラム装備で自動召喚されたコウモリがパタパタ飛んでるし、演出もバッチリ。 メンバーを見渡し、あたしは姿の見えないFSメンの名を挙げる。 「パンツァーは?」 「うん? あー、パンツさんは自分探しの旅に出てます」 あぁ、そういえば。 育成方向を見失ったとか言ってたな。 この世界ではよくあることで、最初は破壊魔法に打ち込んでいたのに、殺伐さから現実逃避して釣りしていたら“海戦士”になっていたりする。 スタミナ回復のための“アスリート”止めのはずが、走る魅力に憑り付かれて誕生してしまった“鉄人”が何人いることか。 この世界で初心ほど無意味なものはない。 「メフィも欠席?」 「あいつがくるわけねーじゃん」 「んだ。今日も明日も明後日も、やつは不動の定位置」 それもそっか。 あたし自身、“魔医師”メフィストが動くところは見たことないもんね。 納得。 「揃ったようなら始めちゃいますよぉ?」 小首を傾げてみせるラブリーカボチャのギルマス。 「おっけー、おっけー」 「つか遠慮は要らん。逝ってこいw」 「ギガスに踏み潰されるとこ、動画に撮っとくよー」 「SS撮ったら焼き増しヨロw」 「今日の肴はギルマスだぁ、酒もってこぉい!」 みんなニヤニヤとしながら温かく送り出す、仲間思いのFSメンたちだ。 死んでしまえ。 もっとも、口ではそう言いながらも、次々とサポ魔法なんかをギルマスにかけてあげてる。 うん、みんなカボ紳士のギルマスが好きなんだよね。 「まー、これ食ってけ!」 どこで買ってきたのか、巨大なウェディングケーキまで出てくる。 最大HP等の増加は嬉しいだろうけど、出陣に際しての贈り物としてはどうだろうか。 いや雰囲気的に。 と思ったら、上にチョコレートクリームで“さよなら、カボチャ先生”とあるのに気づいた。 特注品か・・・。 この熱い送迎陣に、SuzeQは深く頭を下げて 「巧みにやる気をそがれる送り出し、ありがとうございます」 うん、その気持ちはわかる。 が! ここで「やっぱりやめました、解散ー」と言うギルマスじゃない。 ・・・ちょっと言いそうだけど。 いやいやいや! きっと逝く。 いや行く。 この人、Mだしな。 それもかなりのドM。 「では、逝ってきます!」 すちゃ、っと片手を挙げ、ギガスに向かって駆け出し・・・たと思ったら、同じ速度で戻ってきた。 え。 「あ、自分にBuffかけるの忘れてました」 「ぶw」 いやぁ、失敗失敗。 そんなことを呟きながら、自分にBuffをかけていく。 アルケミストラプソディ。 音楽使いの魔法系としては基本です。 さらに基本と言えばマナプレッシャーにホーリーブレス。 コンデスマインドにリボーンワンス。 うん、これも基本だよね。 そして、リジェネーション・・・って、え? 「ちょ!?」 「待て、お前っ」 さすがに慌ててツッコむ一同。 「あ、はい?」 「・・・お前、パニだよな?」 「ですよぉ」 「ダメだろ・・・」 「?」 本気で何を言われてるか分からないように首を傾げるSuzeQさん、職業パニッシャー。 「だから! リジェネはダメだろっ!?」 パニッシャー。 死魔法ヘルパニッシュを主軸として戦う者たち。 ヘルパニッシュは効果時間中の物理攻撃をことごとく反射するが、HPの回復POPをもって効果が打ち消されてしまう。 MoEwikiにも書いてあったよ、長い時間継続して自動でHP回復を行うリジェネレーションをパニ使いにかけると迷惑です、って。 なのに。 この人、自分でそれやっちゃいますか? 馬鹿なの? 死ぬの? 「あぁ!」 ようやく納得いったという調子で、ポンと掌をこぶしで叩くカボ紳士。 「そのことですか」 「そのことだよ」 あぁ、それなら・・・と、ほがらかに続けるカボチャのギルマス。 「大丈夫ですよ」 「ナニがっ!?」 「私、Mですから」 「・・・」 「恥ずかしながら、ドMなんです」 「・・・・・・」 いや、ここでそんなカミングアウトされても。 というか、それはみんな知ってる。 「いやぁ、たまらないですよねぇ。いつ命綱のパニが消えちゃうかと思うとドキドキしちゃいますよぉ」 胸が高鳴ります、と呟くカボ紳士さん。 「戦闘中なんか、必死の思いで詠唱したパニが直後に消えちゃったときなんか、もう胸がすくような気持ちでしたよ? あっはっは」 「・・・」 そんな威厳の欠片も感じさせないギルマスに、こちらは威厳の塊というような老人が声をかける。 脱力した重いため息をつきながら。 「そうか・・・それなら、いくがいい」 この老人は孤高の人という、あたしたちのFSで(技術的には)最高の回復魔法の使い手だ。 名前っぽくないが、名前が孤高の人である。 “紺碧の賢者”であり、威厳オーラとでも呼ぶべき空気をまとったこの老人、実はとんだエロ爺だ。 治療と称して乳を揉む。 わしづかむ。 通り過ぎざまに尻を撫でる。 しかも、その表情はまったく崩れず、威厳をたもったままでやってのけるのである。 その自然な仕草たるや。 あまりにも熟練の域に達したそれは、触った者と触られた者にしか分からない。 女性陣の間ではゴッドハンドの異名で恐れられている。 その匠の技は神域に達し、手触りだけで白か縞かをすら見抜くという。 ちなみに。 早業の使い手らしく、はよ死ねとあたしは思ってる。 が、こういう老人はえてして長生きする。 世界は間違ってるよ、神様・・・。 ともあれ、準備が万全(?)になったらしいギルマスが再び走り出す。 「お、逝った」 「いやまだ逝ってないってw」 「時間の問題やけどな」 そこで冷静なツッコミはどうだろうか、“鉄人”アリーノさん。 まぁ、確かにリジェパニ(仮称)で生き残れる気はしないけどさ・・・。 あたしたちは色んな意味でワクワクしながら、岩壁から顔を覗かせて見学する。 「頑張れよー」 「コケんなー」 ギガスに気づかれないように、みんな小声で応援する。 ・・・それはちょっと冷たくないかい? あたしも見習って、見学モードに入ることにする。 いつのまにか、ギルマスはすでにギガスの反応圏内に入っていた。 自分に近づいてくる小さな謎の生き物をギロリと睨みつける漢一匹ギガス。 「お」 ギガスがその巨体を揺らしながら威嚇した瞬間、ギルマスが手に持った薔薇フルージュにチャージしていたパニを発動させた! ヘルパニッシュの微光に包まれたカボ紳士に向かって、ギガスがその巨大に過ぎる脚を踏み下ろし・・・ 「やっぱりダメでしたぁーっ」とH.K.Dを使って吹っ飛ぶSuzeQさん。 「・・・余裕あるな」 「うん」 「パフォする余裕あれば大丈夫だな」 愉快な人だ。 「あ・・・リジェネった」 「え」 「あ」 ぐちゃ、とでも形容すればいいのか、愛されてやまないカボチャ紳士がギガスの巨大な足に踏み潰された。 「・・・生きてるか? あれ」 「い、一発くらいなら・・・多分・・・」 さすがに身を乗り出すFSメン一同。 PTゲージを見ると、ギルマスのHPが激減していた。 逆に言うと、まだ生きてる。 「おい、こっからHA届くか? じーさん」 “ジャングルマスター”濱口の問いに、無言で首を振る孤高の人。 「・・・」 無言の視線が老人に集中する。 「いや、本当じゃって」 実は回復ヘイト取るのがイヤなだけじゃないだろうな? と思われる程度には、このエロ爺は信用が無い。 「あ、立った!」 “海戦士”ジュリマリが声をあげる。 ちなみに彼女の名前はジュリアナマリアンナだが、長いのでみんなジュリマリと呼んでいる。 “目立ちたがり”タムラの「クララが?」というセリフは当然無視られた。 一同の視線がギガス、というかギルマスのほうに集中する。 「おー、生きてる生きてる」 感心したように声をあげる“ジャスティスタンク”ファランクスβ、彼は同じ言葉を繰り返す癖がある。 「しぶといな」 と、少し愛が足りないコメントをしたのは“ジャスティスタンク”ファランクスαだ。 ちなみに、ファランクスγは育成中で、まだ“ブレイブナイト”である。 彼ら三人はFSメンから“鉄壁三兄弟”と呼ばれている。 ・・・どうでもいいけど言ってみた。 もっとも、お互いにシールディングオーラを飛ばしあうことに夢中になって、しばしば攻撃を忘れる困った三人組でもある。 「逃げろっ、逃げろ!」 身を乗り出して指示を飛ばす“サムライ”の亜さん、さすがにここは大声だ。 その声を聞いてか、ギルマスが方向転換してギガスに背を向け・・・ 「あ?」 M.T.Rを発動。 「・・・余裕あるじゃねぇか」 ここでパフォする貴方に乾杯。 馬鹿なの? 死ぬの? 必死の形相(いや、カボチャは無表情だけど)で全力疾走してくるギルマス。 「・・・なぁ」 「ん」 「M.T.Rって、移動速度が下がるんだっけか?」 「だな」 「・・・だよな」 無駄に全力疾走するモーションに反して、移動速度が半減するパフォ技M.T.R。 馬鹿なの? 死ぬの? 「あ」 「死んだ」 「なむー」 あたしたちの見守る中、みなから敬愛されるギルマス、カボチャ紳士がギガスに蹴っ飛ばさて潰れた。 と、地面に転がるカボチャの周りに燐光が輪と成って発生、青白くも紫の妖しい輝きの中、カボチャ紳士が蘇る。 リボーンワンス。 冥界より黄泉返る、死魔法の奥義。 見た目通り、もはや人間の域を超越したようなカボチャ紳士が黒骨羽をはばたかせ、立ち上がる。 でも良かった。 素直にそう思う。 確かギルマスは酩酊を取っていたはずだ。 最後に食らった攻撃が蹴っ飛ばしだったおかげで、ギガスとの距離があいている。 しかも、飛ばされた方向が良かったのか、今のギルマスがいるのはギガスとあたしたちの中間地点。 あそこならHAも届く。 ここで酒を呷り、素早くセンスレスすれば・・・ 「え」 カボチャ紳士SuzeQ、ここでまさかのM.T.R再び。 馬鹿なの? 死ぬの? 「ってか・・・」 「お、おい?」 あ! 「ああぁぁぁぁっ!?」 「馬鹿っ、こっちくんな!!」 パニックに陥る【燦々散華】FSメン一同。 全力疾走してくる先はあたしたちのところで、当然そんなギルマスを追いかけてくるギガスもこっちにくるわけで! 「あっち行け、あっち!」 無駄な叫びが飛び交い、無駄に走り回るあたしたち。 混乱の極みに達した濱口が、目の前までやってきたカボチャ紳士を殴ろうと(ひどい!)した直前、 「あ!」 と大声をあげるギルマス。 「え?」 皆が動きを止め、ギルマスに注目する。 と、 「ぐひゅ・・・」 呟き、崩れ落ちるカボチャ紳士。 「・・・」 沈黙する一同。 「こ、こ・・・こここ・・・」 ここでセンスレスかぁぁっ!? みんなの心が一つになった。 と・・・え? 夜? あたしは思い、そんなわきゃーないと自分にツッコミを入れ、振り向いてソレに気づく。 「来たぁぁぁぁっっ!!!!」 ギガス、でかっ! もう悲鳴をあげる余裕さえない。 蜘蛛の子を散らすように四散して逃げ惑う一同。 愚かにも「ていうかもう来てる」と言おうとした“ブレイブナイト”ファランクスγが踏み潰されるのが見えた。 だが、誰も立ち止まらない。 当然だ。 みんな自分の命が惜しい。 駆け出すあたしの横で轟音が響き、銃使い“バーサーカー”プレデリアンが地面に発砲するブラストファイアーで吹っ飛ぶように移動するのが見えた。 ずるっ! それずっこくない!? 一気に凄い距離を飛翔し、遥か先の川の中に落ちるプレデリアン。 あたしもそれを追うように川に向かって走り出す。 視界の端で、今は亡くなって・・・いればいいものを寝ていやがるギルマスのカーミラバットを殴りつけるギガスが見えた。 今のうちに少しでも距離を稼がないと。 だが、あたしに声をかける濱口。 「おい! 待て」 「え?」 なんで! あたしは“ジャングルマスター”濱口を見やる。 彼は見物のときからずっと地面に座り込んだままだ。 「なにっ?」 「・・・お前のパンチが足にきてる」 ・・・見捨てよう。 あの失礼なセリフと笑顔は死に値する。 さぁ、ギルマスの忘れ形見、カーミラバットが全滅しないうちに、早く。 だが、あたしの期待よりもずっと早く、背後から揺れるような足音を響かせながらギガスが追ってきた。 と、さらにその向こう、ギガスの後ろの方から 「タウント! ターウントっ!!」 と叫び連呼する“目立ちたがり”タムラに気づいた。 あたしは気づいたが、ギガスは気づいていない。 というか、そもそもタムラは戦闘技術を取っていない。 あのタウントは絶叫しているだけのセリフでしかない。 彼は芸人のはしくれらしく、きっとオイシイと思ったのだろう、まっさきにギガスに向かって突撃したと見える。 そして、勢い余ってギガスの背後まで走り抜けてしまったのだろう。 ギガスは視界反応のSEELING型なので、近くであっても背後にいると反応しない。 注目されない売れない芸人か、タムラ。 かなしいかな、それが彼の命を救った。 「ターウント・・・おいっ、こら! タウント言うてるやろ!!」 彼は生き延びた。 それは芸人には酷な幸運。 彼が真の“芸人”であれば、ギガスも彼を注目しただろうか。 その結果が死であっても、タムラはきっと本望に違いない。 芸人のはしくれだから。 いまや涙まで流して絶叫するタムラ。 「向いてくれやっ、俺を・・・俺を見てくれやぁぁっ・・・」 その涙は誰が為に。 あたしはほんの少しだけ彼の魂のために黙祷し、最後の距離を走りきってジャンプで川に飛び込んだ。 全力で泳ぐあたしの横を、魚の如き速度で泳ぐジュリマリが追い抜いていく。 彼女は料理下手のせいで“海戦士”のままだが、すでに水泳などのスキルは“海王”レベルである。 一方で、早くも対岸に着いている“鉄人”アリーノの姿が見えた。 と、彼以外にも“サムライ”亜さんや“ジャスティスタンク”のファランクスαとβの姿も見える。 “鉄人”アリーノのグランドエスケープ効果だろうか。 水泳には関係なかった気がするけど。 川に飛び込むまでの差かもしれない。 そんなことを考えながら泳いでいると、視界の端にピンクの何かが映った。 (プレデリアン?) 彼はピンクに染色したダークナイト装備に、ピンクボーンウィングをつけている。 実際に見ないとイメージしにくいと思うが、この色合いが最高に格好良い。 ピンクというより朱紫とでもいうのか、それが黒地にのっている感じ。 でも、いくら水泳を嗜んでいないとしても、さっきあれだけ距離を稼いでいた彼がもう追い抜けるところにいるなんて? と思ったら、よく見て謎が解けた。 彼の横に銀行員の姿がある。 バンカーコール。 取引の奥義で、銀行員を召喚して呼びつけるという非常識な技だ。 ・・・水中で平然と営業している銀行員も鉄人だよね。 と、銀行員の姿が消え、入れ替わりにプレデリアンが設置した砲台が出現する。 キャノンリプレイスメント、大砲設置。 あまりにも重いため、当然ながら持ち歩ける代物とは言い難い。 そう考えると・・・これを持ってきた銀行員さん、すごっ!? すれ違うとき、プレデリアンがあたしに声をかけるのが聞こえた。 「ココハ、マカセロ」 彼は外見通りというのか、カタカナの片言だ。 プレデターとエイリアンのハーフをプレデリアンと呼ぶらしいが、彼の外見は実にそれっぽい。 なんにせよ、ギガスを足止めしてくれるのはありがたい。 あたしたちFSメンに押し付けたギルマスに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ、ほんと! 「死なないでね」 一言残す。 無駄かもしれないと思いながら。 銃使いがいかに強力とはいえ、それが攻撃面だけのこと。 そして、プレデリアンは水中でギガスを正面から葬れるほどの化け物じゃない。 ギガスが大砲に攻撃してくれれば・・・と思っていたら、何を思ったかプレデリアンが先にギガスに撃ち込んだ。 あ、あのぉ・・・タゲ、きちゃうよ? さすがは“バーサーカー”か、戦闘本能が理性を振り切ってしまったのかもしれない。 あたしは彼の最期を確信した。 もう振り返らない。 背後から連射されるガトリングの轟音が続けて聞こえてくる。 「オオオォォアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァ・・・」 それがやがて、絶叫のような雄叫びに取って代わり、消えた。 あたしの後ろにはもう誰もいない。 ぎゅっと目をつむり、そして決意のもとに見開いた。 生きる。 あたしは生き抜いてみせる。 川岸までたどり着き、手を差し伸べる“サムライ”亜さんに引き上げられるようにして上陸。 「み、みんなは・・・?」 それだけを聞くのがやっとだった。 時間が無いのは分かってる。 それでも聞いておきたかった。 目の前にいるのは“サムライ”亜さんと“ジャスティスタンク”の二人、“鉄人”アリーノ・・・だけ? 「ジュリマリは?」 彼女はあたしより先にきているはず。 亜さんが沈痛な表情で答えてくれた。 「彼女なら・・・LDしたよ」 「そ、そんな」 嗚呼。 LD、リンクデッド。 この世界でもっとも恐るべき災厄。 神ともいうべき強大な敵LoC、ロード・オブ・カオスが多用するともいわれるソレは、あまりに無慈悲で容赦がない。 ジュリマリはFSでも突出してこの災いに襲われている。 ・・・彼女が料理下手なのはルーレットのせいかもしれない。 「じゃ、じゃあ・・・」 あと誰かいたような。 そして思い出し、あたしはちょっと眉をしかめた。 個人的に好きじゃない相手。 同じFSでもそういうのはある。 少し嫌々ながらも聞いてみた。 「少女Aは?」 彼女は“ダイアロスアイドル”で、行動派のあたしとはどうにも合わない。 「あぁ、彼女なら真っ先にギガスに目をつけられ、踏まれてたな」 「・・・」 あたしはちょっとだけタムラを思い出し、切なくなった。 ファランクスαが「逃げるようには言ったんだが・・・」と口を開く。 「真のアイドルは汗をかいて走ったりしないと言ってな」 「・・・」 「あれも大往生というのかな」 馬鹿なの? 死ぬの? あ、死んだのか。 ・・・まぁいいや。 「で、どうする?」 過去より未来、そして何より現在の問題だ。 ギガスはもう川の半ば以上を渡り終えている。 「うむ、策はある」 亜さんが頷く。 亜さんは“サムライ”だが、軍師になりたいと言って知能を上げ、精神を犠牲にしたせいで“将軍”になれないでいる奇特な人だ。 正確な名前は、ああああという。 分かりにくいと思うが、あが四つだ。 “サムライ”がしたいと思い立ったとき、とある海外古典RPGゲームを思い出し、名づけたのだという。 同じ理由から破壊魔法を取った。 名前が呼びにくいというか、分かりにくいので、みんな亜さんと呼んでいる。 なんでもそんな名前の名探偵が出てくるミステリ小説があるそうで、軍師を目指して知能上げしている本人もお気に入りの呼び名らしい。 策があるというなら、彼に任せよう。 亜さんの指示で、川岸ぎりぎりに三人が並ぶ。 中央に“サムライ”亜さん、その両脇に“ジャスティスタンク”ファランクスαとβという並び。 と、ここで気づいた。 「亜さん」 「うむ、なにかね?」 乙女の端くれとしては、ちょっと言いにくいんだけど。 「なんで・・・ふんどし?」 亜さんは動じる様子もなく、 「これは水泳移動上昇の効果があるのだよ」 いや、そういうことじゃなく。 なんで、モロ? モロフン? 別に露出させる必要はなかったと思うのですが? なんで貴方は他の装備を脱いでますか? 「よし、疑問もなくなったなら、ギガス迎撃に集中したまえ」 「はあ」 疑問はなくってませんが、もういいです。 そんな亜さん曰く。 かつて、戦国時代には川越えが一つの戦の焦点だったのだという。 岸に這い上がるのは難しく、また無防備になる。 水中にいる間は動きもままならない。 ゆえに、川岸に陣取って迎撃するのが上策・・・と。 「うむ、完璧だ。α、β、準備はいいかね?」 亜さんはご満悦のようだ。 でもちょっと声が震えているのは、やっぱりギガスがこわいんだと思う。 「よしよし、いつでもいいぜ」 「来ないほうがいいが、来てもいいぜ」 返事をする“ジャスティスタンク”の二人。 それを受けて、亜さんが太刀を掲げて檄を飛ばす。 「今こそ我ら【燦々散華】の底力を見せるときぞ! 敵は強大なれど・・・ギルマスの敵討ち、成し遂げてみせようぞ!」 いや、ギルマス死んでないから。 「命を惜しむなっ、名こそ惜しめよ!!」 ギルマスが命を惜しんだ結果が、この今だったりするわけですが? ツッコミたい気持ちはあったが、あたしはそれをぐっと堪えた。 今は少しでも戦意を高揚させるべきときだ。 それくらいは分かってる。 「迎撃用意っ・・・迎え討てぇ!!」 「「おぉぉーっ!!」」 奮起。 そして静寂。 「・・・」 「・・・」 えぇっと・・・ 「・・・・・・亜さん?」 「うむ」 「この世界、陸上から水中の敵に攻撃できましたっけ?」 「・・・できないみたいだ、な」 「はい」 嗚呼。 あたしは涙を堪えるように宙を見上げ、硬直する三人からそっと離れた。 謹んで、距離を取ります。 かしこ。 ギガスが近づいてくる。 だが、彼ら陸上の三人は、水中のギガスに余りにも無力だった。 隻眼の巨人はもう目の前だ。 「・・・南無三!!」 亜さんが吼えた。 盛大な水しぶきをあげ、大巨人ギガスが上陸。 三人との距離は限りなく皆無。 ・・・気づいた時点で距離とっとけば良かったのに。 「おぉぉぉっ!?」 雄叫びか悲鳴か微妙な絶叫のもと、三人がギガスに群がった。 両脇からのヴォーテックスホィール。 いつもは巨大に見える棍棒が今は余りに小さく、その旋風は嵐と呼ぶにはほど遠く感じられた。 ギガスの脚の一振りで、三人が砕け散るように吹っ飛ばされる。 いっそ爽快なほどだ。 “ジャスティスタンク”の二人が立ち上がって飛びかかるが、ギガスはそれを意にも介さず亜さんを襲った。 「み、見切ったぁっ!!」 亜さんが牙斬を放つ。 いや、放とうとした。 相手の攻撃を受け止めつつ反撃する牙斬、必要スキルは刀剣と精神力。 そして、プレッシャーに弱い亜さんは精神力が原因で“将軍”になれないでいる。 「あ・・・Fizzった」 慣れてるソードダンスにしとけばいいのに・・・。 亜さんは“サムライ”に生き、“サムライ”らしさに殉じて逝った。 「逃げよう」 後ろから“鉄人”アリーノがあたしに言う。 「うむ、そのほうが賢明じゃろう」 と“紺碧の賢者”孤高の人・・・って、いたのかアンタ! 「バラバラの方向に別れて走るんじゃ。誰かは生き延びられようて」 それしかない、か。 あたしは頷き、アリーノにも「気をつけて」と声をかけて走り出した。 (・・・?) 気のせいだろうか。 今、アリーノが何か言いたそうにしてたような・・・でも言えない、みたいな。 そんな葛藤を感じたのは、あたしの気のせい? 気になったのは少しの間だけだった。 “ジャスティスタンク”二人を殲滅したギガスが、あたしたち三人のほうへ向かってくる。 誰に、行く? 来ないで、と。 そう思うのは薄情だろうか。 それはつまり、仲間に代わりに死んでと願うようなもの。 けれど・・・ あたしは振り向き、ギガスが誰を狙うのかを確認しようとする。 標的は、孤高の人だった。 あたしは心に安堵と、それに伴う少しの後ろめたさを感じた。 と、同じく標的を免れたアリーノのほうを見て・・・あ! 彼は何かを手に持っていた。 それが発動した時、あたしは理解した。 ギルドの召喚状。 それを用いれば、たちどころに遠くのギルド拠点に転移できる。 ・・・そうか。 これだったんだ。 さっき、彼が何か言いたそうにしていたのは。 きっと、状は一枚しかなかったのだろう。 だから迷った。 迷って、結局言い出せなかった。 そこまで理解した時、あたしには彼を恨む気持ちは生まれなかった。 むしろ、心のどこかで喜んでいた。 正直に言おう。 それは彼が生き残れるからじゃない。 助かる仲間のためじゃない。 さっきあたしが感じた、いや、ここまでで仲間が倒れるたびに感じた・・・“それ”が自分じゃなかったことに対して湧き上がってしまったひそやかな安堵と、その後ろめたさのために。 罪が許されたのではなくて、同じ罪を仲間に見て。 あたしはそのことに苦い喜びをおぼえたのだ。 複雑な思いを噛み締めながら、そしてふと気づく。 (?) アリーノの姿が消えない。 ・・・迷ってるの? と、そこに一つ悲鳴が聞こえた。 高速の移動詠唱でも間に合わず、孤高の人がギガスの餌食になったのだ。 詠唱が途切れたその魔法はテレポート。 さっきまでの間に唱えていれば、自分だけは確実に助かっただろうに。 何故・・・いや、考えても詮無いことだ。 理由は本人にしか分からない。 そして、本人にも分からないかもしれないのだから。 “紺碧の賢者”は地に伏した。 まだ飽き足らないのか、ギガスが余りにも素早い動きで身を翻し、次の獲物に取り掛かる。 アリーノ。 近づいてくるギガスを見つめていたわずかの間、彼は何を思っていたのだろうか。 我に返り、慌てて手の中のギルド状を見つめたとき、それはすでに効力を失った紙切れと化していた。 彼はもう逃げようとしなかった。 ただ、追いついてくるギガスを迎えるように・・・いつか、このとき何を思い、何を感じていたのかをアリーノに聞いてみたい。 けれど、そんな機会はきっと無いだろう。 あたしはきっとそれを聞けない。 勇気がないから。 それによって、自分の何かを自覚して認めてしまうのがこわいから。 悉く贄を喰らい、ギガスは宴の最後の仕上げに取り掛かる。 すなわち・・・あたしだ。 足が動かなかった。 もういいか。 そんなことを思った。 何が? 何がもういいのだろう。 逃げること? 生きること? 仲間を・・・ 「おーい、まさか死ぬ気じゃないだろーな? モニ!」 「・・・え?」 声の主の姿は見えない。 FSチャット。 肉体は斃れ、霊魂だけとなった仲間たちがあたしに言う。 「ほれ、さっさと逃げろって!」 「何ぼぉ〜っとしてんだ、モニちゃんよぉ」 「死んじゃうよっ? 立ち止まっちゃダメダメ」 「オマエ、イキル、チガウノカ?」 「うむ。きみには我々の分まで生きてもらわねばなるまい」 みんな・・・ 「なんだよ、スタミナねぇなぁ・・・俺の相方見習えっちゅうねん」 「アリーノは“鉄人”やろ、そんなんと比べたんなよw」 「そんなん言うなw」 いいの・・・? あたし、生きてもいいの? 誰一人・・・誰一人いなくなってしまったのに。 「おっしゃ、モニのためにエールを送んで、みんな!」 「おぉー!!」 見渡せば、あちこちに吹き上がる赤い滝。 それは凄惨な光景のはずなのに、今のあたしにはどこかコミカルにすら思えて。 死んだのに生きていると自己主張してみせる、みんなの魂そのものに見えた。 仲間のエールに背中を押され、あたしは走り出す。 一歩踏み出すと、さっきまでがウソのように足は動いてくれた。 そうか。 あたしは思う。 もう鎖は無いんだ。 あたしの鎖を断ち切ったみんなの声援が聞こえる。 それを聞きながら、あたしは駆ける。 生に向かって。 「・・・ちょ、どんだけ走んねんw」 「レクス大横断だ」 「ギガス、身体でかいのに体力あんなー」 「モニはちっこいのに頑張ってるよなw」 あたしが走り出してしばらくすると、仲間の声もいつもの調子になってきた。 「モニじゃないっ、コグだってば!!」 全力疾走中に抗議を叫び、それで咳き込む。 のたうちながら走る。 げほげほ苦しくて涙を流しながら、あたしは笑った。 笑いがこみ上げてきた。 ジョア・ドゥ・ヴィーヴル。 生きる悦び。 どのくらい走った頃だったろう。 視界の先に、それが見えたのは。 そこは植物が生えていた。 それを狩る生産者、すなわち非戦闘員。 ギガスに対して、あまりにも無力存在。 あたしよりも。 そして何より、何も悪くない、無関係な第三者・・・。 「逃げてっ、逃げてぇー!!」 あたしのシャウトに気づいたのだろう、農夫が顔をあげ、その表情が凍りついた。 無理も無い。 突然降りかかってきた悪夢。 何をすればいいのか分からず、思考が停止して棒立ちになる。 それを確認したとき、あたしの取るべき行動は決まっていた。 「お?」 「立ち止まった? おーい?」 「モニ、どした?」 FSメンの内、PTしていたメンバーから問いかけがくる。 「ごめん、みんな」 あたしは静かに告げた。 「前にね、人がいるの」 名も知らぬ誰かに背を向け、あたしはギガスのほうに向き直る。 「げ」 「マジカ」 「ギガスまだいるか?」 迫ってくる巨人の姿。 「うん、見えるよ」 でも、もうこわくはなかった。 「マジかよ、やばいな・・・あ、そいつもギガス見たら逃げんじゃね?」 「んだ」 「そっちタゲいくとは限んないしね」 仲間たちが言う。 「仕方ないって!」 「そうそう」 見えないことは分かっていたけど、首を振ってみせた。 あたし決めたの。 「止まんな、死ぬぞ」 誰が発したのか、その言葉を聞いて、 「ううん、生きるのよ」 あたしは微笑った。 ギガスが近づいてくる。 こわくない。 目の前で足を振り上げる大巨人。 それを見ながら。 あたしの唇に浮かんだ微笑みは消えない。 そして・・・ 夜が、落ちてくる。 「・・・」 真っ暗になった。 そう思った。 「・・・え?」 あれ? あたし、死んだ? だからこんなに視点が高いの? それにここは・・・ 「ギガース広場?」 あたしの呟きに、 「ですよぉ」 気の抜けた返事がした。 その声が、明るくあっけらかんと続ける。 「いやぁ、私たち一つになっちゃいましたねぇ。あっはっは」 いやん、などと言う・・・この声の主は・・・ 「ぎ、ギルマス?」 「ですよぉ」 その瞬間、あたしは全てを理解した。 暗黒命令の奥義、フュージョン。 距離を越え、PTメンバーを強制的に融合させて一つの生命体と化す。 その外見は奇しくも、ギガス。 「ムニさん、駄目ですよぉ、死んじゃあ」 平然と口にするギルマスに、あたしよりも早く、霊魂たちの内PTメンバーから抗議のFSチャットが響き渡った。 「俺らが死ぬ前に使えーっ!!w」 「だって、離れてから使わないとギガスも戻ってきちゃうじゃないですか」 「・・・こ、この腐れカボチャが・・・」 追伸。 あと、タムラも生きてました。
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